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あなたたち、悪女と豚男で本当にお似合いですわ

作者: あいあメル
掲載日:2026/08/28

 とある春の夕方。

 王立学院の卒業記念パーティーにて。


 白く輝くシャンデリアに照らされた、赤い絨毯の敷かれた王宮のダンスホール。


 ヴィルヘルミーナは、空になったグラスを持ちながら、呆然としていた。


 目の前には、金髪に紫色の目をした青年が、一人の小動物のような、栗色の髪に黒目の女性を庇うように立っていた。

 彼の服には、じわりとワインの大きな赤いシミが広がっている。


「エ、エドワード殿下! これは違うのです」


 さっき背中を押されたせいだった。

 ヴィルヘルミーナはそう言おうとしたが——


 しかしエドワードはそんなヴィルヘルミーナを見て、にっこりと笑った。


「ヴィルヘルミーナ。これがお前の本性か」

「で、殿下……! お願いです、聞いてください。これには事情が——」


 エドワードが、ゆっくりとため息をつく。


「事情? お前がマリアをいじめていたことに事情があるのか?」


 エドワードの後ろに立っていた女性が、俯く。

 その表情は見えない。


 ヴィルヘルミーナは絞り出すように言葉を紡ぐ。


「それは誤解なのです」

「何が誤解なんだ? 階段から突き落としたことか? 替えの靴の中に画鋲を入れたことか? それとも、教科書をビリビリに破いたことか?」


 言葉が喉から出ない。

 手の震えをなんとか我慢する。


「……どれも私ではありません」

「嘘をつけ!」


 エドワードが一喝する。

 ゾロゾロと、エドワードの後ろのマリアを守るようにわらわらと男子生徒達が集まってくるのが、ヴィルヘルミーナに見えた。


「お前が指示したことを知っている生徒がいるぞ」

「無知なふりをするとは、卑怯な」

「本当に悪女だな」


 ヴィルヘルミーナは思わず辺りを見渡した。


 仲の良かったはずの生徒も、何度か話したことがある生徒も、誰もが口をつぐむか、俯いていた。


 憔悴してエドワードの方を見るヴィルヘルミーナ。


 エドワードが口を開いた。


「父が倒れている今、僕が全権を預かっている。その権限のもとに宣言する。ヴィルヘルミーナ・ベルシュタイン侯爵令嬢とエドワード・グラスの婚約を解消する!」


 心臓が凍りついたように、ヴィルヘルミーナの手の感覚がなくなった。

 うまく呼吸ができない。


「そしてさらに宣言する。僕は真実の愛を大切にする! マリアベル・ローゼンベーグ男爵令嬢と新たに婚約する!」


 ヴィルヘルミーナは目を見開いた。


「殿下! それでは貴族社会の慣習に反します!」


 自分が叫んだことに気がついたのは、言葉になってからだった。

 エドワードが害虫を見るように目を細めた。


「ほら、反対する。嫉妬に狂った浅ましい女め」

「そうではないのです! ……お願いです、私の話を聞いてください」


 やれやれと首を振るエドワード。


「もう黙れ」


 その時だった。


 おずおずと、マリアベルがエドワードの後ろから顔を出し、可憐な花のような声を出した。


「あの、それではヴィルヘルミーナ様があまりにも可哀想だと思います」

「マリア! 君はなんて優しいんだ」


 マリアベルが上目遣いでエドワードの方を見る。


「いえ、優しいだなんて……殿下、このままではヴィルヘルミーナ様は一人で孤独に死ぬことになってしまいます」


 孤独に死ぬ。

 誰のせいでそうなると。

 そんな言葉を飲みこんで、ヴィルヘルミーナは拳を握りしめる。


「だから、それなりに身分の高い伴侶を見つけて差し上げるのが必要ではないでしょうか? それがせめてもの情けでは?」


 エドワードが考え込む。


「それなりに身分が高くて、悪女に相応しい男か」

「はい、できれば年も近い方がいいかと。あまりに歳が離れすぎていたら可哀想ですもの」


 しばらくして、エドワードがニヤリとした。


