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婚約者(仮)

 あんなに楽しかったイルミネーションデートも、ぼちぼち過去の思い出となってきた頃。今日はバイトも休みなので朝からスマホで犬の動画を観ていると、あっという間に日は赤く染まっていた。

 やばい。朝ご飯を食べたきり、スナック菓子しか口にしていない。こんなだらけた生活を送っていたら目には見えない人間としての位が下がってしまう気がしたので、俺は身支度を済ませて外に出た。

 もちろん俺の行動範囲は、大体決まっている。


「っしゃいませー」


 自動ドアをくぐり抜けて、散歩がてらちょっとだけ遠めのコンビニにやって来た。目的は今日の夜ご飯を買うことだ。

 ここのコンビニもたまに来るので、お弁当が並べられているコーナーまで一直線で向かう。仕事帰りのサラリーマンと並んで、陳列棚を見てみる。麻婆豆腐。生姜焼き。鮭……などなど、沢山のお弁当の数々が並べられていた。

 俺は顎に手を当ててしばらく思案した結果、お腹の空き具合からカツカレーを選んだ。それとレジ横にあるホットスナックからチキンを一つだけ買って、コンビニをあとにする。

 空はぼちぼち暗くなって来ていて、身が震えるくらい気温が下がってきている。

 今日は早く帰ろう。そう思って歩き出そうとすると、コンビニの横から声が聞こえて来た。


「なあ、乃々さん。何か食いたいものあります? 昨日バイトの給料日だったんで俺がなんでも奢ってあげますよ」


 若い男の声だった。普段ならば聞き流す声だが、『乃々』という名前に引っかかって無意識の内に声のする方を振り向いていた。

 そこには金髪を超サ〇ヤ人のようにツンツンにセットしているチャラそうな男と、蓮香の親友である乃々ちゃんがコンビニ横で立ち話をしていた。


「わ、乃々ちゃんだ」


 あの銀髪と綺麗な顔立ちは今でも覚えている、乃々ちゃんで間違いない。

 誰にも聞こえないくらいの声でそう呟くと、俺は逃げるようにしてコンビニの店内に戻っていた。いや、別に悪いことはしていないが、なんとなく知り合いの女の子が男と一緒に居るところを見ると勝手に気まずく思ってしまう。

 雑誌を読むふりをして、店内の窓ガラス越しに乃々ちゃんたちの様子を伺ってみる。

 金髪の男は身長が高く、乃々ちゃんの頭二つ大きいくらい。真っ黒の学ランを着ているところを見ると、高校生だろうか。それにしては髪を金髪にしていたり、耳にピアスを付けていたり、制服を着崩していたりと真面目なタイプには見えない。しかし乃々ちゃんも派手な見た目をしているので、金髪男とも絵になる。というか、乃々ちゃんは後ろを向いているのでどんな表情をしているのかは分からないが、男は楽しそうに喋っているのでめちゃくちゃいい雰囲気なのかもしれない。それに極度の人見知りをする乃々ちゃんが逃げ出さないということは、もしかして――


