3rd progress「見えざる力」
3rd progress「見えざる力」
俺達はマスターから、いろんな話を延々と聞かされた。
魔術という概念の成り立ち、その歴史的裏付け……結局はほとんど、左の耳から右の耳へスルスルッと通り抜けて行ったけど。
俺達が完全にダレてんのくらい、見りゃ一発で分かるだろうに。それでもマスターは、まるで真夏のひまわりみたいに、生き生きした顔で話を進めていく。
多分、マスターの趣味なんだろうな。こういうやたら高尚で、長ったらしい話をすんのは。
その後、俺達は本部棟の北側に建ってる、灰色のビルへと案内された。
しんと静まり返ってる渡り廊下を歩き通して、ようやく行き着いた先は……なんだか病院の一般病棟と勘違いしそうなくらい、殺風景な所にある部屋だった。ドアを開けて中を覗いてみると、そこには机とある程度の家電製品、それとベッドが揃って並んでた。
なるほど、今日から俺達はここで寝泊まりすんのか。
西暦2037年7月15日
「ル・シエル」北棟3F 305号室
「軍隊……か。なるほど、どうりで羽振りがええ訳だな」
俺は机の上に手荷物を乱雑に置いて、真っ先に白いシーツが敷かれたベッドの上に寝ころんだ。
柔らかい、気持ちいい。なんだか久々の安息だ。飛行機の座席なんかじゃ、とてもじゃないけど安眠なんかできなかったからな。
「まあ、いいやろ。これでとりあえず、1ヶ月の保証はできたでよー、後はまー……ここにもええ女がいれば問題なしだけどな」
それだけ言うとコーは、開け放した南側の窓からじっと外の景色を見渡していた。一体何が見えるんだか知らないけど。まあ、とりあえず今はそんなことに興味はないし、そんなことに気を回す余裕もない。
俺はベッドから重たい体を起こして、とりあえず部屋の中を一通り見回した。
「結構広いがや、ここ」
俺達がこれから寝泊まりするこの部屋は、案外と言っちゃあなんだけど、とにかく広々としてきれいだった。
いくら目を凝らしてみても、ホコリの一つすら落ちてない床。白い壁紙なんかも真新しくて……俺はほんの少しだけいい気分になった。まあ、どうせ1ヶ月後くらいにはこの壁も、タバコのヤニで黄色くなってんだろうけど。
「なあ、祐さん。ここって、ベッド1台余っとるんやな」
「ん? 3人部屋なんやな、多分」
コーの声に、俺はベッドの上でだらしなく体の向きを変えながら、奴の目が示す先に視線を向けた。
俺が寝っ転がっている向かい側には、シーツが掛かったベッドがもう一つ置いてある。コーは大股でズカズカと歩いてくると、その上にドカッと腰を下ろす。
「テレビ、付けてええ?」
「ああ」
俺の返答を聞くなりコーは、窓の側に置いてある小さなテレビのスイッチを入れた。そのままコーは、テレビと連動してるパソコンのキーボードをゴチャゴチャいじってる。俺は大きく背伸びを一つして、ゴロンと楽な体勢に戻った。
あーっ……眠い。とにかく眠い。
プツン
「警察では、何者かがバス内に爆発物を仕掛けたものとして、周辺に不審人物がいなかったかどうかを含めて捜査を続けています」
フランス語っぽい曖昧な発音が混じった低い声が、不意に俺の耳に入ってきた。どうやらニュース番組みたいだ。
なんか、よけいに眠くなるな……こういうのって。
「えー、続きましては……先日起きました、日本に対するミサイル投下の続報です」
続報っ?
