雪山草に馳せた想い 前編
「うぅー…寒いね~」
ティーナがいつもの調子で愚痴っていた。
「防寒具着てきてるんだからそれほど寒くはないでしょ」
「ネルフィ、言葉と行動が反比例してるぞ」
気丈に振る舞っているがネルフィの手とか足とかガチガチに震わせている。
「サクヤさんは平気そうですね~」
おっとり口調で話したのはメルスだ。対して話しかけられたら方はサクヤだ。
メルスは寒さを感じなさそうと思うのは偏見だろうか。
「まあな。これくらいの寒さ、どうってことはないさ」
サクヤも防寒具は纏っているものの全く寒そうな素振りをみせない。サクヤはもともと北方の出身なので少々の寒さなら平気なのだ。
「そういやコリィも平気そうだな」
「うん、まあ寒くないって言ったら嘘になるけど寒い寒いって言ってられないしね。言ったところでどうにもならないからね」
明らかに約二名がびくっとしていた。彼らの尊厳を壊さないためにあえて名前は伏せておく。
「けどネルフィ。今回の依頼内容は?まだ教えてもらってないけど」
ティーナは顔をマフラーに押し付けながらもごもご言った。
「あれ、そうだっけ?なら言っておくわ。今回の依頼は雪山草の採集。量は一本だけでいいそうよ」
「…ちなみに依頼動機は?」
「ええと街の中心街に歩けなくなったお婆さんがいるんだけど」
「「「「またお婆さんかよ!!!」」」」
全員が突っ込んだ。ネルフィはびくっと大層驚いたようすだった。
「また!?またお婆さんのお願いなの!?以前もお婆さんのお願いで依頼に行かなかった!?」
「というか毎回依頼動機がお婆さんだぞ…?」
「お年寄り思いなのは大変結構なことなのですが…」
「ていうかどこでそんなにお婆さんと知り合うの…?」
皆の思い思いのツッコミにネルフィは明らかに動揺している。「えっえっ」と言葉も舌足らずだ。
「だって街の中心街に出掛けたら噂を耳にして…年をとって歩けなくなって、最後に一目だけでも雪山草を見ておきたいって言うから…」
ネルフィはしゅん、としている。確かにネルフィは善意で依頼を引き受けてそれを色々言われたらたまってものではないだろう。そのことに皆は気づき始めた。
「…そうだよね、お婆さん、大事だよね」
「ああ、それにネルフィがそういうやつだって知っているしな」
「ネルフィさんは優しいですからね~」
「そういう所がネルフィの良いところだって、僕思うよ」
皆うんうんと頷きだした。ネルフィは顔を真っ赤にしている。
「な、なによ…皆急に…」
ネルフィは顔を伏せてもじもじしている。そういう素直になれないところも可愛いところであるのだが。
「っ~~!もう!行くわよ!こんな寒いところにずっと留まっていたくないし!」
ネルフィはずんずんと先に進んでいった。後の四人はずっとにやにやしていた。
それから暫く歩いた。辺りはすっかり銀世界となっていた。どんよりとした曇り空から淡く差し込む太陽の光が雪で反射している。音も無い世界で一行の雪を踏む足音だけが虚しく響いている。吹雪いてはいないが山の天気は急変しやすい。これからどうなるかは判らない。
「メルス~雪山草ってどこらへんにあるの~?」
「もう少し先ですよ」
えーまだ歩くのーとかぶちぶち言いながらもペースを落とすことなくティーナはついてくる。ただ面倒くさがりなだけなのだ。
「おいネルフィ、大丈夫か?」
ネルフィは一行のよりまだ後ろを遅れてついてきていた。
「だ…大丈夫よ…この程度の寒さ、なんてことないわ…」
両腕で身体を覆うようにしてガチガチに震わせている。余程寒いのが苦手なのだろう。
「もう、しょうがないなあ…」
コリィがネルフィに近づいた。
ボゴォ!
