【番外編】迷い蝶
注意事項1
起承転結はありません。
短編詐欺に思われたら申し訳御座いません。
注意事項2
幻想奇譚 『セピアの街と骨董品』に出てくるあの店主です。
まさかの再開。作者が一番ビッくらポンです。
爛れた夕日の灯る街から出張して、店主として骨董市に参加していた。
立ち並ぶ古きもの。何年も、何年も、人間と一緒に過ごしてきたせいか、性質が人に寄ってしまったものが結構ある。故に僕に向かって無言で訴え掛けてくる。『真の主が見つからない』だの『あの人に買われたい』だの。何時もは話し相手になって、その気持ちをいなしてやるのだが、今は到底それどころじゃなかった。
今の季節は夏。爛れて、崩れた太陽がじりじりと大地を焼く夏である。沼地の蓮達がふっくりと蕾を膨らませ、今にも花弁を開こうとしている季節だった。花が自らの美しさで人の思考を溶かすように、僕もこの夏に思考を溶かされていた。
このままじゃ、良客に声を掛けて、この子らの縁を紡ぐ事も難しい。という訳で、気分転換をする事にした。
骨董市から離れ、近くの森林に来た。日陰の中を揺蕩って、風の音に耳を済ませる。葉の擦れ合う波の音に従って、真上を見上げると、へぇこいつは面白い。木漏れ日が水中光芒の様に差し込んで、まるで海中に身を潜めた気分になる。
そうやって微睡んでいると、ふと懐かしい気配がした。ん……あぁ、過去の良客を発見。
「久しぶりだね。嬢ちゃん」
長い、柔らかそうなふわふわ髪。混じりっけない無垢な風貌。前よりも随分と磨かれた雰囲気に、またうちの子らを紹介したくなる。
嬢ちゃんは暫く僕の顔をじっと見詰めた後、思い切り目を見開いた。何かを思い出したあと、ゆっくりとお辞儀を一つ。
「あら、店主様。お久しぶりです」
「ん。あの子は元気にしてるかい? あの迷い蝶。いや、今は迷ってないのか?」
聞かなくても分かるが、聞くのがきっと一般常識。僕が僅かに口角を上げて問い掛けると、彼女は花の様に顔を綻ばせた。
「机の上に飾っております」
「触っては?」
「……壊れて仕舞わないでしょうか……?」
「あぁそうなのか。偶に触ってやってくれ。触られると喜ぶから。また迷い出すから」
そう言うと、きょとんとした顔をしながら小首を傾げた。けれども納得した様に、小さく頷いた。
あの蝶にとっちゃ、僕の手を離れるのは海原に向かって羽ばたくのと同じだったのだろうよ。超えようとした海はどうだった? この森のように穏やかな海だったかい? 辿り着いたのは信頼出来る主だったかい? ま、そいつぁ蝶のみが知る事だな。
懐かしい店主の再登場です。
きっと好きな人もいたはず!! (強めの幻覚)
また会えるとは思ってませんでした。
海の日という事で、海の日というオチにしようと思ったんですよ。
尺が足りなくて、こうなりました。
頭に浮かんでいるのは、安西冬衛氏の『春』。
店主の元にいて、店先に並べられていた時から、どの人の元へ行くか迷ってそうな。
か弱い虫が一匹、海を渡るのは覚悟が必要そうですね。
それでも選んだ主人、渡を連想させて書きました。