俺は一旦閉じかかった瞼をカッと見開いて、さっきからコーが見入ってる画面を一緒に見つめた。
「北朝鮮から日本の名古屋に投下された核ミサイルは、20世紀末に開発された旧型の物である可能性が強まりました。威力が極めて低い旧型のミサイルを敢えて使用したという事から、今回の軍事行動は、日本に対して致命的なダメージを与える事が目的である可能性は低くなりました。
先月、日本は他の東南アジア諸国と共に、東ヨーロッパ、アジア諸国を主体とする軍事組織『東部軍事機構』への加盟を改めて拒んでいます。さらには日本の外務大臣が、東部軍の傘下に入っている中国や北朝鮮、インドなどの体制を厳しく批判するなど、強硬な姿勢を貫いていました。
よって、今回の行動は東部軍側による、依然反発を続ける日本や東南アジアに対する軍事的抑圧、及び核武装のアピールが目的との見方が改めて強まりました。今後、東部軍側が日本に対して本格的な侵略行為を行う事も予想され、核ミサイルの第二、第三の投下の可能性も依然捨てきれないとして、日本の自衛隊及び在日アメリカ軍が厳重な警戒に当たっております。
えー、現在までに確認された、ミサイル投下による犠牲者数は50万人にまで達しており、今後さらに増える見通しです。これに関しまして日本の瀬川首相は記者会見し、今回のミサイル投下について『日本への許されざる侵略行為である』と厳しく非難し、毅然とした姿勢を見せています。
20世紀後半から世界的に『禁じ手』とされてきた核兵器。それが再び軍事目的に使用されたことにより、事態が全世界へ波及する事に対して、世界各国が危機感を募らせています」
「50万……だってよ」
人形みたいに表情一つ変えず、ぽつりとコーはつぶやいた。
俺はそんなコーの横顔を、ベッドの中から横目でチラッと見た。一見、全くの無表情にも見えるけど……コーの感情はそこからハッキリと見て取れた。大きなショックを受けてる時ほど、こいつはかえって心中を顔に出さなくなるんだ。
ニュースを読むアナウンサーの声が、雑念に邪魔されて耳に入らなくなる。50万……かよ。
コーは再び、思い出したように窓の景色へと目を遣る。そのまま、数分の沈黙が続いた。
「だけど、奇妙だよな。あれからたった3日しか経っとらんのに、俺達は今、そんな事とは無縁の所で寝っ転がっとるって……これが巡り合わせってもんなんかな」
しわくちゃになったシーツの上で身をよじらせたまんま、ポツッと。本当にポツッと、俺は本心をつぶやいてみた。
俺は死なずにすんだ。それどころか、今こうやって住む場所まで手に入れてる。その全ては、コーが俺の元にジュネを連れてきたのが転機だった。
それは誰もが羨むくらい、幸運なことなのかもしれない。けれど、それを手放しに喜べないのは何故だろう?
「ハハッ。いきなりなに言い出すん、祐さんらしくないがや」
なんだか珍しく感傷的になってる俺を、たった一言でコーは笑い飛ばした。
でも……感傷的って言い表すのも、今の気持ちとしてはちょっと違ったかもしれない。「繊細」っていう言葉とは、どう考えたって無縁の人間だからなぁ、俺って。
さっきの言葉は、何を深刻に考えてたって訳でもない。ただ、言いたいことを言っただけだ。
「まあ、ちょっと言ってみただけなんやけど。それよりさ、コー。灰皿ないか?」
「ん? ちょっと待ってな。えーっと……」
部屋の中をハムスターみたいにうろちょろ歩き回りながら、コーはテーブルの上とかを隅々まで見回した。俺は俺で、ベッドの周りをガサゴソと探ってみる。
灰皿……灰皿。どこだ。
「うーん。ないみたいやけど」
「そうか。そんならまあ、ええわ」
灰皿、買ってこないとなーって考えながら、俺はまたベッドの上にゴロッと横になった。途端に、今まで溜まっていた疲労が体の内から、津波みたいにドッと押し寄せてくる。
ここ数日間、とにかくいろいろあったからなぁ。さすがに身体の方も限界がきてるみたいだ。
「俺、ちょっとそこらへんうろついてくるわ」
「おう」
