第9話「抑制剤の代償」
連れ戻されて数日。私の体調に異変が生じた。
自作の抑制剤の副作用だ。
無理やりフェロモンを遮断し、ベータの状態を維持していた反動が、一気に押し寄せてきたのだ。
全身が燃えるように熱い。
骨の髄から震えが止まらない。
息をするたびに、内臓が裏返るような吐き気に襲われる。
「う、あ……っ……」
ベッドの上でシーツを握りしめ、私は苦痛にのたうち回った。
これはただの風邪ではない。
体内のオメガ性が、押さえつけられていた期間の分だけ、暴走して表出しようとしているのだ。
部屋中に、私のフェロモン――凍てついた白百合の香りが、爆発的に充満していく。
「エリアン! どうした!」
異変を察知したラディウス殿下が飛び込んできた。
部屋に入った瞬間、濃密な私の匂いに彼自身もたじろいだが、すぐに駆け寄って私を抱き起こした。
「熱い……! 医者を呼べ! すぐにだ!」
彼の怒号が遠く聞こえる。
私の視界は霞み、意識が混濁していく。
誰かの腕の中。力強い、安心できる匂い。
苦しいはずなのに、その匂いに包まれていると、不思議と痛みが和らぐような気がした。
「大丈夫だ、エリアン。私がついている」
冷たいタオルが額に当てられる。
汗ばんだ体を拭われる感触。
水を含ませた布が、乾いた唇を潤してくれる。
彼は一睡もせずに看病し続けてくれているようだった。
うっすらと目を開けると、やつれたラディウス殿下の顔があった。
いつも完璧な彼が、髪を乱し、目の下に隈を作っている。
その必死な形相を見て、私の胸の奥で何かがきしんだ。
『どうして、ここまで……』
悪役令息である私に。
可愛げのない、逃亡者に。
彼は本気で心配し、怯えているように見えた。私を失うことを。
「……う、ん……」
「気がついたか? 辛いか? もっと楽にしてやりたいが、私のフェロモンを当てすぎると君の負担になるかもしれなくて……どうすればいい……」
あの最強のアルファが、子供のようにうろたえている。
私は無意識に、彼の手を弱々しく握り返した。
その瞬間、彼が息をのむのがわかった。




