白い結婚
「すまない。君と結婚するべきではなかったんだ。でもどうしても断りきれなくて・・・」
結婚式が終わり、新居となる家に足を踏み入れ、着替えもしないまま二人になった途端の発言だった。
「すまない。愛している人がいるんだ!!」
雷が落ちたのかと思うほどの衝撃を受けた。
キャラベル・アンスコットからキャラベル・ミンスビートになったその日、最初の発言が謝罪と私を否定する言葉だった。
「彼女のためにキャラベルと寝所を共にすることは出来ないっ!!」
この男は何を言っているんだろう?
「そこまで思う相手が居たのならどうして結婚を断らないのですか?!」
「父が彼女との事を許してくれないんだ」
「なぜ?」
「彼女の家は準男爵家なんだ」
なるほどと思った。
「私はどうなるのですか?」
「この家で、思うままに妻として生活してくれてかまわない。でも、私はキャラベルと新婚生活は送れない」
「白い結婚を受け入れろと?」
「頼む!!」
「嫌ですよっ!!すぐ婚姻の撤回か、離婚して下さい!!私には耐えられませんっ!!」
「婚姻の撤回も離婚も出来ない」
「そんな自分勝手な!!」
「自分勝手なことは解っている。でもどうしようもないんだ」
「こちらの屋敷の執事の名はなんといいましたか?」
話題の転換に一瞬ついてこれないアールアルトが一拍遅れて名前を教えてくれる。
「オーラだけど・・・」
私は出せる限りの大声でオーラを呼んだ。
「オーラ!!オーラ!!」
名指しで呼ばれたオーラがこの部屋に来るまでに暫く掛かった。
「オーラ!旦那様が愛する女性がいる為、私と寝所は共に出来ないと言っています」
アールアルトは慌てて私の口をふさごうとしたが、私は全てを話す気なのだから止まるはずもない。
「婚姻撤回か離婚を申し出ましたが、それも受け入れられませんでした」
「キャラベル!!」
「そんな私はこの家でどう扱われます?旦那様に相手にされない妻が尊重されるのでしょうか?」
「それは・・・勿論でございます」
オーラはアールアルトを睨みつけ、私に平身低頭する。
「はっきりと決めていただきたいですわ」
「なにを・・・?」
「私はミンスビートの嫁としてどのように扱われるのかはっきりしていただきたいです。妻としての立場はどうなります?」
「妻としての立場?」
「白い結婚などというものは必ず噂になります」
「ばれないように努力する」
「そんなことは無理です。出来るとするなら、彼女をこの家の一室に幽閉して暮らすことでしょうか・・・いえ、それでもメイド達の口は止められないでしょう」
「幽閉なんて出来るはずがない!」
「なら、その時点で私は妻としての立場を脅かされていますよね?どう思います?オーラ」
「奥様の言うとおりかと・・・」
「アールアルト様は私の立場を守る気はないということでいいですか?」
「ま、待ってくれ!」
「いくらでも待ちますよ」
「なら、君と寝所をともにすればいいのか?」
「嫌ですよ。政略結婚ですから愛がなければ嫌だなんて申しませんが、私の中ではもう婚姻撤回か離婚しかありえません。アールアルト様を受け入れることはありえません」
オーラが渋い顔をした。
「どちらも出来ないと言っただろう?」
「では、私、実家に帰らせていただきます」
「ちょっと待って、それは困る!!」
「アールアルト様のご都合ばかり押し付けられなければならないのですか?納得できません」
「婚姻撤回も離婚も父が許さない」
「白い結婚など私の父が許しません!」
「だから寝所をともにすればいいんだろう?」
「そんなこと私が許しません!!」
平行線をたどる話は深夜まで続いたが、平行線のままだった。
与えられた一室の扉に椅子をかまして、窓から裂いたシーツをくくりつけ、辻馬車に深夜料金を支払って実家に帰った。
外出すると言っても閉じ込められるだろうと予測したから。
帰ってきた私を見て皆が驚く。
「どうかされましたか?」
「お父様に話があります」
「かしこまりました」
両親の部屋へずんずんと進んでいく。
執事のエリットが父に私の来訪を告げているのが聞こえるが、私はかまわず両親の部屋に入った。
「キャラベルこんな朝早くにどうしたんだい?」
ベッドの上で身を起こしただけの両親に告げる。
「アールアルト様に白い結婚を宣言されました」
両親とエリットが息を呑むのが見えた。