向かいのベッドから飛び降りると、コーはすたすたと部屋を出て行ってしまった。その背を見送った後、そのまま俺はせまり来る睡魔に身を委ねて、コクリと久しぶりの深い眠りについた。
西暦2037年7月16日
「ル・シエル」北棟3F 305号室
「ふぅー……なんか、腹一杯食ったのも、ずいぶん久しぶりだな」
北棟の1階にあるレストランでいつもより早い朝食を摂った後、俺達はまた自室へと戻ってきた。
「ハハッ、ゆうべ何度も起こそうとしとったのに、死んでまったみたいに寝てんだもんな」
その言葉を待ってましたとばかりに、ベッドに腰掛けてるコーが突っ込む。そういえば、昨日は晩飯食ってなかったっけ。
昨日の夕方くらいに眠りについてから、そのまま俺は朝を迎えた。目が覚めたときはまだ日が昇る前で薄暗かったけど、涼しい初夏の風がスゥーッと窓から入ってきて、なんだか清々しい気分で朝を迎えられた。ここの空気はなんだか澄んでて、少なくとも日本よりも心地がいい。
それにしても、こんなに早起きするなんて久しぶりだな。なんか「ラジオ体操 第一っ!」って感じだ。
何はともかく、全てが快調な朝。なんか得した気分だな。
「なあ、祐さん。8時半に確か……どこ行きゃええんだっけ?」
「本部棟の2階やって聞いたけど」
さっきレストランの隣の席で飯食ってた人が言うには、今日から8月末までの間は「育成期間」と呼ばれる期間なんだそうだ。
なんでも俺達の他にも、同じようにして集められた数十人の研修生がここにいるらしい。研修生はこれから8月一杯まで、ここで暮らしつつ魔術の訓練を受けるってわけだ。そして、8月の末に行われる「審査」を経て、最終的にどこの隊に配属されるかが決まる。まあ、ジュネの言うことには、
「ちょっと怖いこと言うけど、審査の結果次第ではどこにも配属されない可能性もあるわけだからさ……そうなるともう一般兵になるか、それとも退役するしかなくなるからね。とにかく、ちゃんと魔術師になれるように頑張って」
……だそうだ。こんな身も凍るような事をズバッと言ってのけるあたりが、ホントにジュネらしいけど。
「8時か……そろそろ行かなあかんな」
腕時計を見つめて、ふと俺がつぶやいたその時、
コン、コンッ
「はいはいっ!」
乾いた二度のノックと同時に、コーはすぐさまドアへ駆け寄っていく。俺は咄嗟に、脱ぎ散らかした上着をベッドの下へ放り込んだ。さすがにこんな有様の部屋を、人様に見せるわけにいかないからな。
「ねえ、開けていい?」
「おうっ、いいぞ。俺のたくましいボデーがそんなに見たいんだったらな」
「ハハハッ……バーカ」
またバカなこと言ってんな、コー……なんて思ってた矢先。なーんか、聞き覚えのある笑い声が向こうから聞こえてきた。こりゃ波乱の予感だ。
ガチャッ!
「どう、元気してる?」
思った通りだ。コーが開け放したドアの向こうには、意地悪っぽくクスクス笑ってるジュネの姿があった。
「なんだよ? その格好」
「ああ、これ?」
俺は何よりもまず、ジュネの服装が妙に気に掛かった。
これはなんていう名前の服なんだろう? 袖と丈がやけに長い白地の服の上に、紫色の布を何枚も重ねたような、着物とも、どこの民族衣装かも分からない様な変な格好だった。
「ここでは一般の魔術師は、これを着るのが決まりになってんの。ほら、あんた達のも持ってきたよ」
そういうとジュネは、両手に抱えていた布きれみたいな服を、俺のベッドの上に投げ捨てるように置いた。どうやら、ジュネと同じ型の奴みたいだ。
「マジでこれ、着んの?」
ベッドの上にクシャッと置かれた服を手に取って、コーは目を細めながらつぶやいた。
分かるなぁ、コーの気持ち。ここの制服かなんだか知らねえけど、こんなん着てたらまるでインドの坊さんみてえじゃねえか。
「うん、着るの。さっ、早く着てっ」
俺達の顔を交互に見ながら、真顔でジュネはうなずく……どうやらマジみたいだ。まいったな、こりゃ。
「それじゃ、先に本部棟で待ってるから」
そんだけ言い残して、ジュネはそそくさと部屋を出て言ってしまった。コーは出ていくジュネの姿を見もせずに、肩を落としたまんまジュネの置いていった青い服を見てる。
