第4話「万能薬の噂、広がる波紋」
平穏だと思っていた生活に、小さな亀裂が入り始めたのは、私の作る薬が「効きすぎる」せいだった。
前世の化学知識と、この世界の魔法素材を組み合わせた私の薬は、村人たちの間で奇跡の薬として崇められ始めていた。
ただの腹痛薬が、長年の持病を治し。
切り傷用の軟膏が、痕一つ残さず皮膚を再生させる。
自分では出力を抑えているつもりだったが、この世界の医療水準が低すぎることを計算に入れていなかったのだ。
「エリアン先生の薬があれば、医者いらずだ!」
「隣村の婆さんのリウマチも治ったってよ」
感謝されるのは嬉しい。報酬として野菜や肉をもらえるのも助かる。
だが、噂は足が速い。
村の中だけで留まっていたはずの名声は、いつしか行商人の口を通じ、街道沿いの町へ、そしてさらに遠くへと広がり始めていた。
「銀の髪の美しい賢者様」
そんな恥ずかしい二つ名までついているらしい。
私は薬草を刻みながら、深いため息をついた。
目立ってはいけない。それは鉄則だ。
変装のために髪を染めようかとも考えたが、この特徴的な銀髪を隠す染料は、雨に濡れればすぐに落ちてしまう。
それに、今さら姿を変えれば、かえって村人たちに怪しまれるだろう。
『そろそろ、潮時かもしれない』
この村を出て、さらに奥地へ。
誰もいない森の深層で暮らすべきか。
そんなことを考えていた矢先、小屋の扉が乱暴に開かれた。
トビーが息を切らして駆け込んでくる。
「せ、先生! 大変だ!」
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
「き、騎士様たちが! 村に来たんだ!」
ガタン、と椅子が倒れる音がした。
私は立ち上がっていた。
血の気が引いていくのがわかる。
「『銀髪の薬師』を知らないか、って……村長のとこで聞いて回ってる!」
私の推測は、最悪の形で的中した。
彼らは私を探している。
ただの捜索願ではない。あのラディウス殿下が、執念深く追ってきているのだ。
だが、なぜ?
捨てたはずの婚約者に、そこまで執着する理由がどこにある?
考える時間はなかった。
私は必要最低限の荷物をまとめた袋を掴んだ。
常に逃げられる準備はしていた。
だが、村人たちを見捨てていくことへの罪悪感が、胸をチクリと刺す。
「トビー。私はしばらく山へ薬草を採りに行く。騎士たちには、そう伝えてくれないか」
「え……? でも、外はもう暗くなるよ?」
「急用なんだ。頼んだよ」
少年の頭を撫で、私は裏口から飛び出した。
森の闇が、黒い口を開けて待っていた。
平穏な日常は、唐突に終わりを告げた。




