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この手はどうしよう

「お疲れさまでしたー」


 夜の部まで労働をして、着替えを済ませたのは二十時半前。

 一日のバイトの疲れを体で感じながら、キッチンで後片付けを進める店長に頭を下げる。すると店長は一旦手を止めて、こちらに向き直った。その勢いで彼女の大きなおっぱいが揺れる。


「お疲れさま。そう言えばあれから蓮香ちゃんとはどうだ? デートの埋め合わせはもうしたのか?」


 蓮香とイルミネーションデートをする予定だったことを知っているからか、店長がそんなことを尋ねて来た。

 デートの予定を聞かれるとは思っていなかったので少しだけ小恥ずかしい気持ちになりながらも、俺は首を横に振る。


「まだしてないですね。ちょうど明後日する予定です」


「おお、そうだったのか。でももう小峰公園でやるイルミネーションは終わっちゃったよな?」


「終わったと思いますね。だから明後日はバスで一時間半かけて、ちょっと遠くまで行く予定です」


 当初蓮香と行く予定だった小峰公園でのイルミネーションは期間が終わってしまったらしいので、今度はちょっと遠くまで足を運ぶことになった。初めはもっと近場で探し直そうと思ったのだが、蓮香が『プチ旅行みたいで面白そうです!』と言ってくれたため、そこのイルミネーションを見に行くことに決めたのだ。


「そうだったのか。明後日はバイトも一日休みだし楽しんできなよ。もっとも、また遅刻なんてしたら蓮香ちゃんに見限られちゃうからね」


「わ、分かってますよ……でも待ち合わせ場所がウチになっているので遅刻することはないです」


「おお、それは考えたね。それならなんの心配もいらないな」


 店長は「ははは」と笑うと、目を細めたまま首を横に倒した。


「イルミネーションデート、楽しいものになるといいな。アタシも陰ながら応援してるから」


 そう言って後片付けに戻った店長の後ろ姿に「なにを応援するんですか」ととぼけて見せてから、俺は顔を熱くしながら店を後にしたのだった。


 ☆


 イルミネーションデート当日。予定通り蓮香が家に来てくれたのち、二人で高速バスに揺られながら目的地の近くまでやって来た。しかしまだ空は明るい。時刻を確認すると、まだ十六時になったばかりだった。

 夕飯にするにはまだ早いし、これからどうしよう。そう考えていた俺に、蓮香は喫茶店で暇を潰すことを提案してくれた。

 バスターミナルから歩いて五分のところにある、こじんまりとした喫茶店にやって来た。

 迷わず店の角席に座ると、蓮香も俺と向かい合わせの席に着く。


「いやー、久しぶりにこんなに遠くまで来ました。プチ旅行ですね」


 店員に注文を終えると、蓮香が嬉しそうにそんなことを口にした。

 そう言われてみればバスで一時間半もかけて遠出をするなんて、ちょっとした旅行みたいだな。しかも高校生の女の子と二人きり。俺の人生で女子高生と二人でデートをすることになるなんて思ってもいなかったので、不思議な感じがする。しかもなんだか背徳感を感じてしまう。


「そうだな。俺も久しぶりに遠出した気がするよ」


「おー、じゃあ一緒ですね。柊一さんってあんまり旅行とか行かないんですか?」


「大学を卒業してからは行かなくなったかな」


「どうして行かなくなっちゃったんですか?」


「俺くらいの年になるとみんな自分の家庭を持ち始めるからさ。遊ぶ友達が居なくなっちゃうんだよね」


 でも実際は、大学に在学中の時は講義などでよく顔を合わせていたからその流れで遊んでいただけで、休日を返上してまで遊ぶような友人が居なかったという理由もある。どちらにせよ、気の知れた友達は居なかったということだ。


「あはは、反応に困りますね」


「笑ってくれればいいさ」


 苦笑いを浮かべる蓮香に俺も笑って返すと、そこで会話が途切れてしまった。やはり友達が居ないことを言うと、場の雰囲気が暗くなってしまうのか。ここはなんとかして、新しい話の種を思いつかなくては――と思っていると、蓮香はふと笑顔を作った。


「でも良かったです。柊一さんに遊ぶ友達が居ないってことは、私が柊一さんを独占できるってことですよね」


 そんなことを嬉しそうな顔をして言うもんだから、俺は思わずドキリとしてしまった。

 いやいや。どうして高校生相手にドキリとしてるんだ、俺。


「ま、まあ、そういうことかな」


 動揺してしまって、歯切れの悪い返事をしてしまった。

 しかし蓮香は目を細めて、「楽しみにしててください」と口にした。もしかしたらこの子は本当に、俺を孤独な毎日から引っ張り出してくれるんじゃなかろうかと、高校生相手に淡い期待を抱いたことは内緒だ。