「そういえば、同級生に一人いたな。公爵家の嫡男なのに、まだ婚約者もいない落ちこぼれの男が」


 マリアベルを守る男の中から、茶髪に緑色の瞳をした一人の男が出てきた。


「殿下。豚男と言われている無能な我が双子の兄だけでなく、父も喜ぶでしょう。我が兄に妻が見つかったと。父には私の方からも話しておきます」

「アレクシス、ありがとう。ではヴィルヘルミーナ、王家の方からも後ほど正式に通達する。結婚の話を進めるように」

「さすが殿下ですわ! お優しくて、未来の王に相応しい判断ですわ」


 マリアベルが、手を合わせて向日葵のような笑顔を浮かべる。

 エドワードがニヤニヤとした。


 ヴィルヘルミーナは唇を噛んだ。

 結婚相手が誰のことを指すのかわかったからだ。


「……そうだ、それからマリアへのこれまでの非礼への謝罪をこの場でしろ」


 息がうまくできない。喉に張り付いたような感覚になる。

 手が震える。


「……殿下、それはできません」

「黙れヴィルヘルミーナ。異論は認めない。王家への反逆と見做すぞ?」


 ヴィルヘルミーナは辺りを見渡す。

 誰も目を合わせない。


「……それでも、やっていないことは謝罪できません」

「ワインをかけただろう? それも否定するのか?」

「殿下、私のことは大丈夫です。ヴィルヘルミーナ様に誠意を持って謝罪していただこうなんて、恐れ多いです」


 マリアベルが小動物のように縮こまる。

 エドワードがその様子を見て、マリアベルの周りの取り巻きの男子に向かって頷く。


 ヴィルヘルミーナにはわかった。自分に何が待ち受けているのか。


「……ヴィルヘルミーナ。選ばせてやる。力づくで跪くか、それとも自分から跪くか。どちらがいい?」


 ヴィルヘルミーナは手に爪を食い込ませた。

 そうしなければ、涙が溢れそうだった。


 ゆっくりと自分から膝をつく。

 膝に触れた絨毯は柔らかい。


 そのまま、頭をゆっくりと下げる。

 相手の顔が見えないように。

 言葉が震えないように。


「ワインをかけてしまい、すみませんでした」

「頭を床につけろ」


 エドワードの声が、静かな会場に響いた。


 時が止まった気がした。

 体が動かない。意志の力だけで、身体中の筋肉の叫びを無視する。

 ヴィルヘルミーナはゆっくりと床に頭をつけた。


「すみませんでした」

「ヴィルヘルミーナ様……」


 コツコツ。

 足音が近づいてくる。


「ヴィルヘルミーナ様……顔を上げてください」


 ゆっくりと顔を上げると、マリアベルに勢いよく抱き締められた。


「大丈夫ですわ。嫉妬で我を忘れてしまっただけなんですよね?」


 不思議と、マリアベルの声は、石造りの会場に響いた。


「ヴィルヘルミーナ様」


 マリアベルがヴィルヘルミーナの耳元に顔を近づける。

 誰にもその口元は見えないようにして、マリアベルが呟く。


「思い通り動いてくださって、ありがとう。大丈夫、あなたたち、悪女と豚男で本当にお似合いですわ。このまま惨めに死んでいってくださいね」


 マリアベルが、ヴィルヘルミーナから顔を離した。


 しばらく、ヴィルヘルミーナは指一本動かせなかった。


 ♦︎


 月が明るくヴィルヘルミーナの部屋を照らし出していた。


 ヴィルヘルミーナは、椅子に座って鏡に映る自分の顔を見つめていた。

 机の上には、宝物庫から持ってきた短剣が置かれている。


 切れ長の目、長いまつ毛、黒く化粧が滲んだ目元。


 笑顔を浮かべようとする。うまく浮かばない。


「まるで道化ね」


 鏡の中の自分が嘲笑った気がした。


 短剣を手に取り、ゆっくりと抜く。

 短剣の刃に月の光が冷たく反射していた。


 ♦︎


「お嬢様!」


 目が覚めると、そこは見慣れた白い自宅の天井だった。


 メイドの一人がヴィルヘルミーナのことを心配そうに見ている。


「良かった! もう目を覚まさないかと!」


 ヴィルヘルミーナは起き上がろうとして、メイドに止められる。


「まだ寝ててください。外傷がないのに、血だらけだったので大騒ぎだったんですよ。体も冷たくなっているし」

