其之零 『予知夢──あるいは破滅の序曲』
※本作は『降魔戦線』シリーズ(https://ncode.syosetu.com/s8577g/)の5作目です。
※前作『怨鎖編』からの直接的な続編となっております。前作までの内容を踏まえた描写が多数あることをご了承ください。
※本作にはグロテスク及び性的表現が含まれます。
※また宗教的なニュアンスを想起する語句がありますが、本作はいかなる宗教および団体とも関係はありません。
※本作はオリジナル原稿から極端に過激な表現をカットあるいは変更してR-15用に仕上げた【ライト版】です。
予知夢──あるいは破滅の序曲
Side ???
まず光があった。
世界のすべてが包まれそうな眩さで、自分の手すら見えない。
それは、無限の闇と、なんら変わらない。
怖い──生まれて初めて、光に恐怖を覚えた。
ヒトは、光なくして生きてはゆけない。
だが、これは違う。この灯に、優しさはない。
地平の彼方で轟音が天に昇った。
困惑、恐怖、絶望、悲鳴──それらが一斉に上がり、一瞬にして消えた。
津波のように押し寄せてきた熱波が顔を叩く。
(やめろ)
目を閉ざし、両手で顔を覆う。
無駄だった。瞳は闇に還らない。
腕の合間、瞼の隙間……細胞という細胞の隙間から、光が暴力的に突き抜けてくる。
(いやだ……厭だ…………やめてくれ……!)
逃げ場のない妖輝のなかで、瞳の裏に──まるで焼き印を刻むように──誰かの姿が映し出される。跳ねの強いクセ毛、くりくりした円い目。仔猫のような面立ち。小柄な体躯…………
(きみは──)
その人影に、自分という存在が灼かれてゆく。網膜が溶け、視神経がちぎれ、視覚野が弾け飛ぶ。後頭葉から脳髄の壊死が始まる。
──いやぁぁぁああぁ!
だが、最後に聞こえた悲鳴は、自分のものではなかった。
(──老師!)
「ウェイラン!」
大きな手に揺すられ、青年は目を醒ました。室内の明るさに一瞬ドキリとするが、眼が灼かれるほどではない。
空調の効いた広大なホール。三階まで貫く吹き抜け。壁面を埋め尽くす書架。
(ここは、資料室……僕は…………)
部屋の中心に据えられた重厚なオーク材の書机と、そこの前に座っている自分を認識して、ようやく息をつく。
「ウェイラン、大丈夫?」
「ハウザー? いらしてたんですね。ごめんなさい。居眠りなんて……」
かたわらの大男を見上げて、安堵はさらに安心へと変わる。
黒いヘラクレス、という形容が相応しい偉丈夫だ。鋭い鼻先や角張った顎はいかにもヨーロッパ的だが、肌と髪はアフリカ系のそれである。
片や、青年は小柄で細身。大きな丸い眼鏡をかけ、長い髪は纏め上げている。
「うなされてた。夢を、視た?」
青年はハッとした。いましがたの悪夢を思い出し、額にドッと冷や汗を湧かせる。
暴力的な光──そのなかに見えた姿──最後に聞こえた悲鳴────
「ハウザー、いますぐ衆統に連絡を!」
焦燥に駆られるままに立ち上がった。
「ただちに長老座の結集を、お願いします」
「どうした? そんなに、なのか?」
訊ねながらも、ハウザーと呼ばれた男は早くもスマートフォンを取り出している。
「恐らく大規模な破壊…………それから──」
震える手で顔を覆った──というよりは、掴んでいた。そうしないと、夢のなかの生々しい苦痛に、意識が持っていかれそうだった。
(大丈夫。さっきのは夢。ここが現実だ。僕は──)
青年の名は李巍狼。ここ、衆本部資料室の管理官であると同時に、予知夢能力者でもある。
「──それから、麻霧老師の身に、よくないことが…………」
最後の悲鳴。あれは確かに、第一区支部の長、麻霧零子の声だった。
そして、光のなかに見えた少年の顔が、瞼の裏に煌々と、燃えるように甦る。
「あれは……凰鵡さんだった」
──日本に〝《光》としか言いようのない何か〟が現れる。
李巍狼が不吉な夢を視たのを発端とするように、世界各地の予知能力者が同様の幻視を報告しはじめた。
そして、この予知をした能力者のうち、じつに半数が、幻視中の強烈な光に耐えられず、視神経や精神に異常をきたした。だが、彼らはまだ幸せなほうだったかもしれない。国防上・宗教上などの理由から《光》の正体を是が非でも曝かんとする一部の過激な組織らによって拉致され、薬物等を用いた幻視の誘発や、催眠はては拷問をともなう自白の強制を受けた者もいたほどだった。
神、天使、宇宙からの来訪者、人口太陽、核爆発、プラズマ球、新種の妖種、どこかの組織による儀式の産物──さまざまな説が唱えられたが、それでも憶測と流言の域を超える解釈は、ついに現れなかった。
とうぜん、《光》の正体を予見できた者も、である。
…………ただひとりを除いて。
──怖がらないで。
(誰?)
輝きのまっただなかで、凰鵡は誰かに問うた。
そして、唐突に自覚した──これは現実じゃない、と。
前にも同じことを言われた。その時は真っ暗闇だった。こんどは一面の光か。
いま凰鵡の目の前にいるのも、雲水ではない。
輪郭を揺らめかせる光の輪だ。似たような太陽の写真を見たことがある。
だがその光が、凰鵡をひどく不安にさせた。
放射される熱波は肌を灼き、心をざわつかせる。
その圧力に、在りし日の記憶が重なる。
そうだ。自分はこの光を知っている。しかし、なぜ今、ここで…………
──オメガ。
混乱する脳裏に、声が響いた。
(オメガ?)
かつての夢で聞いたものと同じ声だ。
この世界の│外側《、、》から、誰かが、自分を観ている。
(誰だ⁈ どこにいる⁈)
──オメガが来る。きみが、立ち向かわなきゃいけない。
(ボクが……⁈)
とたんに、足が震えはじめた。
確信と恐怖が、有無をいわさず押し寄せてくる。
オメガ──世界を呑み込むこの禍々しい《光》と、闘えというのか……自分に。
──怖がらないで。心を、開いて。
無理だ。勝てるわけがない。なぜなら…………
(待って──)
夢が遠のいてゆく。
事件は、それから三日後に起こった。