第5話「狩人の直感、王太子の執着」
村の入り口で、ラディウスは馬を降りた。
周囲の騎士たちが緊張した面持ちで控えている。
王太子の訪問に、村長は地面に額をこすりつけんばかりに平伏していた。
だが、ラディウスの意識は彼らに向いていない。
彼は深く、空気を吸い込んだ。
土の匂い、家畜の匂い、夕食を作る煙の匂い。
それらの雑多な匂いの層の下に、微かだが確実に、あの香りが残っていた。
一ヶ月前、舞踏会で嗅いだあの香り。
脳髄を痺れさせる、白百合の残滓。
「……ここにいたか」
ラディウスの唇が三日月のような形に歪む。
狂気と歓喜が混ざり合った、凄絶な笑みだった。
ようやく見つけた。
尻尾をつかんだ。
部下からの報告にあった「凄腕の薬師」の噂を聞いた時、直感が働いたのだ。
エリアンは優秀だ。彼なら、どんな場所でもその才能で生き延びようとするだろう。そして、優秀すぎるがゆえに、光を隠しきれない。
「村長。ここに住んでいる薬師はどこだ」
「は、はい……先生なら、さっき急に山へ行くと言って……」
逃げたか。
聡いことだ。
ラディウスは馬の手綱を握り直す。
逃げるということは、捕まりたくないということ。
拒絶されているという事実は、普通なら心を折るものかもしれない。
だが、ラディウスにとっては逆だった。
逃げれば逃げるほど、その背中は美しく見える。追いかけて、捕まえて、その全ての自由を奪って腕の中に閉じ込めたいという欲求が、炎のように燃え上がる。
「殿下、もう日が暮れます。森へ入るのは危険かと」
側近の騎士が諌めようとするが、ラディウスは一瞥もくれなかった。
「構わん。私一人で行く。お前たちは村を包囲して、鼠一匹逃がすな」
アルファとしての身体能力は、常人の比ではない。闇夜など苦にもならない。
むしろ、夜は獣の時間だ。
ラディウスは馬の腹を蹴った。
森の奥へ。愛しい番の匂いが続く方へ。
まるで赤い糸を手繰り寄せるように、彼は森の闇へと躍り込んだ。




