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万能剣士は月夜に現れる  作者: 桐村 三歩
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下賤の者の仕事

「みんな、手を止めてくれ」

 工房の仕事が流れるように動いていた昼前、部屋のドアが開いて工房長が入ってきた。


「・・・」


 どうしたことかとその姿を伺うと、何やら苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 ああ、あれか。

 その理由を推測し、皆も一様にため息をつく。


「ポール執事がお越しになられた」


 工房長はスッと手を差し出すと、それを押し退けるように中年の痩せた長身の男が部屋に入ってきた。

 薄くなった髪丁寧に後ろへと流している。

 赤基調の派手な上着と白いパンツ。

 焦茶のブーツは光沢を放っていた。かなり磨いていることがわかる。


 ポール執事はボードリヤル家の執事だ。

 この工房などボードリヤル家の直轄事業のいくつかを管理しているのだという。だが、彼が管理者という立場の責任を負いながらそれに見合った仕事をしているようには思えない。実際の管理は工房長のような立場の人物が担っているからだ。

 また、彼は執事が本業であると言うことを常に強調している。

 公爵家における仕事の序列感覚というのは理解できないが、とにかくそういうことらしい。


「皆の者、きちんとボードリヤル家に尽くしていますか?」


手入れされ、細く尖った髭を震わせながら、ポール執事は甲高い声で言った。


「はい」


 工房の職人が慌てて返事をし、頭を下げる。『恐れ入りました』のポーズだ。これをやらないと、ポール執事の機嫌が悪くなり、延々とボードリヤル家がいかに偉大な存在かを聞かされることになる。

