もう少し頑張ってみようかな
がやがやと活気のある声が方々から聞こえてきた。
おれが生活しているのは、ボードリヤル領最大の街であるポワイエ。
この日は街の中心地で昼市が開催されていた。
新鮮な野菜に色とりどりの果物。肉に酒、さらにはキッチン用品や魔道具などが取引されている。
ポーション工房を出たおれはこの街の中心地にある広場を横切って、午後からの仕事場である鍛冶場へと足を向けていた。
鍛冶場は兵士や騎士に不可欠な道具である剣や鎧などの武具を作り、メンテナンスするのが仕事だ。ここもまた、ポーション工房と同じくボードリヤル家お抱えの仕事場である。
普通は仕事場の掛け持ちなどあり得ない。
ポーション作成と武具メンテナンスは全く異なる仕事だからだ。
けれどもおれはポール執事の指示でそれを命じられていた。理由はわからないが、課されるノルマが軽減されるわけではなかった。
この十年以上の間、ボードリヤル家が仕える王家の版図では大きな戦争は生じていない。
魔族や周辺諸国との長い戦乱がようやく終結し、王家の版図は安定した治世の時代に入っていた。
その戦乱終結に大いに貢献したのがボードリヤル家の先代・ベルグランド公爵。
「英雄・ベルグランド」
本人はとても嫌がっていたが、その呼称は戦地となった辺境にいくほど聞くという。
戦乱が収まったとはいえ、辺境の地ではまだ小競り合いや小さな組織的戦闘が起きるのだ。
ボードリヤル家のような軍閥はそうした際に派兵という形で軍役を課されている。
その意味でも武具の需要は依然として高い。
「ここでいいかな」
おれは広場の中心にある噴水の縁に座った。
噴水の中央にはオベリスクがある。
国教であるヘリヤリス教の建造物らしい。昼市はそこを起点に円環的に拡がっていた。
その賑わいを見つつ、おれはポケットから小さな瓶を取り出した。
中にはやや黄のかかった液体が入っている。
おれが普段から作っているポーションだ。
瓶の蓋を開けると、一気に飲み干した。
「効くなー。これ」
ポーションは胃の腑に落ちると全身に拡散していく。
その動きは体の中心から力が湧くようなイメージだ。ポール執事に杖で打ち据えられた傷が治っていく。
口の中の裂傷が回復した。顔や頭、横腹の炎症も治まった。
ただ、疲労感だけは消えない。ポール執事に課されたポーション作成のノルマを考えると、この量を持ち出すのが精一杯だった。
何とか午後の作業に支障が出ないように、最低限の準備はできたと思う。
さて、あまり時間もないが腹ごしらえだ。
ゴソゴソとリュックサックを探り、準備しておいたビスケットを出そうとした。
簡単ではあるが、口に入れてすぐにエネルギーになることから重宝している。
「あれ??」
いくつか手に柔らかな感触があった。
こんな荷物を入れた記憶がないので、それを掴んで引っ張り出した。
「・・・」
サンドイッチとバナナだ。
朝、クリストフさんにもらったものは食べてしまったはず。それにバナナは買った記憶もない。
不思議なことに首を傾げていると、何かが手からこぼれ落ちた。
「・・・手紙?」
小さな紙に乱雑な殴り書きのような文字が見えた。
ー ハヅキ。助けられなくてすまない。でもお前の頑張りは工房みんなが認めてるぞ。あの最高品質ポーションはハヅキにしか作れないすごいものだ。午後も気持ちを切らさずに頑張れ ー
「あー・・・」
たぶん、おれがデスクの片づけをしていた時。
ポール執事の注意がおれに向かっていたことを確認して、工房長が書いたのだろう。
急いで書いたのがわかる。かなり文字が荒れているからだ。
それでも十分に気持ちは伝わった。
サンドイッチは出掛けにリュックへねじ込んでくれたに違いない。
ぎゅっと、胸が締め付けられた風になった。
それだけ皆におれは心配をかけているのだということを実感した。
けれども、少しでも甘えが許されるのであれば、こんな風に皆に思ってもらえていることが嬉しい。
ザァザァと噴水の音が耳をつく中。
鼻にツンという刺激を感じたおれは、視線を上げて空を見た。
それは見事なばかりに鮮やかな青色だった。
晴れていれば当たり前のことだが、それをこの目で確認できたのはいつ以来か。
昼市の喧騒が心地よいざわめきに変わった気がした。
もう少し頑張ってみよう。
バシバシと両脚をたたき、地に足がつくように刺激を入れた。