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万能剣士は月夜に現れる  作者: 桐村 三歩
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万能剣士は颯爽と逃げ出した

 リュックサックの中を確認すると、もうポーションは空になっていた。

 自分用にと思い、いつもより多めの量を工房からくすねてしまった。

 また作成量がノルマに達しなかったとポール執事に殴られるのかもしれないが、冒険者クエスト達成のためには仕方がないと思っている。

 決まり事のことは理解できるが、課されたノルマがきつすぎて、それを厳密に守っていると全ての仕事が崩壊してしまうのだ。


 こうしてうまく現実を調整していかなければならない。

 それでも、最近は頭の芯が重く痺れるような疲労が抜け切らないのだ。

 体調不良や不測の事態が起きれば、あっという間にノルマに潰されてしまう。

 いつまでこのやり方で生きていけるのか、自分でも不安になっていた。


「さぁ、潮目が変わってきたよ!もうひと踏ん張りして前に進もう!」

「おう!!!」


 それに比べて、目の前で繰り広げられている光景はどうであろう。

 セリア様の指揮と鼓舞のもと、兵士たちは協力しながら戦っていた。

 そこにはなんら後ろめたい雰囲気はない。


 もちろん工房も鍛冶場も、おれが働いている場所の同僚は皆良い人だ。

 工房長、鍛冶場長ともに職人が働く環境を頑張って作ってくれている。

 けれども、おれがポール執事に目をつけられているせいで定期的にモチベーションが下がるイベントが起きてしまうのだ。

 皆「気にするなよ」と言ってくれるが、それは不可能だ。気にしないわけがないのだ。

「くそっ」

 吐き捨てるように言うと、ポロポロと涙が頬を伝った。

 泣く暇がないほど働いてきたが、こうして職場から離れて考える時間ができるとダメなのだ。

 ゴシゴシと目を袖で拭うと、ぼやけた視界が再びクリアになった。


『視界全体を俯瞰して見よ。一点に集中しない時間を持て。そうすれば戦局というものが理解できる』

 またもやベルグランド公爵の言葉が脳裏に浮かんだ。

 なぜか。

 公爵の教えが、何かのアラートを鳴らしているような気がした。

「ん?」

 それはわずかな綻びのように思えた。

 だが、それは小隊の中心から感じ取れたのだ。

 その振るう剣が、体捌きが一瞬だけ遅れているように感じた。


 そう思った瞬間に、おれは気魂スキルを発動し、最大限の身体強化をおこなった。

 そして脱兎の如く駆け出すと、腰間の刀を抜いてアックスビーグにそれを振り下ろした。

「ガァぁぁぁ!!!」

 小さく、鋭く。乱戦時の剣の振り方だ。ベルグランド公爵の教え通りにおれは冷静に刀を空に舞わせた。

 血飛沫が飛ぶなか、目標であった小隊の中心、セリア様の横に踊り込んだ。

「きゃあ!!」

 それは偶然か、セリア様がバランスを崩したところに収まった形だ。

 返す刀でアックスビーグを斬る。

「あ、あなたは!」

セリア様がその大きな目でおれを見た。白く美しい頬に返り血が飛んでいる。

「おれはボードリヤル家の家人・・・下人です。お助けしますなんでおこがましいんで、頑張ります!!!」

「ぷっ!!!」

「あはは!!」

その「頑張ります」という調子外れなセリフに目を丸くしたセリア様や他の兵士から笑いが出た。

「そうね!頑張りましょう!」

 体制を整えたセリア様は再び剣を振るった。

 おれは終始その横に控えながらアックスビーグと戦った。

 その後わずか10分ほどで勝敗は決した。ボードリヤル家の小隊は魔獣の群れを撃退したのだった。


 戦闘がひと段落すると、兵士たちは篝火を焚いた。

 日がどっぷりと落ち、アックスビーグの死体処理などの作業をしやすくするためだった。

 緊張感の解けたおれは刀を綺麗に洗い、鞘に収めた。

 奇妙なほどの充足感。

 あれほど暴れたにも関わらず身体の疲労感が少ない。単にアドレナリンが出ているだけで、明日になれば節々が痛んだり疲れがどっと押し寄せてくるのかもしれない。


「よう、少年」

 ポンと肩を叩かれた。振り向くとがっしりした体格の兵士がいた。

「・・・あ」

 まずいと思った。ボードリヤルの家人などと身バレするようなことを言ってしまったことを、今更ながら後悔した。ポール執事の陰湿な表情が目に浮かぶ。『やってしまった』という後悔がずんと重くのしかかってきた。

「助かったぜ。ポワイエ帰着寸前にアックスビーグの群れに遭遇しちまった。こっちは傷も癒えないままでの強行軍で状態が悪かったからな」

「あー・・・」

 その兵士はなんというか『普通』だ。普通のコミュニケーションを取ってきた。

 当たり前のことを当たり前に言ってくる。

 だが、居心地最悪の状況下ではこの気さくさに上手く応えられない自分が本当に情けなかった。

「そんでよ、あれなんだ?あのポーション、まさかとは思うが・・・」

 そう言ったところで、兵士はおれの顔を覗き込んだ。

 所在なさげに視線を彷徨わせていたであろうおれの様子に感じるところがあったのか。身をかがめて小さな声で言った。

「なんだ?お前、ワケありか?」

「・・・」

 コクコクと小刻みに首を縦に振る。

「帰るか?」

 再び首を縦に振る。

「わかった。おれの名前はジョイ。覚えといてくれ。お嬢・・・セリア様の側近ってことになってる。できりゃあ礼がしたい。事情が許すんならボードリヤル屋敷近くの兵士詰所まで来てくれ。あ、屋敷には来るなよ。門番に捕まっちまうからな」

 そう言うと、にっと笑顔になった。恐ろしく察しの良い人だ。口調が若く、精悍な雰囲気はあるが三十歳くらいかな、と意味もなく考えたりもした。

 いずれにせよこのジョイさんのおかげで、うまくこの場から離脱できそうだ。

「なぁ、お嬢には挨拶しといたらどうだ?損はしないと思うぞ」

「やや・・・いいです。結構です」

 ブンブンと首を横に振ると「し、失礼します」とおれは頭を深々と下げて退散した。

 無駄に気魂で身体強化をしながら、一目散に走った。

 だが、散漫な集中力と中途半端なスキル発動で効果が出ない。

 ベルグランド公爵に見られたらそれこそ一喝されるであろう情けなさであった。

『スキルを使用する際は水面の如く穏やかな心で挑まねばならん』

 今日は本当に公爵の言葉をよく思い出す日だった。


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