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夜明けの皇子と宵の月  作者: 月夜洸星
第一章 夜明けの星

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第13話 六つの影

豪奢な彫刻が縁取る鏡に映るのは、漆黒と純白。


暁月自らの手で丁寧に衣服を纏わされたシエルレインは、目覚めた日の湯浴み後に着せられたものとよく似た装いをしていたが、それよりもさらに仕立てが良く、神々しかった。

真白な長衣、その装飾と細部にわたる銀糸の刺繍は星を模ったもの。傍らには色彩が対照的ながらシエルレインと対となる漆黒の衣を纏った暁月が立っている。その装飾は月。腰の飾り帯には満ち欠けを思わせる月の意匠が連なっていた。


向かい合い、暁月はシエルレインの右半面に黒い真鍮の仮面をつける。名残惜しむようにその朱金の髪を掬い、空に流した。


傍らには黒衣に身を包んだ影が四人、膝を折り宵闇に溶けるように静かに頭を垂れている。儀礼用だろうか、十三夜は腰に長剣を帯び、十六夜は海のような青を秘めた宝玉の魔杖を握っていた。

その後ろに控える二人をシエルレインは知らなかった。短い髪にシエルレインと同じくらいの背丈の小柄な者、もう一人は黒衣の上からでも見て取れる鋼のような筋骨と大柄な背。


「暁月、あの二人は?」


シエルレインの声を聞くや否や、翡翠と紅玉の瞳が瞬時に闇から現れた。


「ご挨拶が大変遅くなりました、シエル様。私は上弦、こちらの小さいのは下弦と申します。お怪我をされてから三年、さらにはお目覚めになられてからの日々というもの我々は一日千秋の思いでシエル様にお会いできる日を今か今かとお待ち申し上げておりまして毎日毎日扉の前で御身をお守り申し上げておりましたがそれはそれで至上の喜びではございますのですがたまさかに扉越しにお声が聞けるだけでこの身はもう天にも昇るとはこのことかと思うほどの幸福に包まれ毎日お側に侍ることができる十六夜と十三夜に対してはそれはもう羨望の念を抱くと同時にいっそのこと呪詛でも与えてやろうかという心持ちにもなりましたが」


「ちょちょちょ、待った待った待ったーー!!はいそこまでそこまで」


下弦と呼ばれた短髪の青年が上弦の口を塞ぐ。むぐぐ、とくぐもった声が指の間から漏れていた。暁月はやれやれといったように眉を顰める。


「シエル様、申し訳ございません。こいつってばお会いできた嬉しさと緊張でどうやら我を忘れてしまったようで。いつもは寡黙なやつなんですけど、その分言いたいこと溜めてるみたいで、時々暴走しちまうんです」


下弦が口を塞いだまま上弦の頭を撫でる。紅玉の瞳が長い前髪の間で静かに光っていた。


「改めまして、シエル様。俺は下弦。上弦とともに扉の向こうで貴方様をお守りしていた者です。暁月様と共に三年前、この国に訪れました。あの時はどうなることかと思いましたが……本当に、よくここまでご快復されましたね」


シエルレインは二人に近寄り身を屈めて、それぞれの手を取り重ね合わせた。黒い襪の手と星の光のような手で、挟むように握りしめる。


「初めまして、上弦、下弦。部屋から出ることができなかったから、二人には気づかなかった。どうか非礼を許してほしい。長い間僕を守ってくれていたんだね。ありがとう。心からの、感謝を」


二人の指先に短い口づけを贈る。下弦は華のような笑みを浮かべ、上弦の翡翠の瞳は静かに潤んだ。


「あんたたちねぇ、ちょっとは緊張感を持ちなさいよ。大事な日なのよ、今日は。ほら十六夜、あんたも!」


「……はっ!すまん」


十六夜は月明かりの中に佇む純白と漆黒の二人に、いつの間にかすっかり見惚れていたようだ。いつもこういった場面では飄々と軽口を叩く十三夜が、今日は珍しく他人を嗜めている。


ふっ、とシエルレインは笑った。


暁月とその従者たちが何者なのか、知らない。今まで皆一言も語らなかった。もうすでに十分知っていることのように、それは謎であってそうでないような。わからないことだらけのはずなのに、昔から共に過ごしてきた家族のような心地よさがあった。初めて会ったはずの上弦と下弦にしても同じだ。二人をよく知っているような気がする。


「……なんか、変な感じ」


シエルレインが呟く。


「何がです、シエル様?」


下弦が首を傾げる。


「みんなのことを、ずっと前から知ってたような気がして。不思議だな、と思って」


六人は一瞬、静かに顔を見合わせた。暁月だけはまっすぐにシエルレインを見ていた。その金色の瞳に、言葉にならない何かが揺れている。


「それは——」


十六夜が口を開きかけた時、暁月が静かに遮った。


「この夜を超えたら、全て話す。約束した」


シエルレインはその瞳を見つめ、小さく頷いた。


「うん。待ってる」


「……行くぞ」


暁月が先頭に立つ。六つの影が、月明かりの廊下へと動き出した。


先頭を歩く漆黒と、その隣を歩く純白。後ろに続く四人の黒衣が、長い廊下に影を落とす。誰も喋らない。足音だけが石畳に静かに響いていた。


廊下を抜け中庭に出ると、夜風が頬を撫でた。


満天の星の下に祭殿が厳かに佇んでいる。頂にある皇家の紋章が月明かりに照らされ、それ自体が荘厳な輝きを放っているようだ。


六つの影が、石畳を踏みしめながら祭殿の扉へと向かう。


満月はまもなく、天の一番高いところへ登ろうとしていた。

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