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自由、工事中

作者: 綾畝章人

 あぁーもうっ、何かイライラする。


 最近は小学校からの友達まですっかり色気づいちゃって、つまんなくなった。サッカーもバスケもやらなくなって、あんた達そんなに「女の子」になりたいのって聞きたい。昔は良かったな。チーム作って男子と対抗戦とかやってさ。

 授業もイライラする。英語教師は簡単な事を「基本ができてないとダメだから」って繰り返してばかりだし、理科のセンセはもうわけ分かんない事ばっか言うようになっちゃったし、レベル低いんだか高いんだか分かんない。

 そんでもって親はうるさくなる一方。今日だってさっさと帰ってくるように言われてる。うるせーつーの。どうせお小遣いなんてたいしてもらってないんだからさ、どこにも行けないってのに。

 あぁーなんかいいことないかなぁ。


 む。目の前をアメショーが横切った。この際ネコでもいいか。寄り道は禁止されてるけど、ネコじゃしょうがないもんね。

 あたしは勝手な理屈を付けると、可愛い小猫を捕獲するべく行動を開始した。相手を警戒させないように腰を落とし、満面の笑みを浮かべて誘う。おいでおいで。

 あ、逃げた。

 ネコはあたしの不穏な気配に気がついたのか、工事が行われている病院の敷地内へと潜り込んでいってしまった。あわてて潜り込んだあたりに駆け寄ってみるが、どうにも入れそうにない。

 この病院は先週ぐらいから工事を始めてる。いつもなら下校する頃にはガンガンと、大きな音で何か作業してるはずなんだけど今日は静かだ。お休みかな。

 あたしは工事日程が書かれたボードを探してみた。トラックなんかが通る大きな出入り口の横にそれは掲げられていて、案の定今日はお休みになっていた。

 トラック搬入口はかんぬきが通った上にチェーンがグルグル巻きになって、南京錠まで付いている。そんなにしなくたって、誰も入ったりしませんよーだ。

 車が通る大きな門の隣には、人間が通る小さな扉も設けられていた。軽く押してみる。ギィ。不用心な事に、仮設の通用口は微かな音を立てて開いてしまった。だからと言って、誰も入ったり……。


 あたしは病院内に潜入していた。こういうのってドキドキするよね。

 昔だったらそっこーで友達集めて探検隊を結成したんだけどね。今じゃこんなのに付き合ってくれるのは、男子を含めたって誰もいないだろう。

 目指すのはやっぱり屋上だろう。手術室とか霊安室とかにもちょっとは行ってみたいけど、やっぱり何か怖い。一人だし無難なところでいいや。

 あたしは誰もいない待合室を通り抜け、薬品の香りが染みついた廊下を奥へと進んだ。窓の外には金属の仮設足場と白いビニールシートが張り巡らされていて、病院内はもう真っ暗だ。でも、取り壊しはまだ全然進んでないみたいで、足元は清潔に掃除された病院って感じのままだ。

 あたしは突き当たりの階段までたどり着いた。後はこれを昇りきるだけ。真っ暗なその道を見上げてひとつ頷く。


 今、5階……6階だったかな、少し息があがってきた。そういえばちょっと高い建物だった。正確な階数は知らないけど。踊り場でちょっと息をつく。……あと、何階だろう?

 あたし、何でこんな事してんだろう。学校だってせいぜい3階までだし、駅はエスカレーターばっかで階段なんか使わない。マロニーとかいうおっちゃんは「そこに山があるからだ」何て言ったらしいけど、絶対頭おかしいよね。そこに屋上があるからだ、って。屋上何てビルのてっぺんには必ずあるじゃん。

 迷走気味の頭を振って階段を見上げる。10階建てって事はなかったと思うから、あと2、3階だろう。登りきってやろうじゃん。


 屋上の扉は閉ざされていた。

 はぁああ。そんな、もんだよね。あたしは溜め息をつく。

 西側の建物にも行ってみようかと、階段の窓から東棟と変わらない白いシートに覆われた灰色だった建物を見る。こっちと同じで閉まってるかもしれない。

 いいや、もう。あたしは踵を返すと、階段をトボトボと下り始めた。


 だいたいバカにしてるよね。扉のくせに、工事中のくせにしっかりと閉まっていてさ。まったく、まるであたしが探検ごっこをしてるのを叱ってるみたいだ。「何無駄な事やってんだ、さっさと帰って宿題でもやれ」ってか? よけいなお世話だ。階段を下りながら愚痴る。なんて意地悪な扉なんだろう。扉のくせに。

 分かってるわよそりゃ。もう探検ごっこなんて歳じゃないって事は。それ以前にあたしは女の子だって事だって。でも、分かってるけど同時に、だからどうしてって思うのよ。あたしは成りたくて中学生になったんじゃないし、だいたい中学生になったからって何か変わったわけでもない。やらせてもらえる事が増えたわけじゃなくて、やっていい事だけ減った。たくさん減った。何て不公平!