 だが、この儀式じみた事柄は、どうにもボードリヤル家ではなく、ポール執事に頭を下げているような感覚に陥るのが常だ。


「うん。よろしい」


 にっと嫌らしい笑みを浮かべると、ポール執事は頷いた。

 今日は機嫌が良いのかもしれない。


「皆の働きがボードリヤル家の恥にならないよう。きちんと仕事をしなさい。決して足を引っ張らないように」


 皆の働きがボードリヤル家の繁栄を支えているとは、決して言わないのがポール執事だ。

 足を引っ張るな、邪魔をするな。

 彼のおれたち平民に対する基本的な接し方はそういうものになる。


「ハヅキ・ナンジョウ」


「はい」


 名前を呼ばれたことに気づき、ビクと肩が動いた。

 油断したせいか、一瞬だけ反応が遅れてしまった。


「聞こえてますか?」

「はい。聞こえております」


 ねっとりと湿り気を含んだ視線でおれのことを睨め付けるポール執事。

 ツカツカとブーツの踵を鳴らして目の前にやってきた。

 ポール執事より背の低いおれは、視線を下に向けてその目を見ないようにしていた。

 ピッタリと下半身に張り付いた白いパンツを見るに耐えず、おれは目を細めて視界をぼやかすようにした。

 それでなくとも、立ち続けることが辛い。

 寝不足と疲労、さらにはこのプレッシャーのせいか息苦しくなってきたのだった。


「あなたは何歳になりましたか?」

「十七歳です」

「公爵家に拾われて何年ですか」

「もうすぐ七年になります」


 ふむと頷いたポール執事が少し距離をとった。

 だが、その目に嗜虐的な光が灯った。

 この視線を向けられると、胃酸が逆流するかのような不快感が迫り上がってくる。

 腹筋に力を入れてじっと身体を固くする。それが一つの対処法だ。


 七年前、おれはこの領内の人々が「東方の国」と呼ばれる場所から流れてきた。

 早くに両親を亡くし、村の養父母に育てられたが・・・あまりの境遇に家を飛び出した。

 正確には、殴られたり蹴られたりするのが嫌で家に帰れず、村の郊外を彷徨っていたところを、ボードリヤル家の馬車に拾われたのだ。

 それ以降、家人として雑用をこなしつつ、ようやく三年前からこの工房での仕事を与えられたのだった。


「七年もの間・・・公爵家にロクな貢献もせずに禄を喰み続けるとは。大したタマですね」

「・・・」


 ボードリヤル家の先代当主であるベルグラント公爵。

 おれを馬車で拾ってくれた方だ。

 ベルグランド公爵は「おお、かわいい子だ」と言っておれをよく抱き上げてくれた。

 すでに老境に達していたとはいえ、武で鳴らした歴代のボードリヤル当主でも最強と言われた英雄は、軽々とおれを持ち上げて抱きしめてくれた。その強い力で密着されるのは、苦しくとも温かい、何ともいえない幸せな気分だった。


「この汚い黒い髪」


 ポール執事が手にした杖でおれの髪をかきあげた。

 瞬間、思わず頭に血が上るのを堪えきれず、執事と視線を合わせてしまった。


「・・・」


 予想しなかった反抗ということなのか。

 ポール執事が冷酷な目でおれを見つめて黙り込む。

 それはとても人間を見つめるものではなかった。

 害虫。

 そう、それがピッタリだ。どう叩き殺してやろうか。どうせなら遊び殺してやろう。そんな空気感が伝わってきた。


『ハヅキの髪は黒いな』

『変ですか?』

『変じゃないぞ、とてもきれいじゃないか。ただの黒じゃない。光り輝く深い黒だ。わしは大好きだぞ』


 ベルグランド公爵が膝の上に乗せたおれに聞かせてくれた言葉だ。

 優しく温かい口調だった。

 褒められたようで、認めてくれたようで、そして嬉しくて。

 その思い出を傷つけられたような気がして怒りが込み上げたのだった。

 けれども、情けないことにポール執事の目を見たところで怒りは消え、ただただ悲しい気持ちだけが込み上げてきた。


 瞬間、バキッという音と共に頬に衝撃が走った。

 視界に火花が飛ぶ。

 一瞬何が起きたかわからなかったが、ぶらっと垂れ下がる杖を見て、それが顔に飛んできたのが理解できた。


「この不忠者が!!大恩あるボードリヤル家に対してその反抗的な態度はなんだ!!」


 ポール執事が足払いをかけてきた。

 避けることもできす、おれはその場に尻もちをついた。


 ボードリヤル家には大恩がある。

 それはおれも認めるけど。

けれども、この責め言葉がボードリヤル家をポール執事自身に置き換えているというのは誰しもが理解できることだ。

 彼は公爵家を自らになぞらえているのではないか。

 どちらが不忠者か。

 どちらが畏れ多い行動を取っているのか。


「ポーションごときを作ることすら満足に出来ず・・・ノルマをしっかりこなさんか!!」


 杖をふるってはおれに打ち付けてきた。

 両手で頭を守り、おれはひたすら嵐が過ぎるのを待った。

 この部屋にポール執事がやってきた時、今日は機嫌が良いのだろうかと思ったが真逆だった。

 おそらく公爵家で何かがあったのだろう。

 完全にその吐け口をここに求めてきた形だった。


「ポーションごとき」

 おそらくポール執事の本音だろう。

 誰でもできる下賤な平民の仕事。そういう本音が感情のほとばしりとともに噴出していた。

 彼の選民思想からすれば、東方という訳のわからない場所からやってきたおれなどは、特に排除の対象だ。


 ポーションは命をかけて領民を守る兵士の命綱であり、病や怪我に倒れた者の希望の品。

 工房では口にこそ出さないが大切な物を作っているというプライドで、職人は日々ポーション作りに心血を注いでいる。

 それが理解できているだけに、工房長は蒼白な顔で両の拳を握りしめていた。


「行け・・・貴様にはまだ仕事があるだろう!!さっさと鍛冶場に行かんか!!」


 杖を振り上げ、地面に横たわったおれの横腹に蹴りを入れると、ポール執事は大声で指示をした。

 おれはよろよろと立ち上がると、無言でデスクを片づけた。

 そして、リュックを背負い一礼すると、静まり返った部屋を出た。

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