聖女の私を追放したせいでこの国は滅ぶ——かと思いきや、まさか敵国最高戦力も追放されていたとは……。
三回目の聖女ものです。追放ものに挑戦しました。
「……というわけで、私、国を追放されちゃったんです」
「ほえー、大変だったんだな」
私の話に、酒場の店主は、感慨深そうに頷いた。
だけど、そんな時、
「えっ、あなたも追放されたんですか?」
と、ちょうど隣の席についた人物が話しかけてきた。
「実は俺も、たった今国外追放されて、この街に捨てられたところなんですよ!」
「うわ、凄い偶然ですね」
と、私。
「ちなみに、原因を伺っても?」
と、客。
*
あれは数日前のこと。
「貴様との婚約を破棄し、国外追放を言い渡す!」
婚約者の王子が、私にそう告げる。隣には、私の後輩聖女が立っている。
「え……本当にいいんですか? 私がいないと、この国結構やばいと思うんですけど……」
焦った私の様子に、何を勘違いしたんだろう、
「ふん、今更慌ててももう遅い。さっさと連れていけ!」
と、王子は勝ち誇った笑みを浮かべる。
途端、私は背後から兵士に捕らえられ、そのまま護送車に連れ込まれてしまった。
こうなった原因を、道中で私は考えた。そもそも、お互い愛情があったわけじゃない。筆頭聖女として国民の支持が厚い私と結婚することで、国民の王室への反感を和らげるという、完全なる政略結婚。だけど、聖騎士団の中でも派閥争いがあって、別派閥の後輩聖女が王子に取り入って、政権に近づこうとして、私が邪魔になって……って、ああ、もうめんどくさい! 頭がぐるぐるしてきた!
だけど、一つだけ確かなことがある。そういうめんどくさいことと、私はもう無縁だってこと!
と思ったところで、私は護送車から放り出された。中立都市セザール。ここから私の追放生活がスタートする。
*
「……ということがありました」
私は店主に話したことを、そのまま隣の客に告げた。
「うわー、それはお疲れ様です。俺の方も少し似てるかもしれません。出世レースでの足の引っ張り合いで、冤罪をかけられてしまって、見事に追放されてしまいましたよ」
と、客は言う。
「どこも世知辛いですね」
「まったくですよ。でも、まさか聖女をされていたなんて、驚きました。実は俺も聖騎士だったんです」
「あ、そうなんですか? 私はガルシア国で働いてたんですけど」
「俺はソラリア国です」
へえー、ソラリア国か。ちょうど、うちの国ガルシアといがみ合っていた対戦国。でも、今はもう関係ないな。お互い、追放された同士だし。
それにしても、この人聖騎士だったんだ……って、あれ、ちょっと待って。ソラリアの聖騎士? それに、この声……。どっかで聞いたことあると思ったけど、まさか——。
「あ……」
「あ……」
隣を向くと、見知った顔が私を見つめ返している。
「アヴィオール!」
「リーゼロッテ!」
私たちは同時に叫んだ。噓でしょ? まさかかつての敵と、こんなところで出くわすなんて……。いや、それよりも——
「くびになったんですか、アヴィオール……さん」
聖騎士アヴィオールは、圧倒的な強さを誇る、間違いなくソラリアの最高戦力だった。彼がいるからこそ、ソラリアは戦えていたと言ってもいい。何考えてるんだ、ソラリア国? どうしてよりにもよってこの人を追放しちゃったわけ?
「あなたこそ追放されていたんですか、リーゼロッテ……さん」
と、アヴィオールも目を丸くする。
「てっきり、私がいなくなった後は、あなたにガルシアは滅ぼされるんだろうなー、と思ってたんですけど」
「いや、俺もあなたがソラリアを滅ぼすと思ってました」
あれ? あれあれ?
「ということは、もしかして国は滅びない?」
「まあ、ぶっちゃけたところ、俺たちなしで、滅ぼすだけの戦力があるとは、正直思えませんよね」
「じゃあ、追放ざまぁは起こらないんですか?」
「おそらく」
追放ざまぁ。組織を支えている人物を、邪魔者として追放したら、そのせいで組織が破綻して、自業自得だね、ざまぁ! というもの。
アヴィオールはちょっと考えた後、
「あっ、そうだ。ここは俺たちで手を組んで、一緒に両国共滅ぼすってのはどうですか?」
と、思いついたように口にする。
うーん。追放されたので、国に復讐しちゃいます系か。それもまあ、ざまぁ的には、ありっちゃありなのかもだけど……。
「いや、それはめんどくさいな」
「ですよねー。俺も冗談で言ったので、リーゼロッテさんの意見に大賛成です」
アヴィオールはへらっと笑う。
「え、アヴィオールさん、それでいいんですか? 聖騎士アヴィオールといえば、一発殴られたら、百発殴り返す男でしょうが」
と、私。
「それはただのイメージですよ。実際の俺は、殴られたら、すぐ逃げたくなるタイプです。というか、そんな風に殴ってくるような奴、一緒にいたくないですよ。あー、体育会系の職場、まじで肌に合わなかった……」
どうやら、私の好敵手はかなりやる気のない人物だったらしい。
「リーゼロッテさんこそ、平民から筆頭聖女、果てには未来の王妃の地位まで上り詰めた、野心家リーゼロッテじゃありませんか? このままやられっぱなしでいいんですか?」
と、アヴィオール。
「成り行きで立身出世したせいで、野心家キャラだと思われてるんですけど、私は正直そういうのどうでもいいんですよ。ていうか、もう人間関係とか疲れた……」
