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理性院カシギは女運がいい  作者: 紙城境介
オーバー・ジ・エンドロール ~魔王を殺害した勇者の世界よりも重い罪~
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淫欲王妃


 魔王城の一階は左右対称の構造になっており、エントランスホールを通じて南と北の区画に分かれている。

 南端と北端には長い廊下がまっすぐ南北に伸びていて、オレとシャーミルは北側の廊下の窓を一つ一つチェックしていた。


 今日は万が一にも侵入者を出してはならない。

 幸い、魔王城の窓にはすべてガラスがあり、しっかりとした錠も付いている。

 侵入経路として使える窓は南北の廊下のものだけなので、ここさえ施錠さえしておけば最悪でも侵入時に気付くことができる。


 ……の、だが。


「どれもこれも開けっ放しだな」

「……この城、風通しが悪いから。窓を開けてたんだと思う」

「それで施錠し忘れたわけか。やれやれ、ずさんな仕事だ……」

「普段はこんなことないんだけど」


 二人で一つずつ窓を施錠していく。

 この錠は内側からのみ開け閉めできるもので、外から入ろうと思うと泥棒よろしくガラスを割るしかない。


「……ん? ここは閉まっているな」

 一番西側の窓はきっちり施錠してあった。これで北側のチェックは終わりだ。

 南の廊下に移動し、再びチェックに取り掛かる。こちらは一つ残らず解錠状態だった。すべて閉める。


「何もかも閉め切ってしまうと、やはり密閉感があるな……」

「お城だもの。解放的じゃ駄目でしょう」


 城壁すらないこの城に城としての自覚があるとは思えないのだが。イメージとしては、魔王を飾っておくためのセットという感じだ。


「さて。用も済んだことだし、早速お招きに与るとするか」

「え?」


 シャーミルが振り向いた。なんだその意外そうな声は。


「……本当に行くの? グイネラ様のお部屋」

「当たり前だろう。嘘だったと知れたら後で怖そうだしな」

「え、……で、でも……」


 シャーミルの顔がかすかに赤く染まる。

 ……ほほう。何を想像しているか察しが付いたぞ。


「シャーミル、お前も来るか?」

「え……!? い、いや、私は―――」

「大丈夫大丈夫。怖いことは何もしないから」

「もうその台詞が怖いんだけど! ちょ、ちょっとほんとに、私むり――――っ!!」


 シャーミルの腕を取り、ずるずる引っ張っていく。

 ダイジョーブダイジョーブ。コワクナイコワクナイヨー。






%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%






 グイネラの部屋は地下にある。

 魔王城一階、北側に並ぶ部屋の一つに、床に魔法陣が描かれているだけの部屋があるのだが、この魔法陣が昇降機――つまりエレベーターになっているのだった。


 オレはシャーミルを引きずりながらその上に乗り、起動コマンドを唱える。

 床が音もなく沈んでいき、程なく薄暗い地下についた。両側の壁にかがり火があり、正面に扉が浮かび上がっている。主のキャラに合ってるな、この雰囲気。


「ね、ねえ、ほんとに行くの? 私も?」

「無論だ。そろそろ覚悟を決めろ」

「行くだけよ? 私は何もしないからね?」


 すごい怯えっぷりだ。これからあの女怪の巣に行くのだから気持ちはわからんでもないが、もう少し淡白なキャラを大事にしたらどうだ。

 へっぴり腰のシャーミルを引っ張って扉の前まで来る。ノックをしようとして、


「…………」


 部屋の中から声が聞こえることに気付いた。

 それも、あまり他人が聞いてはいけない類の声だ。

 ぶっちゃけ喘ぎ声だ。


「おい。アイツ、もうおっ始めているぞ」

「……大丈夫。入ればわかるわ」


 心頭を滅却しているのか、シャーミルは深呼吸をした。


「入ってもいいのか?」

「いつものことだから」


 では遠慮なく。

 コンコン、とノックをすると、「どうっ……んっ、ぞぉ~」と吐息が入り混じった声が返ってきた。

 ……本当に大丈夫か?