するとネルフィとコリィの地面が突然と割れた。いや、ネルフィとコリィ辺りだけでない。ネルフィとコリィのいる地面の一直線上に亀裂が走ったのだ。
「「え」」
崩落が始まった。
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁ…!」
「うわあああああぁぁぁぁぁぁ…!」
助ける暇などなかった。一瞬の内に二人は崩落に巻き込まれ、深い亀裂の底へと落ちていった。
「ネルフィ!」「ネルフィさん!」「ネルフィ!」
幸い巻き込まれなかった三人は亀裂を覗き込んだが既に二人の姿は無かった。底は薄暗いが、奈落の底というほどではないようだ。
「くそっ、こんな所にクレバスがあるなんて!」
「お、お二人は大丈夫でしょうか…!」
「…とりあえずは大丈夫じゃないかな。このクレバス、見た目よりは深くないみたいだよ。でも…」
その後どうするのか。
ティーナが言うことは間違いではないだろう。というか、そうでないと困る。墜落して即死、ということはないだろう。ここら一帯新雪で覆われているのでクレバスの底も同じである可能性が高い。
だが救出する手立ては、方法は。ロープでもこの深さでは無理だ。メルスの浮遊魔法も自分自身しかかけられない。一体どうすればいいのか…?
「う……」
痛い。身体に鈍器をぶつけられたような鈍痛が身体中に響いている。寒い。むちゃくちゃ寒い。凍死するかも。私、寒いの苦手なんだよね。南国生まれだし、訳あってカルノ王国来たけど。サクヤは北国出身だから寒いのは平気みたいだけど。他の皆はどうなんだろう。それでも私みたいにガクガクブルブルしてるわけじゃないみたい。どうしてよ。むちゃくちゃ寒いじゃない。麓でも寒かったのに山中に入った途端一層寒さが増したじゃない。当たり前だけど。冬は厚着すれば平気って言うかもしれないけど全然そんなことない。寒いものは寒い。暑さは我慢出来ないほどじゃない。少しうざったいだけだ。ていうか寒い。寒すぎて思考がマイナスになる。そうだ、冷静になれ。マイナス思考になるのはよくない。死に近づくだけだ。自分を客観的に見ろ。感情的になるな。まずは状況確認だ。私はどうなったのか。雪山で亀裂に落ちた。そして…?今ここにいる。結構な高さから落下したにもかかわらず。
「え」
ふと目を開けてみると目の前にコリィの顔があった。どうやら私は俯せに倒れていて、コリィは仰向けに倒れているらしい。
「えっ、うわっ、わわわわっ」
慌てて離れる。後数センチでも近ければ大変なことになっていた。動悸が止まらない。心臓がバクバク鳴っている。いやでも、異性がね、こんなに目の前にいたら誰でも驚くよね。
「ちょっと、コリイ。起きなさいよ」
ゆさゆさと揺らす。それからすぐにう、とか言いながら起き上がった。起き上がるのが少しぎこちなかったようにみえた。
「ん…ネルフィ…?」
「うん」
「大丈夫?」
コイツは起きてすぐ他人の心配をし始めた。どれだけお人好しなのか…
「私は平気よ。そういうアンタはどうなのよ。人の心配よりも先に自分の心配をしなさいよ」
「ん、僕は大丈夫だよ……っつ」
不意にコリイの顔が歪んだが一瞬で元の顔に戻った。だが、ネルフィはそれを見逃さなかった。
「隠しても無駄よ。痛いのは…ここ?」
起きあがる際に右足が少しぎこちなかった。痛めたとしたらここだろう。
「!?うくっ!」
「え!?そんなに!?」
軽く捻っただけだった。よく見ると右足が腫れている。骨折かもしれない。
「ちょっと捻っちゃって…」
そもそも私は何故平気なのだろうか。落下の衝撃で全身に重い痛みはあるが、大怪我というほどではない。それに対しコリィは大怪我をしている。もしかすると…