「乃々ちゃん。彼氏居たんだな」


 楽しそうに喋る金髪男と逃げ出さない乃々ちゃんを見て、そんな結論に至った。そりゃあ乃々ちゃんのような美人で大人しい子を、チャラい男が放っておくワケがないもんな。

 だから俺は二人の邪魔をしないようにと、そそくさとコンビニをあとにした。楽しく喋る二人はもちろん俺の姿なんて見ておらず、ずっと話しに夢中なようだった。


 ☆


 今日もバイトの日がやって来た。

 昼の部も終盤戦に差し掛かり、時刻は十四時半。あと三十分働けば休憩に入れる。

 お客さんの入りも落ち着いて来たし、あとはゆっくり食器を洗いながら休憩時間を待つとしよう。そう心に決めて、シンクに溜まった食器を洗い始めると。


「こんにちはー」


 ガララと店のドアが開いたので、反射的に「いらっしゃいませー」と返しながらそちらを見る。すると見知った顔が二つ並んでいた。


「あれ、蓮香ちゃん。いらっしゃい」


 店長はそう言って、笑顔を作った。


 店長が名前を呼んだ通り、いつものコートを羽織った蓮香と制服姿の乃々ちゃんが店に入って来たところだった。


「店長さん、お久しぶりです。今日は早く学校が終わったのでご飯食べに来ました」


「そうだったのか。一応あと三十分で昼の部は終わっちゃうけど、蓮香ちゃんたちは時間気にせず食べていくといいよ」


「え、いいんですか」


「ああ。なんたって犬飼くんの数少ない友達だからね」


 店長はニヤリと笑いながらこちらを見てくるもんだから、皿を洗っていた俺は途端に顔が熱くなった。


「ちょっと店長。あんまり俺の友達の少なさをいじらないで下さいよ。結構センシティブな問題なんですから」


「ははは。ごめんごめん」


 店長は愉快そうに喉を鳴らすと、蓮香たちに食券を買うように促した。蓮香たちは素直に食券機の前に立つと、二人で話し合いながらラーメンを選んだ。その食券を店長へと渡してから、二人はカウンター席に座った。

 ゆっくり食器を洗おうと思っていたが、友人が来ているのにずっと洗い物をしているのはどうかと思い、思い立ったように手を速めていく。

 その間、麺が茹で上がるのを待っている店長が蓮香の話し相手になっているようだ。


「そっちの銀髪の子は蓮香ちゃんのお友達かな?」


「そうです! 中学生の時からずっと一緒の親友です。ほら、乃々。店長さんに挨拶して」


「あい。天月乃々です。蓮香と同じ年で、ずっと一緒のクラスでした」


「へえ、乃々ちゃんって言うのか。乃々ちゃんの可愛い顔に似合って可愛い名前だね」


「そんなことない、です」


「あはは。乃々ったら照れちゃって」


「照れてない」


「顔も赤くなってるじゃん。もー、乃々はいつでも可愛いなー……って、痛っ! なんで今噛んだの!」


「嚙んでない」


「いや、今のは絶対に噛んでた。店長さーん、今の見てましたよね。乃々が私の腕を噛むところ」


「はっはっは。親友って言うだけあって、蓮香ちゃんと乃々ちゃんは仲良しなんだね」


 食器を洗いながら、店長と蓮香と乃々ちゃんの会話を盗み聞く。なんだか楽しそうだなと思うとともに、男の俺が入って行ってもいいのだろうかと葛藤する。でももう皿も洗い終わって食洗器に詰め込んだし、俺もみんなと合流するとするか。


「学校お疲れさん。二人とも元気だったか?」


 ハンドタオルで手を拭きながら、カウンター越しに蓮香たちの前に立つ。


「そりゃあもう元気いっぱいですよー」


「わたしも元気」


 蓮香はこちらに笑顔を向けてくれるが、乃々ちゃんとは相変わらず視線が合わない。でも乃々ちゃんから返事が返って来ただけ、ありがたいと思っておくとするか。


「柊一さんも元気してました?」


「俺はぼちぼちだな。適当に元気してるよ」


「それはよかったです。みんな元気そうで安心しました」


 ほっと胸を撫で下ろして、蓮香は着ていたコートを脱いで制服姿になった。

 蓮香とはイルミネーションデート以来に会うので、あまり久しぶりという感じはしない。しかし乃々ちゃんとは一回会ったきりだったので久しぶり――ではないか。彼女を最近見かけたもんな。