 失礼して、扉を開く。


「うっ……!」


 瞬間、鼻が溶けるかと思うほど甘い匂いが漂ってきた。

 見れば、ピンクに色づいた煙が部屋の中から漏れ出してきている。これはヤバいヤツだと直感し、鼻と口を袖で塞いだ。


「あ、この煙はあんまり吸わないで。魔力がない人間には強い中毒性があるから」

「先に言え……!」


 こういうとき便利なアイテムを持っていたことを思い出し、腰の袋に右手を突っ込んで腕輪を取り出す。

 それを着けるとピンクの煙が遠ざかっていった。毒ガス地帯を踏破するために手に入れた煙除けの腕輪である。


 部屋の中に入ると、そこはもう見るからにヤバい空間だった。

 オレとしたことが、あまりのヤバさにヤバいしか言えなくなっている。そのくらいヤバい。


 まず、充満するピンク色の煙。部屋のそこ彼処でお香らしきものが焚かれていて、どうやらそれによるもののようだ。

 人生で一、二を争うほど換気したくなったが、窓はカーテンまできっちり閉め切られている。


 鬼ごっこができそうなほど広い部屋のド真ん中には、キングサイズの四倍くらいの大きさの天蓋付きベッドが鎮座している。

 で、その上に―――いるわけだ。

 グイネラはもちろん……所狭しとひしめき合う、大量の男の子が。


 男ではない。男の子だ。

 あどけない少年ばかりが大量に、全裸のままドデカいベッドに転がっているのだ。

 つまり彼らが、グイネラのオモチャなのである。


 なんだこの児童ポルノ空間。

 その方面の欲に関しては旺盛だと自負するオレも、さすがにこれにはドン引き。


 背中を見せていたグイネラが、首を捻ってこちらを見た。


「あー……なぁんだ、もう来たの?」

 黒い尻尾がくねくね動く。

「もう少しかかると、思って、遊んで、たっ、のにぃ……」

「いいからその状態で話しかけるな。オレ達まで犯罪扱いになる」


 こくこく、と隣のシャーミルが赤い顔で何度も頷いた。

 いつものことだと言っていたが、神子というのは本当につらい仕事だな……。


「じゃあっ、ちょっとっ、待っててっ、ねっ」

 と言われたので、見たくもない犯罪風景を見守ること数分。


「ふー……」


 グイネラは大満足とばかりに深く息をつき、大きな枕に身をうずめた。


「ごめんなさいね、待たせちゃって。ここに帰ってくるのは何日かぶりだから、ちょっと盛り上がっちゃって」


 普通に話し始める前にできれば風呂に入ってほしかったが、藪から蛇が出るのが目に見えたのでやめた。シャーミルはもはやそっぽを向いている。


「でもまだまだいけるわよ? さあ、いらっしゃいな。思う存分愛してあげる」

「オレは貴様の好みには合わなそうだが?」


 オレより明らかに年下の少年達は、一様に瞳に生気がない。

 室内に充満するお香のせいもあるだろうが、何よりグイネラの扱い方が原因だろう。

 ……可哀想に。彼らはもう『人間』には戻れない。同情するより他になかった。


 グイネラは片腕に抱き寄せた少年のお腹から胸を撫で回し、艶めかしく微笑んだ。


「そんなことはないわ。確かに男は初搾りが一番だけれど、それを差し引いても()()()は魅力的よ」

「なぜだ?」

()()()()()


