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翌日電話で呼び出されたのは、よく来るカフェ。
和弘ともよく来ていたカフェの前ついて、ふぅ、と息をつく。
店内から見えない場所でガラスにぼんやりと自分の姿を映して、身だしなみを整える。
決して自分のものにならないとわかっていても、それでも私の好きな人。
甘めの服を着るわけにいかず、ジーンズにカーデガンなんて、さっぱりした格好だけど。
最後に髪の毛のほつれを直して、カフェのガラスドアをあけた。
今時のカフェにしては少し懐かしい音をさせる、ドア上の鈴。
ここを見つけたのは、私だった。
数年前、まだ彼が私の友人だった頃の話。
すこしつきりと痛む胸に気付かない振りをして、店内を見渡せば一番奥の窓際に目当ての姿を見つけた。
向こうも気付いたらしく、軽く手を上げて声を出さずに私を呼ぶ。
――颯
昔から変わらないその仕草。
胸の痛みはすぐに消え去る。
内心のどきどきを抑え込むように手を握りしめつつ、和弘のいる席へと近づいた。
「待たせてごめんね」
一応待ち合わせの時間よりは早く来たつもりなんだけど...そう告げれば、和弘は小さく頭を横に振って俺の方こそと笑った。
「悪いな、突然」
「いいわよ、それでどうしたの?」
注文を取りに来た店員さんに紅茶をお願いして、彼に向き合う。
「えとな……、うん」
少し言い辛そうに視線を彷徨わせていた和弘は、何か決めた様に顔を上げた。
「佳奈の……指輪のサイズとか、知ってる……?」
「……指輪?」
思わず、声が固くなる。
止めてしまった動きを、一瞬で戻した。
強張っただろう表情を笑みへと不自然さを出さずに変えていき、目を細める。
「それって……、左の」
「薬指」
途中で私の言葉を引き取って言い切った和弘は、頬を赤く染めていく。
「もう社会人になって三年経つし、そろそろ頷いて貰えるかなぁと……思うんだけど」
プロポーズ、を。
目の前が真っ黒に塗り潰されそうなくらいの、衝撃。
けれど、私はこらえる。
そうするべきだと、分かっているから。
「サイズはね、九号。なぁに、サプライズで買うの?」
さらりとサイズを伝えて問いかければ、和弘は頷いた。
「一緒に買おうかとも思ったんだけど、やっぱなんかこう……憧れというか」
「ロマンチストですもんねぇ、崎谷は」
からかうように笑えば、拗ねたように口を尖らせてアイスコーヒーのストローを銜えた。
「どうせ女っぽいよ。あ、も一つ。どんな花とか好きかな」
はな?
つい、くすりと笑みが漏れる。
「なにその一昔前のドラマみたいなやつ。指輪に花束持参なわけ?」
ますます口を尖らす和弘は、それでも答えを待っているらしい。
私は少し考えて、佳奈の好きそうな花をいくつか伝えた。
和弘はそれをぶつぶつと復唱しながら、最後にお前は? と呟いた。
「え?」
意味が分からず問い返すと、少し大きな声で同じことを言う。
「お前の好きな花は?」
「私? 何、そのついで感」
「うるせぇなぁ」
ずるずると音を立てて、アイスコーヒーがストローで吸い上げられていく。
子供みたいなその態度に私は吹き出しながら、ガーベラ、と伝えた。
元気カラーのガーベラは、可愛くて好き。
和弘はふぅん……と頷きながら、背筋を伸ばして真っ直ぐに私を見た。
「颯、俺お前に言いたい事があるんだ」
店員さんが持ってきてくれた紅茶のマグカップを、両手で包み込む。
先まで冷えた指に……掌に、じんわりと温かさが伝わってきた。
けれど、私の心は冷えたまま。
「なぁに?」
それでも表情だけは、微笑で固定。
和弘はそんな私に気付くこともなく、いつもの犬みたいな人懐っこい笑顔で……
「俺、お前の義弟になってもいいか?」
……私を追いつめるのだ。
何で佳奈より先に、私に聞くの...
切なくなる感情を振り切るように、一度、目を瞑る。
「和弘」
そのまま、彼の名前を呼んだ。
声は聞こえないけれど、私の言葉を待つように反応を窺う和弘の視線。
「私の大事な妹を、泣かせないでね」
「もちろんっ」
喰い気味で強く言い切った和弘に、私は目を開けて笑いかけた。
友人から好きな人。
好きな人のまま妹の恋人に。
そんな変化を経て、彼は私の義弟になりたいと請う。
「よろしくね。同い年の義姉になるけど」
全ての可能性と願いは、否定された。