「……そう」

「何か覚えていますか?」


 話そうとして、頭がズキズキと痛む。


「……何も覚えていないわ」


 本当は違う。

 けど、咄嗟に嘘をついた。


「そうですか。では、旦那様を呼んできますので、少々お待ちください」


 メイドが何事もなかったように一礼して、扉を閉じる。

 廊下をかけていく音がした。


「私……失敗したんだ」


 ひっそりと、呟く。


「ヴィルヘルミーナ!!」


 扉がばたりと開いた。


「心配したぞ!!」


 そこには、少しはげかかった赤い髪をした中年男性が息を切らしていた。


「……エドガーお父様!」


 エドガーがヴィルヘルミーナの寝ているベッドに近づいた。


「ごめんなさい」


 ヴィルヘルミーナは思わず俯く。


「ヴィルヘルミーナ」


 顔を上げると、エドガーがヴィルヘルミーナをガシッと抱き締めた。


 温かい。


 ヴィルヘルミーナが自分の手を宙に彷徨らせていると、エドガーが言葉を絞り出す。


「すまない。昨日何があったのかも聞いた。今まで辛い思いをさせたな」


 ヴィルヘルミーナの手がぴたりと止まった。


「気が付かないなんて、父親失格だ」


 エドガーの手は震えていた。


「お前を失うところだった。私は……私は……」


 嗚咽が部屋に響き渡る。

 ヴィルヘルミーナは、腕に力を入れてエドガーを抱きしめた。


「……いえ、私こそ上手く相談できなくて、すみませんでした」

「そんなこと、気にするな。お前がいてくれさえすればいい」


 ヴィルヘルミーナの瞳から、涙がこぼれ落ちた。


 その涙は、どんどんと止まらなくなっていき——


 エドガーはそんな様子の娘を、ただ抱き締めていた。


 ヴィルヘルミーナが少し落ち着いた頃。


 エドガーが体を離した。

 慌ててヴィルヘルミーナは、自分の顔が見えないように俯く。


「す、すまない」


 くるりとエドガーが後ろを振り向く。


「いえ、大丈夫です」

「このまま少し話せるか?」

「はい」


 エドガーが深呼吸をした。

 しばらく黙ってから、ポツリと話し始めた。


「……厄介なことになった。王家から正式に婚約破棄の書状と、代わりの縁談の話が来た」

「もう……ですか」

「ああ、この速さはずっと前から準備していたのだろう。そして相手は我が家よりも格上の公爵家、その嫡男だ」


 エドガーがそこにあった机を拳で叩きつけた。


「テオドール・エーレンベルク公爵令息のことを、お前も知っているな」

「はい」

「公爵家の落ちこぼれ。まるでオークのような醜豚令息。知性に欠けた好色で暴力的な人間とのもっぱらの噂だ」


 ヴィルヘルミーナは頷く。


「事実がどうかはわからんが、社交界には基本出てこない。実際、学院ではどうなのだ?」

「テストだけ受けに来ているそうで、学院で見たことはありません。成績は最底辺との噂を聞いたことがありますが……」

「少なくとも、知性に関しては本当の可能性が高いか」


 エドガーがため息をついた。


「ひとまず抗議して、時間を稼ぐか。陛下が健在であればな……」


 今までの自分だったら、この状況に絶望して何もできなくなっていただろう。

 しかし、もう違う。

 なぜなら、今までの人生と別の記憶が頭の中に渦巻いていたのだ。

 天まで届くような高い四角い建物に囲まれた、硬く平らな地面を歩くたくさんの人々。

 そんな人々を見下ろしながら、透明なガラスに囲まれた巨大な部屋の中で書類を確認する日々。

 どこかの異国、日本と呼ばれる異世界でバリキャリと呼ばれる生き方をしていた記憶だ。


「あの」

「ん、どうしたのだ?」


 ヴィルヘルミーナは息を吸った。


「その結婚、受けようかと思います」

「なんだと!?」


 エドガーが振り向こうとして、慌てて後ろを見る。


「どういうことだ?」


 ヴィルヘルミーナは少し言葉に迷った。

 けど、覚悟を決めて話し始めた。


「まず、どうせこの婚約は断ることができません」


 エドガーが真剣な目になる。