「そういや最近、コンビニで乃々ちゃんのことを見かけたよ」


 俺がそう言うと、乃々ちゃんがピクリと反応して一瞬だけこちらを向いた。が、すぐに目を逸らされてしまう。

 これは嫌われているワケではない。これは嫌われているワケではない――と自分に言い聞かせる。


「どこのコンビニで見かけたんです?」


 乃々ちゃんの代わりに、蓮香がそう尋ねた。


「この店と越冬高校の間くらいの位置にセブンがあるの分かるか?」


「あー、あそこのセブンですか。越冬高校と天満工業高校が近くにあるセブンですよね」


「あ、そうそう。よく高校生がたむろしてるセブン」


「はいはい。完全に分かりました。あそこのセブンで乃々を見かけたんですね」


「ああ。なんか彼氏さんっぽい男と一緒に居たよな?」


 そう俺が問うと、蓮香と乃々ちゃんは同時にこてんと首を傾げた。しかしすぐに二人は、何か思い当たったような表情で顔を見合わせた。


「乃々、もしかしてそれって」


「うん。セブンでばったり会ったから、間違いない」


 蓮香と乃々ちゃんは同時に頷くと、続いてこちらを見た。と言っても、乃々ちゃんにはすぐに目を逸らされてしまったが。

 しかし蓮香は真剣な表情をこちらに向けて、背筋をピンと伸ばした。


「柊一さん。十五時に昼の部が終わるんですよね?」


「まあ、そうだな」


「昼の部が終わったらちょっとだけ時間取れますか? 乃々に関することで相談があるんです」


「乃々ちゃんに関すること?」


 乃々ちゃんに関する相談? その相談内容は全く見当もつかないが、こんな真剣な蓮香の顔を見せられては断るのも気が引ける。


「ああ、分かった。じゃあラーメン食べ終わったらこのまま店内で待機してくれ」


 一応店長にも「それで大丈夫ですか?」と尋ねると、親指を立ててくれた。バイトのわがままを聞いてくれるなんて、なんて理解のある店長なんだ。

「一生着いて行きます」と店長に感謝をしつつ、休憩時間に乃々ちゃんに関する相談をされることが決定した。



「それで俺に相談したいことってなんだ?」


 昼の部も無事に終わり、休憩時間となった。普段ならば俺と店長しか居ない休憩時間だが、今日は相談があるということで蓮香と乃々ちゃんも店内に残っている。俺・蓮香・乃々ちゃんの順番でカウンター席に座っている状況だ。ちなみに店長は、夜の部に向けての準備を進めている。

 俺は店長に作ってもらった塩ラーメンをすすりながら、蓮香と乃々にさっきのことを尋ねた。


「この間コンビニで乃々を見た時に、彼氏みたいな男と一緒に居るって言ってたじゃないですか」


「ああ、言ったな」


「実はあの男ですね、乃々の彼氏じゃないんですよ。っていうか乃々に彼氏は居ません」


 乃々ちゃんの代わりに、蓮香が喋る。

 俺は麺をすすりながら、乃々ちゃんに彼氏が居ないと知って心のどこかで安堵していた――ってどうして女子高生の知り合いに彼氏が居なかっただけで喜んでるんだよ、俺。と心の中で自分にツッコみながら、口の中の物を飲み込んで蓮香に向き直る。


「そうだったのか。仲良さそうに見えたから彼氏かと思ったわ」


 そう言うと、蓮香の後ろに隠れるようにして座っている乃々はぶんぶんと首を横に振った。本人も否定しているようだし、本当に彼氏は居ないらしい。


「じゃあ男友達か何かなのか? 俺の記憶が正しければ男の方は学ランを着てたし、蓮香たちの着てる制服とは全然違うよな」


 蓮香と乃々ちゃんは茶色を基調としたセーラー服を着用しているが、コンビニで見た男は黒い学ランを着ていた。その二つの制服が同じ学校のものとは到底思えない。


「半分外れで半分正解ですね。まずあの男の子は、乃々の友達じゃありません。それに柊一さんが言った通り、私たちと高校は違います。あの男の子は天満工業高校に通ってる高校三年生らしいですね」


「あ、そうだったのか。天満工業高校って学ランだったんだな」


「そうです。私たち越冬高校の男の子は茶色いブレザーを着てるんで」


「ん? っていうことは、どうして男友達でもない他校の男と乃々ちゃんが一緒に居たんだ? しかも結構楽しそうな雰囲気だったし」


 男友達でも彼氏でもない他校の男子なんて、もう知り合いでもなんでもないじゃないか。それか彼氏や男友達でもないような不思議な関係なのか? と首を傾げると、蓮香は乃々ちゃんと顔を合わせた。そして二人でアイコンタクトを取り合うと、乃々ちゃんが恐る恐るといった具合に蓮香の後ろから顔を出した。


「あの男にストーカーされてるの」


 ポツリと落とされた乃々ちゃんのセリフに、俺は思わずラーメンを食べていた手を止めてしまった。


「ストーカー? まじか。やばくないか、それ」


 ストーカーをされている人に初めて会ったので、それくらいの言葉しか出て来なかった。

 こういう時、なんて言葉を掛けてあげればいいのだろう。そう思考していると、蓮香が笑いながら乃々ちゃんの頭をポンポンと叩いた。


「あはは。ちょっと今のは乃々の言葉足らずだったかな。まあ若干ストーカーはされてるかもだけど」


 言葉足らずだと言われて、乃々ちゃんはしょんぼりとしてしまった。そんな落ち込んでいる乃々ちゃんの頭を、蓮香はポンポンと撫で続ける。


「どういうことだ? もっと詳しく聞かせてくれ」


 謎の男。ストーカー……などなど、興味をそそられる要素しかないので、俺は食事を忘れて蓮香に尋ねた。

 すると蓮香も真剣な表情に変わり、こちらに体を向けて話し始める。


「実はあの男の子はですね、乃々に一目惚れしちゃったらしいんですよ。どうやら帰り道に偶然見かけたのがきかっけらしくて。ウチの越冬高校と天満工業高校は近くにあるんですけど、たまに帰宅時間が重なった時とかに偶然を装ってその男の子が話し掛けてくるらしいんですよ」