「話は変わるんですけど、乃々と会ってみてどうでしたか?」


 俺に友達が居ない話しも一区切りがついたからか、蓮香がそんなことを尋ねて来た。

 乃々と言われて、俺の頭には銀髪でピアスバチバチの女の子の顔が思い浮かぶ。あんな派手な見た目をしていたからなのか、乃々ちゃんのことはよく覚えていた。


「乃々ちゃんか。派手な見た目をしてるのに、すごく大人しい子だったよな」


 それにめちゃくちゃ可愛かったし。という感想も思い浮かんだが、あえて口にはしなかった。


「そうなんですよー。乃々ってば人見知りしちゃうので」


「蓮香と一緒に居る時は大人しくないのか?」


「大人しいですね。でもこの間みたいにずっと何も喋らないワケではなくて、普通に会話はしてくれますよ。乃々の方から話し掛けてくれることも多々ありますし」


「へえ。無口ってワケではないんだな」


「ええ。乃々は私以外の人間に人見知りするので」


 蓮香は自信満々な顔をしながら、えっへんと胸を張った。

 蓮香と乃々ちゃんは親友同士だったと記憶している。それに中学生の時からずっと一緒だったとなると、乃々ちゃんも心を開くワケだ。


「いいな。俺もいつかは乃々ちゃんと普通に喋れる日が来るのかな」


 せっかく知り合ったのだから、俺も乃々ちゃんと普通に会話が出来るようになりたい。そう思って言ったのだが、蓮香は難しい顔をしたまま首を傾げた。


「うーん。どうでしょうか」


「そんなに難しいのか」


「難しいと思いますよ。あの子、本当に誰にも心を開かないので」


「まじか。でも蓮香とは仲良くなれたんだよな。しかも中一の時の不良真っただ中の蓮香と」


「不良だったワケではないです。でもそうですね。あの時の派手な私と仲良くなったことは間違いじゃないです」


 あの時の蓮香は、俺から見ても近寄りがたい雰囲気があった。その金髪の蓮香と、あの極度の人見知りの乃々ちゃんが仲良くなるなんて考えられない。あと、蓮香はまだ不良であったことを認めないらしい。別にいいけど。


「何かきっかけがあって乃々ちゃんと仲良くなったのか?」


「はい。きっかけはありましたね」


「ほう。どんなきっかけがあったんだ?」


 あの時の蓮香と乃々ちゃんが仲良くなるためには、相当なきっかけがあったはずだ。そう思って聞いてみると、蓮香は一瞬だけ目を伏せてから、いつもの笑顔を作ってみせた。


「それは内緒です」


 そう彼女が言ったと同時に、店員が「失礼します」と割って入ってきた。そのせいで蓮香にどうして内緒にするのかを尋ねることが出来なかったが、あまり女の子同士が仲良くなったきっかけを根掘り葉掘り聞くのも気持ち悪いかと思い、これ以上深く聞くのをやめた。

 俺と蓮香の前に置かれたマグカップからは、熱々の湯気が昇っていた。


 ☆


「わあ! 柊一さん見てください! すごく綺麗ですよ!」


 公園への入口となっている光の洞窟を跳ねながら、蓮香はこちらに向かって手招きをした。

 喫茶店で時間を潰すとあっという間に空も暗く染まったので、俺たちはイルミネーションの会場に訪れた。

 イルミネーションの会場となったのは、入場料を取られるほどの大きな公園だった。草木や遊具などには電飾が巻き付けられていて、それらが夜の暗闇の中で赤や青、オレンジや緑といった色とりどりな明かりを照らし出している。公園内はカップルや家族連れで賑わっており、皆が写真を撮ったり光に見惚れたりといった時間を過ごしている。


「綺麗なのは分かるからあんまりはしゃぐなよ。この人混みの中だから怪我したら大変だ」


「もー、柊一さんは真面目さんなんだから。せっかくのイルミネーションなんですからもっとはしゃぎましょうよ」


「俺はもうはしゃぐような年でもないんでね」


「いつまでもはしゃいでいいんですよ。私を見習ってください」


 蓮香はそう言うと、手を広げたままその場でくるりと一回転して見せた。

 これだけ楽しんでくれるなんて、ここまで連れて来た甲斐があったな。ちょっとぐらい羽目を外しても多めに見てやるか。なんて大人ぶったことを思いながら、蓮香の後を歩く。


「わあ! ワンちゃんの形をしたイルミネーションもありますよ。あれどうなってるんだろう」


 犬の形を模したイルミネーションの前で、蓮香はしゃがみ込んだ。

 女の子とデートに来たというよりかは、娘を連れている気分になる。蓮香は無邪気だし人懐っこいし、娘としての素質はばっちりだ。


「電飾だけで色々な形が作れるんだな」


「ね、職人さんってすごい」


「やっぱりイルミネーションにも職人が居るんだろうか」


「居るでしょ。イルミネーション職人みたいな人が」


 蓮香は「分からないけど」と最後に付け足すと、あははと声を出して笑った。こうしてよく笑ってくれるから、俺は彼女の笑顔が段々と好きになりつつあった。なんというか、蓮香の笑顔を見ていると元気が出る。それが俺に向けられての笑顔ならなおさらだ。