「アンタまさか私を庇って…」
コリィは後頭部を掻きながら言った。
「あはは…女の子のネルフィに怪我をさせたくなかったからね…」
コリィの顔は笑っているが額からは汗が噴き出ている。相当苦しいのだろう。私のせいなのに。寒い寒いと文句ばっかり言って遅れて歩いて亀裂に落ちて。完全に自業自得で私が勝手に怪我をするのならまだしもコリィに怪我をさせて。自分の身勝手な行動で他人を傷つけて。自分が嫌になる。穴かあったら入りたい。決して許されることではないのに。なのにー
コリィは笑っている。心底安堵したような面もちで。他人が傷つくくらいなら自分が、というくらいの自己犠牲で。
なんだか、胸の辺りが熱くなってきた。胸がきゅーっとして苦しい。でもなんだか嫌な感じじゃない。むしろ心地良いくらいだ。
「ネルフィ、どうしたの?」
コリィが怪訝そうに顔をのぞき込んでくる。暫く無言だった私を心配してくれているのだろうか。だが私にはもうコリィの顔を見ていなかった。
「…ネルフィ?」
私はコリィの手にそっと両手を添えた。両手でぎゅっと、包み込むように、暖めるように、この命が壊れないように。ずっとこうしていたかった。無性に、ただ一途に、いつまでもコリィの心を暖めていたかった。
「…ありがとう、コリィ」
ボソッと呟いた。それは虫の羽音のように小さかった。だけど、コリィには伝わった。
「うん」
お互い笑った。雪の寒さなど微塵も感じさせない春のような暖かさで二人は笑いあった。暫くして突然と気恥ずかしさが舞い戻ってきた。今までどこかに行っていた羞恥心で正気に戻った。普段の私ならあんなことはしないのに。手なんか繋いで、笑いあって。全部私がしたことなんだけど、すごく恥ずかしい。
「じ、じゃあどこか歩きましょうか!待ってるだけってのもあれだし、何か助かるものもあるかもしれないし!」
私は顔を背けて立ち上がった。顔が真っ赤だと思うが、すぐに背けたから大丈夫よね。
「それがいいと思うけど、僕、歩けないよ…」
「あ…」
そうだった。失念してた。コリィは私を庇って怪我をしたんだった。私のせいなのに忘れてた。途端に気恥ずかしさなんか忘れた。後悔と申し訳なさで胸が一杯になった。
「…ゴメン」
「いや、ネルフィを責めてる訳じゃないよ。もうこの話は打ち切りにしよう」
「でも…」
私は引き下がらなかった。この程度で引き下がれる軽い話ではないのだ。
「うーん、困ったなあ…」
コリィは困った表情をしている。どうして。私が悪いのに。なんで君はそんなにもーー
「じゃあ、こうしよう!知り合いから聞いたんだけど街においしいケーキ屋があるんだって。戻ったらそこでご馳走してよ。うん、これでおあいこだね」
そんなにも、優しいのか。皆に優しさを振り撒いて、いつも陰が薄いとか言われて、それでもいつものように皆に接して、優男のように見えるけど弓を持ったら別人のようになって、弓の名手で、何度も何度も救ってもらって。初めて会った時はなんだこのひ弱なやつとか思ったりもしたけど。結果的にはうちのチームにはなくてはならない存在になって。
だから、断れる訳、ないじゃない。
「…うん」
その優しさを、踏みにじる訳にはいかないじゃない。
「うんと美味しいの、ご馳走してやるんだからね」
私はビシッと指をコリィの鼻先に突きつけた。
「お手柔らかにね」
コリィは降参したかのように両手を上げた。
ペンタゴン第2話です。2話って読んでもいいのでしょうか…1話と関連性ゼロですから…あるとすればお婆さん繋がり。なんかイヤですね。
さて唐突ですが御意見や御感想など御座いましたら気軽に投稿ください。批評でも構いません。皆様からの手厚い御指導を今後の糧とさせて頂きます。