 イライラしていたらトボトボがズンズンに変わった。階段を降りきって廊下へと出る。

 いいじゃない、探検ごっこしたって。いいじゃない、ちょっと帰りに遊びに行ったって。子供のやる事だからやっちゃだめ、大人になるまでやっちゃだめ。だめだめだめ。だったらあたしは何ができるっていうのよ?

 暗い病院の中。わだかまる影の向こうに薄暗い光。病院の入り口。


 ふと、足が止まった。後ろ髪を引かれる。本当に、ここから出てしまっていいんだろうか?

 ここから出れば、また何にもできないいつもの日常が始まる。

 あたしはこのちょっとした冒険の事なんて忘れて、友達のくだらない話に笑って、興味ないファッションの話とか合わせて、そう、いつものように振る舞うんだ。

 まるであたしが、女の子でなきゃいけないみたい。

 まるであたしが、大人の言う通りに、大人の望み通りの子供になってくみたい。

 ふぅーんだ、あたしはね……。振り返れば、西棟へと伸びる暗い通路があたしを誘っている。

 ぐっとカバンを握る手に力を込める。あたしはこの病院の屋上へ行く。うん、決めた。


 一度二階に上がり、渡り廊下を突っ切る。ここから西棟。東棟が診察室ばかりだったのと違って、こっちは病室ばかり。ふぅん、そうなってたんだ。

 こちらはまた、既に工事が始まっているのか、所々に木の板がまとめて積まれていたり、一輪車やバケツが放置されていたりする。いいね、これ。東棟の「無人の施設」って雰囲気もよかったけど、やっぱり廃虚は雑然としていなきゃそれっぽくないからね。

 探検ごっこに相応しい舞台設定に俄然やる気が湧いてくる。さて。

「頂点、目指すぞぉ」

 あたしは長い長い階段を前に、高らかに宣言するのだった。


 一歩一歩、階段を踏みしめて上がる。一輪車を上げるためか、西棟の階段には横に木の板が敷かれていて、足元が危うい。これでこそ探検だが、一人なのでケガをしたら大変だ。携帯で救急車は呼べるが、後で大目玉を喰らうのは目に見えている。ここは慎重に行くべきだろう。

 階段をのぼる。昔、「幽霊屋敷」に侵入した事を思い出した。それは結局廃屋で、もう誰も住んでいないだけの家で、お化けなんていなかったし、宝物も無かった。でも、グルグル回る階段を上っていた時のワクワクは、扉を開ける時のドキドキは最高だった。今とおんなじだ。

 さらに階段をのぼる。後少し。いつしか急ぎ足になっている。こっちも閉まっていたらどうする? 体当たりしてでもこじあけてやろうか? 踊り場をターンし、そこにあるはずの屋上の扉を見上げる。明るい。暴力に訴える必要はない、一輪車を通す板切れが邪魔なのか、扉は大きく開いたままだった。あたしは板切れの横を駆け上がる。ラストスパート。


 着いた、やっと到達した。あたしは寒々しい屋上を見渡す。建設用のシートにぐるりと囲まれたちっぽけな空間。何てことはない、ただの屋上だ。

 でもここは病人以外はこれない場所だった。改装工事の後はどうなってるか分からないはずの場所だった。あたしがここに来るのだって、それなりに大変でもあった。

 ふふん。あたしは特別な事をしたんだ。

 閉ざされた空間に一人だけ。あたしはこの空間を本当に独り占めしたくって叫んでいた。

「あ、た、し、はっ! 佐々木鈴音だぁっ!」

 仮設足場に張られたシートが震える感じがする。きもちいい。ははは。

 バクバクと心臓が跳ね回ってる。あははは。言ってやった、言ってやったもんね。

 名前はまずかった? いいや、もう。何でも。階段を駆け降りる。どんどんスピードが上がってく。

 今は自由。すごく自由。でも……自由なのはここを出るまでだ、そう決まってる。今、決めたから。

 ガーン。バケツを力いっぱい蹴飛ばす。だから、今だけだから、思いきり自由を楽しもう。


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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは。読ませて頂きました。女子中学生ですね、かわいいな(笑)やはり日常の一コマをさりげなく切り取っていくのが上手いですね。ただ今回は少し文章の流れやリズムが平べったく感じてしまいました…
[一言] 読んでいてワクワク感が伝わってきます。こういう話は大好きです!
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