「愛してらっしゃる方がいるそうです。身分が低いためミンスビート侯爵が許さなかったそうです。婚姻撤回も出来ないし、離婚もしないとのことです。妻の立場をどのように守っていただけるのかと聞きましたら、寝所をともにすればいいんだろうと言われまして、お断りいたしました。私、どうすればいいでしょうか」
三人共目を白黒させていた。
母が一番最初に気を取り直し、私に言った。
「ミンスビートには戻らなくてよろしいですわ。あなた、今すぐミンスビート侯爵に事の次第を話してらして」
「そ、そうだな」
父が着替えるからといって両親の部屋から追い出された。
私の部屋に戻っていいのか一瞬ためらったが、母がミンスビートには戻らなくていいと言ってくれた事を思い出し、私室へと戻った。
自室に戻るとスカスカした気分になった。
そこにあるべき物が足りない。
大切な物ばかりがない。
「当然よね。大切な物は全部持っていったんだもの・・・」
涙が溢れてきた。
覆いの掛かったベッドへ倒れ込み、枕に顔を埋め、声を上げて泣いた。
次から次へと涙がこぼれて止まらなかった。
着替えた母が部屋に来てくれたが、私の涙は止まらず母は私の頭を何度も何度も撫でてくれた。
「あなたはアールアルト様が好きだったものね」
「お母様・・・」
「見てれば解りましたよ。だから白い結婚に耐えられなかったのでしょう?」
私は返事はせず、ただ涙をこぼした。
どれくらいの時間が経ったのか、涙が枯れ、ほんの少し心が落ちついた気がした。
バスルームにこもり、顔を洗い、身なりを整える。
赤くなった目と、腫れぼったい目の周りはどうにも出来ないけれど、気分は大分落ちついた。
部屋に朝食が二人分用意されていて母と向かい合って食べる。
「この後どういう結末を迎えたいの?」
「正直言って解りません。ミンスビート侯爵がどのような反応をされるのかも解りませんし」
「そうね・・・。私が聞きたいのはあなたが一番望む結末は何かしら?」
「一番は婚姻撤回です。その次は離婚です」
「アールアルト様とやり直そうとは思わないの?」
「愛している人がいるのにどうにも出来ません」
「愛はいつか冷めるわよ」
「何も聞かされず初夜を終えていたら、その覚悟も出来たかもしれません。ですが私はもう知ってしまいました。知らなかった頃には戻れません」
「そう・・・そうね」
姉と弟が私が戻って来たことに驚いていたけれど、母が説明してくれたみたいで姉弟は何も言わず受け入れてくれた。
父は夕刻近くになって戻ってきた。
父は一度部屋に戻り、着替えて降りてきた。
両親と私の三人になりミンスビート侯爵との話し合いの流れを教えてくれる。
政略結婚なのだからキャラベルに我慢させろと言うミンスビート侯爵とそんな思いはさせないと言い張る父親の平行線だったと父が語った。
妻として尊重されたのなら婚姻の維持も出来たかもしれないが、白い結婚を宣言された以上もうどうにも出来ないと説得して、婚姻撤回をしてきたと言った。
「えっ?婚姻撤回してきたんですか?」母が尋ねる。
「そうだ」
「お父様!ありがとうございます!!」
「ミンスビートにキャラベルの荷物を取りに行かないとな」
「はい!」
我が家のメイド達が五人ミンスビートの新居に向かい私の荷物を持ち帰ってきて、すべてが落ちついたのは結婚式から一ヶ月程経った頃だった。
ミンスビートから多額の慰謝料を受け取り、私は結婚しなくてもそのお金で死ぬまでなんとかなりそうだと胸を撫で下ろした。
貴族の社交では私達の話は面白おかしく語られたが、私は顔を上げ堂々としていた。
私にやましいところはないのだもの。
一年ほど経った頃にアールアルトと準男爵の娘が別れたという噂が出回った。
その噂が出た直ぐ後に、ミンスビートから婚姻の申込みがあったが「一昨日来やがれ」と父が追い返していた。
私は七歳年上の初婚の人と結婚が決まった。
とても穏やかな人で、優しい人だ。
「なぜ今まで結婚しなかったの」と聞くと「結婚したかった人が別の人と結婚してしまったんだ」と穏やかな顔で話してくれた。
私とアールアルトとの出来事も笑い話として私は話せるようになっていた。
私の二度目の結婚式に物見高い人は居たけど、彼も私も気にしなかった。
結婚式の翌日。
私は彼の腕の中で幸せな気持ちで目が覚めた。
おしまい