って、私も人のことは言えないな……。
「ぶっちゃけ、追放されてラッキーだった説までありますよ、私」
「あ、それ、俺も思ってました」
「じゃあ、ここは一緒に祝いませんか? 追放記念日ということで」
「いいですねえー、追放記念日」
「追放に乾杯!」
「乾杯!」
結局、私たちは朝まで飲み明かした。
「リーゼロッテさんは、この後どうするんですか?」
店を出たタイミングで、アヴィオールが尋ねてくる。
「私、スローライフがしたいんですよ。だから、とりあえず、冒険者になろうと思って。そして、しばらくは気ままに諸国をめぐります」
「本当に偶然ですね。俺も同じこと思ってたんです」
「ほら、この店の隣にギルドがあるじゃないですか。そこに行こうとしてて、だけど、その前に一杯やっちゃおうかな、とこの店に入ったんです」
「うわ、そこまで同じですか……」
「私たち、随分と気が合うんですね。もはやちょっと怖いですよ」
「でも、昔から結構気が合ってたのかも。ほら、偶然鉢合わせることも多かったし」
「あー、そうですねー、って、戦場でやないかい!」
「だとしても、もはや遭遇しすぎて、この人俺のこと好きなのかなって思ってました」
「あはは、何ふざけたこと言うんですか」
「まあ、それは冗談だとしても、俺はリーゼロッテさんのこと、好きですけどね」
「え……好きなんですか」
「いや、それは……。だって、話してて楽しかったし……」
なんだかちょっと変な雰囲気になって、私たちは同時に顔を逸らす。
「ままま、まあ、まさかアヴィオールさんと? こんなに意気投合するなんて? 思いませんでしたよ?」
「そそそ、そうですね。俺たち、なんやかんやいい組み合わせだって、そう言いたかったんですよ」
その後、気まずい沈黙が訪れた。
「じゃ、じゃあ、私こっちなんで……」
「俺はこっちなんで……」
その場で別れようと、一歩踏み出した途端、私たちはごつんとぶつかる。そうだ……。私たち、行き先も冒険者ギルドで一緒なんだ……。私は頭を抱える。
「この後、至る所であなたと鉢合わせる未来が、今、頭に浮かんできたんですけど」
「奇遇ですね。俺もです」
こうなったら、もう——
「いっそのこと、一緒に冒険者やりませんか?」
「いっそのこと、一緒に冒険者やりませんか?」
あ、また被った……。それがなんだかおかしくて、私たちは一緒になって笑い転げた。
そして、私はアヴィオールと共に旅に出た。
のんびり国々を回って、たまに護衛や討伐の依頼を受ける日々。あっという間に時間は過ぎ、気付けば国を追放されてから一年が過ぎていた。
「そういえば、リーゼロッテさん。俺たちの国、最近滅んだっぽいです。両方」
ある日、一緒に朝食を食べている時、アヴィオールがさらっと口にした。
「え! まさか、戦争で相討ちになったんですか!?」
「いや、両方自滅です。内部から崩壊しました」
「自滅……。いったいどうして?」
「考えてみてくださいよ。あの国がまともだったら、俺たちを追放なんてしませんよ。俺たちを追放した後も、どんどん追放やら粛清やらで内輪揉めをしてる間に、革命が起きて、あっけなく崩壊したそうです」
崩壊……。私を追放した王子と後輩聖女は、いったいどうなったんだろう。いや……これは聞かない方がいいな。なんだか、ハードな展開が待ってる気がする。
「それで、今まで粛清されていた人間が集まって、現在は新政府が樹立されたとか。どうやら彼らは、俺たちを頭に据えるために探してるみたいなんです。ほら、悪逆の前政権に追放された英雄が戻る、ってなったら、新政府のイメージ戦略的に完璧な展開ですから。どうします? 国に戻って、新政府のトップに立ちますか?」
うーん。追放されたけど、新政権で返り咲きます系か。それもまあ、ざまぁ的には、ありっちゃありだけど……。
「いや、めんどくさいな」
「ですよねー。リーゼロッテさんに大賛成です」
私は今の生活が一番楽しい。それに、それぞれがガルシア、ソラリアに戻ることになったら、もうアヴィオールとは……。
「なんたって、俺は、リーゼロッテさんと一緒にいられなくなるのは嫌ですからね。何があっても、ソラリアには帰らないつもりです」
と、アヴィオールはパンをちぎりながら言う。
なんだ、また同じこと考えてたのか。呆れるはずなのに、なぜか口元が緩んでしまった。
「安心してください。あなたの追手は私が追い払いますよ」
「あはは、リーゼロッテさん相手だったら、ソラリアの連中は怖がって手出しできませんね」
そう笑った後、
「俺も、あなたのこと、絶対に渡しませんから。ガルシアにも、そして他の何にも」
と、アヴィオールは言う。
この一年間、一回も昔の国のことを思い出すことはなかった。それくらい、毎日が楽しかったから。そして、これから先、思い出すこともないんだろう。もしかすると、これが一番のざまぁなのかも、と、やや頬を赤らめたアヴィオールを眺めながら、私は思った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。まだまだ勉強中ですので、アドバイスなどいただけると嬉しいです。
追記を失礼します。1月30日に、呪われ公子様に、「呪われてるんだったら、仕方ありませんね!」と返し続けた結果 、を投稿しました。まだあまり読んでいただけていないので、よろしければ、こちらも読んでいただけると幸いです!