 はっきりと、悪びれもせず、当たり前のように王妃はそう答えた。


「十把一絡げの量産品じゃない。あーたには唯一無二の輝きがある。あたくしはそれを何よりも愛するの」

「……では」

 グイネラの言葉を解析しながら、オレは言った。

「勇者も、貴様のお眼鏡に叶うわけか?」

「ええ。一度と言わず何度でも、遊んでみたいわね」


 童女の姿で無邪気にそう言われると、まるでおままごとでもするかのようだ。

 だがその純粋さが、オレの危機感を刺激する。


「ほら、お話は後にしましょう? 精も根も尽き果てた脱力感の中で語らうほうが、きっと心地いいわ」

「それには同意するが、残念だな。オレが約束したのは部屋まで来ることだ。ベッドまで行くとは言っていない」


 シャーミルがハッとオレを見た。

 からかわれていたことに今更気付いたらしい。普通に考えて、こんな女の相手など自殺行為だろうに。


「そう、それは本当に残念ね。年甲斐もなく胸を高鳴らせていたのに」


 グイネラは意外にあっさり引き下がった。何か裏がありそうで怖いな。


「くすくす……そんなに怯えなくてもいいわ。最初からわかっていたのよ。女連れで女を抱きに来る男なんていないものね」


 アメジストのような瞳が、オレの隣にいるシャーミルに滑る。


「シャーミル……あーた、少し見ないうちに可愛くなったわね」

「え……?」


 シャーミルは当惑したように目を瞬いた。

 グイネラは人懐っこさすらある笑みを浮かべて、


「少し前までは人形みたいにつまらない子だったのに、今は少しだけ活き活きしているわ。……ふふ、やっぱり男を知ると変わるものなのかしら?」

「おとっ―――い、いえ。私はこの男とは何も」


 焦ったように否定するシャーミルを見て、グイネラはくすくす笑う。


「あらそうなの。ようやく話し相手ができたと思ったのに。四天王の子達ったら、誰も彼も初心でつまらないんだもの」

「男の一人や二人、紹介してやれば良いではないか。ヤーナイ辺りに」


 そうすれば、あのこじらせ処女ビッチも多少はマシになるに違いあるまい。

 と、軽い気持ちで言ったのだが―――これが油断だった。


「嫌よ」


 返ってきたのは、絶望的に硬い声。

 空気が変質している。壁のすべてに棘が生えたかのような飽和的殺意。


 グイネラが両脇の少年を強く抱き寄せ、冷たい眼でこちらを見ていた。

 睨んでいるわけではない―――ただ、見ている。

 それだけのことが、死を予感させるほどに暴力的。


 先程のたった三音の他には、彼女は何も口にしなかった。

 しかしそれだけで充分に、彼女の男に対する執着は理解できた。


 もしこの部屋の少年が一人でも欠けたなら、この女は即座に気付くだろう。連れ出した下手人を必ず探し出し、誅罰を加えるに違いない。

 怖いのはその『罰』が、単なる死刑に留まるとは思えないところだ……。


「……悪かった。失言だった。なるほど、貴様の男は貴様のものだ。他人に譲ってやる義理などあるまいな」

「わかってもらえて嬉しいわ」


 グイネラがそう言って微笑むと、殺意はあっさりと鳴りを潜める。

 ……魔王との関係性について聞いておきたかったが、この分なら必要なさそうだ。もし彼女がこの部屋の少年達と同様に夫を愛していたなら、今、こんなにも落ち着いているはずがない。


「さて―――それじゃあ、そろそろ本題に入ってもらおうかしら」


 言って、グイネラは唐突に少年の耳を食んだ。


「またちょっとムラムラしてきたの。早くしないと、無理やり食べちゃうわよ?」

「それは困るな。では単刀直入に行こう」


 そうして、オレはようやく、ここを訪れたそもそもの目的を遂行する。


「詳細を口にするのは控えるが……『あのこと』を他の四天王に明かしても構わないか? 貴様は知っているのだろう」


 あのこと―――すなわち魔王が死んでいることを、グイネラは知っている。

 ここにこうして私室があることからもわかる通り、普段、王妃たる彼女はこの城に住んでいるのだ。魔王の暗殺によって安全性に疑義が生じたから別邸に移っていただけで。


 であれば、現在の魔界の最高権力者はこの女ということになる。

 これほど重要な秘密を明かすのに、許可を取らぬわけにはいくまい。


「ああ、やっとなの? いいわよ、とっとと話しちゃって」


 グイネラはやる気なさげにひらひらと手を振った。


「確かにイレギュラーだけれどね、別にどうでもいいことだもの」

「どうでもいい?」

「ええ、どうでもいいわ―――そんなことより、今この瞬間のほうがずっと大事」


 やはりコイツは、夫である魔王の死について何も思う所がないらしい。まあ王族の夫婦などそんなものなのかもしれん。


 グイネラが少年達に「おいで」と呼び掛けた。

 すると少年達がのろのろと四つん這いで動き出し、グイネラに群がって、その身体をぺろぺろ舐め始める。


「話はもう終わり」


 子豚に乳を与える親豚のようになりながら、グイネラは言った。


「混ざるつもりがないなら出ていって頂戴な。見ていきたいなら、別に構わないけれど」

「いや、遠慮しよう」


 これ以上この光景を眺めていたら規制されてしまう。

 シャーミルが素早く頭を下げ、そそくさと背を向ける。どれだけ逃げたかったんだ。オレもその後を追う。


 扉を開けた時、背中で声を聞いた。


「―――命なんて、今更重要じゃないわ」


 ……独り言だろう。

 オレは問い返さず、ピンク色の煙で満ちた部屋を出た。

 扉を閉めてからほんの数秒で、今や毒々しさすら感じる嬌声が室内から聞こえ始める。


 危険スモッグから解放され、オレは清浄な空気を肺に送り込んだ。

 実際、腕輪のおかげで煙はほとんど吸っていなかったが、気分的な問題だ。


 深呼吸を繰り返していると、ジト目になったシャーミルが恨みがましげな視線をこちらに照射していた。


「……からかってたわね」

「うむ。実に可愛らしい反応だったぞシャーミぶぅ!?」


 見事なハイキックが頬に炸裂! そのローブでどうやって!?

 錐揉み回転しながら壁に激突したオレに、シャーミルは唾でも吐き掛けそうな調子で言い捨てる。


「私、そういうのほんと嫌いだから」

「す……すみません……。本当にごめんなさい……」


 これはマジのヤツだと気付き、平謝りするオレ。

 やってしまった……調子に乗った……。


 シャーミルはぷいとそっぽを向き、すたすた歩き去っていく。

 今のそっぽを向く時の顔可愛―――いやいやそれどころではなく、彼女は一人でエレベーターを起動しようとしていた。

 マズイ! 乗り遅れると取り残される!


「ま、待ってくれーっ!!」


 必死に走ってギリギリでエレベーターに飛び乗る。

 それから会議が始まる時間まで、オレはシャーミルに誠心誠意謝り続けることになった。


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