「しかも蓮香が居ないときに」と乃々ちゃんが付け足した。

 なるほどそういうことか。この間コンビニで見たのは、金髪男が偶然を装って乃々ちゃんに話し掛けているところだったのか。金髪男は楽しそうにしていたのを覚えているが、あの時は乃々ちゃんの後ろ姿しか見えてなかった。きっと乃々ちゃんは終始、苦い表情をしていたんだろうな。

「それでここからが話しの本番なんですけどね」と蓮香が前置きを置くので、俺は聞く姿勢を取った。


「で、つい昨日のことなんですけど、乃々が告白されたんですよ。その男の子に」


「お、なんて返事したんだ?」


「もちろん振ったらしいんですけど、その時の男の子がしつこすぎるから、乃々が噓ついて言っちゃったらしいんですよ」


 ああ、よく相手を振る時に使うあれか。「彼氏が居るので付き合えません」という断り文句。乃々ちゃんもなかなかやるなあと心の中で感心しながら、お冷を飲もうとすると。


「結婚する予定の相手が居るって」


 それを聞いた瞬間に、俺は口の中の水を全部蓮香に吹きかけるところだった。すんでのところで水を飲み込んだが、変なところに入ってむせてしまった。


「は、はあ? 話が飛びすぎじゃないか? いきなり結婚だなんて、まだ彼氏も居ないのに」


「そうなんですよ。ほんとこの子はパニックになると変なこと喋るんだから」


 蓮香は冗談を言う口調で言ったのだが、乃々ちゃんには大ダメージだったらしく「うぅ」と声を漏らしていた。


「でもそこまで言えば相手も諦めるだろ?」


「それがそうでもなかったんですよ。逆に相手を刺激しちゃったらしくてですね、その結婚相手を連れて来いって言われたらしいんです」


「ええ……それは面倒だな。で、それに対して乃々ちゃんはなんて返したんだ?」


「それがですね、「うん。分かった」って返しちゃったらしいんですよ。そしたら来週の金曜日にその婚約者を連れて来いって逆上までされちゃったんですって」


 まじかよ。それは大変だ。と思うとともに、なんだか嫌な予感がしてきた。わざわざその話を俺にして、これだけ時間を掛けて説明されたのは……まさか……。


「そこでお願いなんですけど、乃々の婚約者のフリをしてその男の子に会ってくれませんかね。本当は私の好きな人にこんなことをお願いするのは複雑な気持ちなんですけど……親友の乃々のためなので」


 やっぱりそう来たか。この流れで俺に婚約者役をやらせない方がおかしな話だもんな。あーあ。高校生の女の子の頼みなんて断れるワケがないし、困ったなこりゃ。


「もう日時も決まってるんだな」


「うん。来週の金曜日の放課後に、そこの川辺で待ち合わせしてるらしいです。ちなみに来週の金曜日はバイトとか入っちゃってますかね」


「その日は一日空いてるけど……もう場所まで決まってるのか」


 日時と場所が決まっているのなら、あとはもう行くだけじゃないか。しかも来週の金曜日となると、残された時間は一週間ほどしかない。


「それでどうですかね。乃々の婚約者役をしていただけないでしょうか」


 蓮香が「お願いします!」と頭を下げると、それを真似るようにして乃々ちゃんも頭を下げた。

 蓮香にはイルミネーションデートをすっぽかした借りもあるし、可愛い女の子二人の頼みなんて断れるはずもなく。


「分かったよ。俺が乃々ちゃんの婚約者役になるよ」


 仕方がなく了承して見せると、蓮香と乃々ちゃんの表情は途端に明るいものになった。「やったー」とはしゃぐ二人を見ていると、面倒事を引き受けてよかったと思える。まあ面倒事と言っても、ただ乃々ちゃんの婚約者のフリをするだけの簡単な役目だ。特に身構える必要なんてないな――と考えていると、蓮香が笑顔でこちらを向いて衝撃的なことを口にする。


「それじゃあ頑張って勝って下さいね! 不良男子との殴り合い!」


 可愛い女の子の口から出て来たとは思えない暴力的なセリフに、俺は自分の耳を疑ってしまった。


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