「王が臥せっている限り、時間稼ぎしかできません。エドワード殿下が権力を持っている限り、王家は拒否を認めないでしょう」

「ああ、そうだな」

「そうなると、どんな風に断っても、難癖をつけられるでしょう。どう断っても、公的に我が家の過失とされます」


 エドガーが頷く。


「そして公爵家も敵に回すことになります。公爵家の方が我が家よりも爵位が上。しかもお相手は嫡男です。どんな言い訳を考えても、公爵家の家名に傷をつけることになる」

「そうだな。忌々しいが、その通りだ」

「これは我が家が公爵家に借りを作ることになりえます。しかも決して小さくない借りを」


 エドガーが顎に手を当てて考え込む。


「我が家にとって、縁を繋げば公爵家との繋がりを強化することができます。これはメリットこそあれ、デメリットは限りなく少ないでしょう」


 ヴィルヘルミーナはそこで言葉を切った。


「……まず聞きたいことがある。ヴィルヘルミーナ、お前は殿下が好きなんじゃなかったのか」


 ポツリと、絞り出すような声。

 ヴィルヘルミーナは一瞬喉に言葉が詰まった。

 息を浅く意識的にはいてから、話しだす。


「……殿下のお心は私にはもうありません。学院での三年間、どうにかお心を取り戻そうとしましたが、この様です」


 ヴィルヘルミーナは自嘲するように笑った。

 エドガーが拳を握りしめた。


「失ったものに執着していても、時間を浪費するだけです。そして時間を空ければ空けるほど、状況は悪くなる。それならば行動するのみです」

「……しかしヴィルヘルミーナ、重要なことを忘れていないか?」


 エドガーが試すように聞いてくる。

 ヴィルヘルミーナはにっこりと笑った。


「ええ、これは全てテオドール様が嫡男のまま、家督を継ぐ場合の話です。なので大事なことは、早く動いて状況を確認することです。そのために、一刻も早く返事をして先手を打つことが大切かと」


 エドガーはしばらく黙ったまま立っていた。


「……大人になったな」

「はい」


 ヴィルヘルミーナは曖昧に微笑む。

 その手はぎゅっと握りしめられていた。


 ♦︎


 翌日。


 ヴィルヘルミーナは公爵家の邸宅に、父と共に招かれていた。


 調度品も少ない、小さめの応接間の中で、父の横に座っている。


 緊張を紛らわせるために、壁の装飾をじっと見ている。


「失礼する」


 扉が開いて、一人の白髪混じりの筋骨隆々の男性が入ってきた。


 そして、その後ろから一人の男性が入ってくる。


 ヴィルヘルミーナは目を見開いた。


 一言で言えば、入ってきた男性はまるでオークのようだった。


 丸く肥大化した鼻。でっぷりとついた贅肉。

 薄くなってほとんど禿げている頭部。

 腹は出て、腕は丸太のようだ。


 二人が、ヴィルヘルミーナたちの目の前に立った。

 ヴィルヘルミーナたちも、席から立つ。


 筋骨隆々の男性が口を開いた。


「ベルシュタイン侯爵、本日はご足労いただきありがとうございます」

「エーレンベルク公爵閣下。こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」


 当主同士で握手を交わして、全員席につく。


 エーレンベルク公爵が口をひらく。


「それでは単刀直入に言うぞ。王命とはいえ、本当にうちのテオドールと結婚させるつもりか?」


 エドガーがヴィルヘルミーナをチラリと見てから、口をひらく。


「ええ、そのつもりです。ただ本人たちの気持ちも大切にしながら、お話できればと思います」

「本人たちの気持ち……ね」


 エーレンベルク公爵が鼻を鳴らした。


「率直に話そうか。我が家としては結婚は大歓迎だ。しかし、家督はテオドールに譲るかまだ決まっていない。そこを期待されても困るし、はっきり言って口出しさせる気はない」

「ええ、もちろんのことです」

「それにテオドールは見ての通りだ。何らかの呪いにかかっており、子供を作れるかわからない。子供も、見た目がどうなるかわからない。はっきり言おう。この結婚は、我が家に有利すぎる提案だ」