「ん、柊一さんどうしたの? 急に黙り込んじゃって」


 気が付くと蓮香が不思議そうな顔をしながら、俺の顔を覗き込んでいた。俺は慌てて首を横に振る。


「いや、なんでもない。ちょっと考え事をしてただけだ」


「ふうん。面白いこと考えてたんですか? それとも悲しいこと?」


 なんなんだその質問は。でも面白いか悲しいかの二択だったら――


「面白いこと、かな」


 別に蓮香の笑顔が面白いワケではないが、その二択だったらこっちだと思った。

 すると俺の答えを聞いて満足したのか、蓮香は「そっか」と笑顔を作って立ち上がった。


「そういうことなら安心しました」


「安心? なんで俺が面白いこと考えてたら安心するんだ?」


 俺が首を傾げると、蓮香はしまったという具合に自分の口を手で押さえた。しかし彼女は諦めたのか、すぐに「あはは」と誤魔化すようにして笑った。


「いえ。別に大したことはないんですけどね。柊一さん、たまに暗い顔をするので何を考えてるんだろうなーって思いまして」


「俺、そんな暗い顔してたか? 全然自覚ないんだけど」


「ま、まあ、たまにですよ。たまに」


 蓮香はそう言ってくれるが、本当に自覚がない。営業の仕事をしていた時には、色々な人から「笑顔がいいね」だったり「明るいね」と言われていたのに。

「そうか」と言って目に見えて落ち込んでしまったからか、蓮香は慌てた様子で俺の手を掴んだ。彼女の目が、真っすぐにこちらを見る。


「私、柊一さんにはずっと笑ってて欲しいです。好きな人が暗い顔をするのは、あまりよろしくないので」


 蓮香は俺の目を見たまま言うと、「だから」と言葉を続けた。


「私が柊一さんを笑顔に――いや、幸せにしてみせます。社会人時代に大変な思いをしたのかと思いますが、それを忘れるくらい幸せにしてみせます。今が楽しいって、言わせてみせます」


 蓮香の力強い眼差しに身を引いてしまいそうになるが、彼女に手を握られているので動けなかった。だから彼女の熱量を真正面から受け止めてしまい、みぞおちの辺りにジンとした重みを感じた。

 しかし彼女に言われてようやく、自分が社会人時代のトラウマをまだ抱えていたのだという実感が湧いた。それをふとした瞬間に思い出して、死にたくなっていたのかもしれない。

 きっと俺が社会人時代のトラウマを思い出していることを、蓮香は見抜いていたんだと思う。その上で、こんな風な言葉を掛けてくれる。俺はとてつもなくいい子に目を付けられていたんだなと、ようやく気付かされた。


「ああ、ありがとう。そう言ってくれるだけでも本当に嬉しいよ」


 俺は感謝の言葉しか思いつかなかったが、蓮香は首を横に倒してくすぐったそうに笑った。


「期待しておいてくださいね」


 互いの熱が、手を通して伝わって来る。この寒い中でも、蓮香の手は温かい。温かくて柔らかく、肌もすべすべなもんだから、ずっと触っていたいと思ってしまう。


「で、この手はどうします?」


 俺の視線に気が付いたのか、蓮香は繋がった手を見ながら言った。

 繋がっている手を二人で見下ろす。この手をどうする、か。せっかく繋がっているのだから、離すのはもったいない。そう本心で思っても、照れて言葉が上手く口から出て来なかった。


「せっかくだから、このまま少し歩いてみませんか?」


 すると蓮香がそんなことを言った。その声に顔を上げてみると、彼女の顔は沸騰したみたいに赤かった。

 どれだけ積極的な蓮香でも、そういうことを口にするのは照れるに決まっている。年上の俺でも言い出すのを渋ったのに、蓮香は相当な勇気が必要だったことだろう。俺はなんて情けない男なんだと、さっそく後悔することになった。

 でもそれと同時に、照れて顔を真っ赤にさせている蓮香が可愛いと思ってしまった。俺はにやけそうになる口元を抑えながら、首を縦に振る。


「じゃあ、そうしようか」


 かっこつけてやや上から目線になってしまったが、蓮香が嬉しそうに飛び跳ねたので結果オーライだ。

 今度は横並びになって、二人で手を繋いで歩き出す。終始楽しそうにする蓮香を見ていると、俺まで笑顔にさせられていた。

 今がずっと続けばいいのに。津田蓮香という女子高生の笑顔を見て、何年ぶりかにそう思った。



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