理性院カシギの女運
―――ウィンウィンウィンウィンウィン!!
―――ウィンウィンウィンウィンウィン!!
緊急召喚警報発令。緊急召喚警報発令。
カテゴリーCの次元波を感知しました。これより二時間以内に、あなたは異世界に強制転移させられる可能性があります。
召喚防災マニュアルに従い、安全な保存食、換金用のガラス製品、経済に関する参考書やプレイ中のデジタルゲームの攻略本などをご用意ください。
繰り返します。緊急召喚警報発令。緊急召喚警報発令……―――
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異世界に行くと、かなりの確率で可愛い女の子に出会う。
やたらめったら異世界に召喚される、という体質も、端から見れば確かに珍奇だ。だが今の時代、異世界召喚などごくありふれた現象に過ぎないことを思えば、この女運の良さのほうがずっと珍奇で貴重だろう。
冷静に考えれば、色んな世界に召喚されることで色んな人間に出会うから、必然的に美少女にも出会えるだけなのかもしれん。
しかしそうは言っても、ここまでオレ好みの女子ばかりと巡り合えるものだろうか?
「カシギさんは人よりいいところ探しがうまいんですよ」
そう答えてくれたのは、同棲している幼馴染みの婚約者だ。
「だから誰も彼も魅力的に思えるんです。他の人から見たら、あなたが好きになる女の子って、みんな厄介な性格してますよ」
私を除いてですが、といけしゃあしゃあと言う辺り、彼女――エリアも大概ではあるのだが、オレにはそんな所も愛おしくてたまらない。
思えば確かに、オレの周りにいる女性はみんな一風変わった性格をしている気がする。
……というか、そうじゃない子は去っていってしまうのだ。オレとしては、求められたものはすべて与え、頼るべき所では頼り―――非の打ち所のない恋人をやっているつもりなのだが。
「カシギとずっと一緒にいると、ダメになりそうな気がする」
そう言ったのは異界の女勇者だ。
「頼れば何でもしてくれるし、弱ってたら何でもしてあげたくなるし……。もし頭が良くなかったら、今頃どこかの女の人に寄生して生きてたんじゃないの」
オレには身寄りがないが、少し前にちょっとした発明をして莫大な富を得たため、生活には困っていない。
だがもしそれがなかったら…………うーん、ちょっとリアルだな。
理性院カシギは知識と女運以外には取り柄がない男なのだ。
「貴方なんか、何も生み出せはしないのよ」
呪いを込めて、魔女は言った。
「嵐みたいに周りを引っ掻き回して、後に残るのは爪痕だけ。……貴方はずっと、自分に囚われていればいい。きっとそれが、誰にとっても幸せなのよ」
愛しいという感情に限りはない。誰かを愛しているからと言って、他の誰かを愛しく感じないとは限らない。
オレはそう思うが、この現代日本ではあまりよく思われない考え方のようだ。
人生で選べる伴侶はたった一人であり、それに反するのは不誠実である。
間違っているとは言わない。だが、そうした世間一般的道徳観に対して、オレは胸を張ってこう主張する。
「好きなものは好きなのだから仕方がないだろう!」
ああ、可愛い――そう思ったらもうおしまいなのだ。どうしようもなく愛しくなってしまうのだ。
愛しくなってしまったら、会話したり一緒に出掛けたり手を繋いだり抱き合ったりキスしたりベッドの中でアレコレしたりしたくなってしまうのは自然の摂理である。
そう言ったら、婚約者のエリアはちょっと怖い雰囲気で言った。
「……カシギさん。このマンションがなんて呼ばれてるか知ってます?」
オレは自分の金で建てたでかいマンションの最上階で婚約者であるエリアと暮らしている。他の部屋は異世界から連れ帰ってきた女の子達に貸していた。
「寡聞にして知らんな。なんと呼ばれているのだ?」
「『ハーレムマンション』ですよ! こんな写真まで撮られて!」
突き付けられたのは週刊誌の一ページだった。オレが少女と腕を組んでマンションに入っていく姿が、妙に荒い画質で掲載されている。
でかでかと踊る見出しは『大航界時代の仕掛け人・理性院博士のハーレムマンションに迫る!!』。
「むう……心外な」
オレは不機嫌に唸った。
「この記事を書いたヤツは『博士』の意味を知っているのか? オレはまだ十七歳の高校生だと言うのに」
「そこじゃありません! あなたの女好きは出会った時からのことですし、今更ぐちぐち言いませんけど、少しは自重というものを覚えてください!」
「オレは隠さねばならんことなどしていないつもりだぞ?」
「他の人はそう思ってくれないんです。見てくださいこれ! 私が浮気性の婚約者を持った可哀想な人みたいに書かれてるじゃないですか!」
「なに? ますます心外な。その出版社潰そう」
言うに事欠いて浮気性とは。この理性院カシギ、浮気など一度もしたことがない。オレの恋愛は常に本気なのだ。
電話を何本か入れて出版社に圧力をかけつつ、
「というかエリアお前、そんな雑誌読むタイプだったか?」
「学校で友達に見せられたんです。『見て見て! 写真撮られちゃったー!』って」
「…………」
「これ、一緒に写ってるの、私の友達に見えるんですけど気のせいですか?」
「…………」
……す、好きなものは好きなのだから仕方がないのだ!
「もう! 私の友達に手を出すのはいろいろ気まずいからやめてくださいって前にも言ったじゃないですか! 私、明日からどんな顔して恭子さんに会えばいいんですか!」
「ええい! やめようと思ってやめられるなら恋なんぞするかーっ!!」
そもそも何を嬉しげに報告しているのだ恭子!!
その後、エリアには色々と埋め合わせをして事無きを得たが、まあこういうのはよくあることである。
オレがこんなにも女性に惹かれやすいのは、一体全体どうした理由があるのか?
それを知るには―――そうだな、あの時のことを思い出すのがいいだろう。
オレと同じ『呪い』を背負った、とある少女に出会った時のことを。
―――ウィンウィンウィンウィンウィン!!
―――ウィンウィンウィンウィンウィン!!
けたたましい警報音が、新たなる異世界譚の幕開けを告げる。
未知なる扉が開かれたその時、
――― 知らなければ ―――
呪いの声が、刻みつけるように囁いた。