 エーレンベルク公爵が言葉を切る。

 そして少し迷ってから言った。


「……テオドールには幸せになってほしいと思っている。だから我が家としてはこの提案を受けたい。しかし、夫婦生活が最低限成り立たなくては我が家の醜聞になる。結婚相手に自殺でもされたら面倒だ」


 チラリとヴィルヘルミーナの方を、エーレンベルク公爵が見る。


 ——まさか昨日の出来事を知っているのだろうか


 ヴィルヘルミーナは喉がカラカラになった。


 エドガーが内心を窺わせない、にこやかな笑みを浮かべた。


「娘に幸せになってほしいのは、こちらもです。まずは当人同士で、話してもらうのはどうでしょうか?」


 エーレンベルク公爵が少し考える。


「……そうだな。まずはそうしようか。それ次第で、詳しい条件を詰めよう」


 そうしてヴィルヘルミーナとテオドールは二人で話すことになった。


 色とりどりの花々が植えられた花壇に囲まれた、庭園の端に移動した二人。

 そこに設置された白い机と椅子にそれぞれ腰掛ける。


 侍女が紅茶を入れ終わると、すぐに下がっていった。


 それを確認してから、テオドールが口を開いた。


「君のためを思っていう。この結婚はやめた方がいい。公爵家の家督は正式に弟のアレクシスに決まる予定だ」

「まだ何も言っていないのですけれど」


 テオドールが顔を歪めて笑った。


「どうせ君も公爵家の嫡男の地位目当てだろ? 大丈夫だ、君くらいの血筋なら他の良い家に嫁げる。僕のように呪われた人間じゃなくてね」


 自嘲するテオドール。

 ヴィルヘルミーナはため息をつく。


「そんなことわかっていますわ」

「じゃあ、なぜ?」

「試玉要焼三日満」


 ふと、貴族の教養とされる古典詩を、古語でヴィルヘルミーナは誦んじる。


 玉を試すには三日焼くを要す。


 本物の宝石かどうかは三日焼かねば分からない。


 つまり、時間をかけてみなければ、どうなるかわからない。そんな思いを込めて。


 どうせ伝わるわけがない。そう思って続きを誦んじようとした瞬間。


「辨材須待七年期」


 目の前のテオドールが誦んじた。


 材を弁ずるには七年を待つを須つ。


 良い材木かどうかは七年待たねば分からない。


 続きの句だった。


 ヴィルヘルミーナは目を開いた。


「あなた、どうして? この詩はあまり有名なものじゃないはずだけど?」

「……僕にだって知性はある」

「学院のレポートも、テストも最下位だって聞いたけど」

「あれは!」


 テオドールが机に手を置いて、勢いよく立ち上がった。

 そのまま憎しみのこもった目でヴィルヘルミーナの方を見る。


 何か事情がありそうだ。

 ヴィルヘルミーナが聞こうと口を開いた、その時。


「おやおや、これはこれは。悪女様と豚が、二人で密会かい?」


 そこには、昨日パーティーでエドワードと話していた、アレクシスがいた。


「なんでもいいだろう」

「んー? 豚語は聞き取れないなあ」


 テオドールが口を開いて閉じた。

 しかしすぐに悔しげな顔をして、俯く。

 がたり。ゆっくりと椅子に、テオドールは体を投げ出すように座った。


 それを見て笑いを堪えニヤニヤするアレクシス。


 ヴィルヘルミーナは、拳を握りしめていた。


「……アレクシス様。少し兄君に対して失礼では?」

「は? 無能悪女が何言ってんだ?」


 思わず苦言を呈したヴィルヘルミーナに、アレクシスが青筋を立てる。


「お前が何をしたのか、学院の同期はみんな知っている。浅ましい人間性もな」

「……それは!」

「おや、言い訳か? 人間性が滲み出てるぞ」


 アレクシスが嘲笑う。

 ヴィルヘルミーナは拳に入れた力を強めた。

 けど振り上げることはできない。

 握りしめた手に爪が刺さっている。痛い。


 アレクシスが、笑いながら口を開く。


「豚と悪女か。本当にお似合いだな。だが、知っているのか?」

「何をですか?」

「こいつが当主になることはない」


 アレクシスは確信しているような表情だった。


「……そんなことはないでしょう。まだ公爵閣下は、正式にお決めになられていないはず」

「いーや決まっているんだな。知りたいか?」


