第8話「籠の中の白百合」
目を覚ますと、そこは天蓋付きの巨大なベッドの上だった。
絹のシーツの感触、ふわりと香る高価な香油の匂い。
見覚えのある天井。
ここは王宮、ラディウス殿下の私室だ。
『……連れ戻されたか』
体は鉛のように重いが、拘束されているわけではない。
ゆっくりと起き上がると、部屋の豪華さに改めて圧倒される。
窓には鉄格子などないが、外には二重三重に魔法結界が張られているのが、肌を焼くような微弱な魔力の波でわかった。
物理的な鎖よりもタチが悪い。
ここは、世界で最も豪華で、最も堅牢な鳥籠だ。
カチャリ、と扉が開く音がした。
入ってきたのは、銀盆を持ったラディウス殿下だった。
従者を使わず、自ら食事を運んできたらしい。
昨夜の森での「狩人」のような野性味はなりを潜め、今は完璧な王太子の仮面をかぶっている。
だが、私を見る瞳の熱量だけは、変わらず火傷しそうなほど高い。
「目が覚めたか、エリアン。加減をしたつもりだったが、君を深く眠らせすぎたようだ」
彼はベッドの脇に椅子を引き寄せ、慣れた手つきで私の額に手を当てた。
「熱はないな。スープを作らせたんだ。食べられるか?」
優しすぎる声。
それがかえって恐ろしい。
断罪されるはずの悪役令息に対して、なぜここまで尽くす?
これは「最後の晩餐」というやつだろうか。
優しくしておいて、油断させたところで一気に突き落とす――そういう高度な拷問なのかもしれない。
「……殿下。単刀直入にお伺いします」
私はスープには手を付けず、彼を真っすぐに見つめた。
「私への処罰は、いつ執行されるのですか。鉱山送りですか? それとも国外追放ですか?」
ラディウス殿下は、スプーンを持つ手を空中で止めた。
きょとんとした顔をしている。
そして次の瞬間、彼は堪えきれないといった様子で吹き出した。
「処罰? 鉱山? ……くく、ははは! 君はまだそんなことを言っているのか」
ひとしきり笑った後、彼は急に真顔に戻り、私の手を取って自身の唇に押し当てた。
「誰が私の大事な『心臓』を鉱山になど送るものか。君の処罰は決まっている」
「……どんな処罰ですか」
「終身刑だ。私の腕の中で、一生愛されるという刑だよ」
背筋が凍るような、甘い言葉。
冗談には聞こえなかった。
彼の瞳は、暗い執着の色で塗りつぶされていたからだ。