 ニヤニヤとしながら顔を近づけてくるアレクシス。


「実はな、実務で決着をつけることになっているんだ。この無能は田舎に、俺が都心部に行くことも決まっている。もう勝負は決まっているんだ」

「……まだ勝負は決まっていないと思いますが?」


 アレクシスがため息をついた。


「実務のわからない、無能な女は黙ってくれないか? お勉強はできても、実務は男がいなければ、何もできないから分からないんだろうな」

「撤回してください。私だって、そして他の女性だってやれます」

「はっはっは。確かに冗談は得意みたいだな。確かに嫌がらせもできるしな。ああ、謝罪の時の顔も最高だったぞ」


 アレクシスが腹を抱えて笑う。

 昨日の屈辱を思い出して、顔が熱くなる。


「……故善戦者之勝也、無智名、無勇功」


 本当に巧みに勝つ者には、知略の名声も、勇者としての武功も残らない。


 その時、テオドールが呟いた。


 きょとんとしているアレクシス。


 ヴィルヘルミーナの胸が熱くなった。意味は明白だ。本当に有能なら、もっと上手くやるはずと揶揄っているのだ。


 気がつくと口を開いていた。


「なら証明してみましょう。私は彼と結婚しますわ。そして試験に打ち勝って、彼を当主にして見せます」


 吹き出すアレクシス。


「一発逆転を夢見て泥舟に乗るとは。女は本当に浅はかだな」


 アレクシスがヴィルヘルミーナの全身を舐めるように見る。


「昨日みたいに地面に這いつくばって謝罪すれば、俺の愛妾にしてやることを考えてやるぞ? たっぷり可愛がってやる」

「……彼が家督を継いだときには、この家にあなたの居場所は無くなります。せいぜい後悔してくださいね」

「そんな日が来るわけないのに、本当に女ってのは冗談が好きだな」


 大笑いするアレクシス。


 その時、遠くから当主同士が来るのが見えた。


「じゃあ俺は行くとしよう」


 アレクシスが、立ち去ろうと歩き出し少しして止まった。

 そして振り返る。


「豚と悪女の婚約、心から祝福するぞ」


 今度こそ、アレクシスは去っていった。


「テオドール様」

「……なんだい?」


 ヴィルヘルミーナはにっこりと笑顔を浮かべた。


「結婚よろしくお願いします」


 ♦︎


 一ヶ月後。


 鬱蒼とした森の中。


「ああ、もうどうしてこんなに歩きづらいのよ」


 文句を言いながらヴィルヘルミーナは歩いていた。


「……まさか本当に結婚するとは思わなかったよ」


 テオドールが藪を掻き分けながら、呟く。


 無視してヴィルヘルミーナは歩き続ける。


「あら、ひらけた場所に着いたわ」


 高く聳え立つ山と森に囲まれた平野がそこにはあり、少し離れたところには青く輝く海が見えた。


 家が何軒か存在する小さな村から、煙が立ち上っている。


 テオドールがヴィルヘルミーナの方を見ると、ヴィルヘルミーナは地面を見ながらプルプルとしていた。


「……大丈夫かい?」


 やっぱり田舎すぎたのだろうか。

 戻れないことに絶望しているのだろうか。


 テオドールがもう一声かけようとした時。


 ヴィルヘルミーナが天に向かって両手をあげ、ガッツポーズをした。


「よっしゃー! 宝の山だわー!」


最後まで読んでいただきありがとうございます。


短編版はここで終わりとなります。


エドワードむかつく、ヴィルヘルミーナどうなる?、アレクシスにザマァできるの?など思った方は、ぜひ評価やブックマークをお願いします。


皆様からの反応が、長編版の励みになります。

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― 新着の感想 ―
連載お願いします。 屑な王子と公爵の屑息子に最大のザマァと地獄を
どこにハッピーエンドがあるのでしょうか? 実態はともかくひたすらヒロインとヒーローであろう2人が貶されているだけ。ここからハッピーエンドになるんですって言われても、短編としてお出しされてハッピーエンド…
これは。。。 続きはあるのでしょうか。 きっちりざまあしてほしいですね
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