問答無用で置いてったからには、とりあえず今日はこれを着るほかない。気は乗らねえけどなぁ……俺はため息をついて、その服に黙って袖を通した。
西暦2037年7月16日
「ル・シエル」本部棟2F
「暑っちぃ……なんだよこれ?」
東側の窓から射し込んでくる日の光も、時が経つにつれて厳しくなってきた。それを背中に浴びながら俺達は今、右も左も分かんない本部棟の中をうろついてる。
太陽がジリジリッ、ジリジリッて背後を射す。なんか、背中を焼かれてるみたいだ。
「通気性も何もあったもんじゃないな。ふぅー」
ジュネが部屋に置いてった、長い袖と丈の服を荒っぽく着こなして、まるで田舎の暴走族みたいなスタイルで俺はズカズカと廊下を歩いていた。青い布きれみたいな上着は、歩く度にずるずると肩からずり落ちていくし、背中からはもう、玉のような汗がだらだらと流れ出てる。
「おっ、あそこか?」
袖で額の汗を拭きながら、コーは小さく声を上げた。
ダレそうになるくらい延々と続いた廊下の突き当たりに、防火シールドみたいな金属製の分厚い扉がチラッと見えた。その前では、誰かが手を掲げて俺達を招いているのがうかがえる。
俺はずり落ちそうな上着を手で押さえながら、足を早めて扉の方へ近づいていった。
「ねえ、あなた達? 新しい訓練生って」
鉄の扉の前に立っていたのは、歳は20代前半くらいの、割ときれいな女性だった。
真紅のローブをきれいに着こなし、栗色のセミロングヘアーにブラウンの瞳。にっこり笑った顔は嫌味がなくって、いかにも明るそうな女性だった。
第一印象からすれば雰囲気はジュネに似てる気もするけど、ジュネみたいな特有の棘っぽさは少しも感じられない。一言で言えば、朗らかって言葉がピッタリかな。
「え、ええ。こんななりしてるけど、一応ね」
頭をポリポリ掻きながら、はにかむようにコーは答えた。女性の方もそんなコーの態度を、クスクス笑いながら見てる。
まったく……ちょっときれいな女がいればこれだ。性にもなく照れやがって。
「ジュネから話は聞いてるから。さあ、入って」
グィーン……
微かな音を立てながら、重たそうな鉄の扉がゆっくりと口を開ける。俺達は女性に言われるがままに、扉の向こう側へと足を踏み入れた。
西暦2037年7月16日
「ル・シエル」本部棟2F 育成室
俺はまず、自分の目を疑った。
扉をくぐった先に広がっていたのは、中学校の体育館ぐらいのだだっ広いスペースだった。中にはいくつも白い衝立があって、そのスペースを10ヶ所ぐらいの領域に区切ってる。
そして……何より俺の目に残ったのは、その両側の壁から発せられる激しい光だった。どことなく白っぽい……いや、違う。よく見てみると、虹色のような……あーっ、やっぱり分かんねえ。とにかく、俺の口じゃ何色とも言い表せない光だった。
それはあまりに眩しくて、光の源が一体なんなのかは確認できない。けれどその得体の知れない光は、薄目でチラッと見ただけでもハッキリ分かるくらい、なんだか妙な雰囲気を醸し出していた。
やがてその異様な雰囲気は、両方の瞳を伝って自然と俺の体の中へ溶け込んでくる。今の俺が抱えてるのとは全く別の感情が、体の中にどんどん注入されてるみたいで、なんだかものすごく奇妙な感覚だ。けど……心の中に変な違和感とかはない。むしろ「これって結構、気持ちいいかな……」なんて、ふと思うくらいだ。
「ユーイチ! コー! こっちこっち!」
目映い光の中から、高くて透き通った声が俺を呼んでいるのが聞こえてきた。俺は更に目を凝らして、そのきらめきの中をじっと見つめてみる。
そうこうしているうちに目が慣れてきて、やがて俺の前には一人の女性の像が浮かび上がってきた。
「ようこそ、二人とも。どう、気分は?」
俺達の正面に立っていたのは他でもない、さっき部屋で別れたばかりのジュネだった。彼女はいつもと変わらない脳天気な笑みを浮かべて、軽く手を振ってた。
「気分? うーん、なんて言うか……」
俺は言葉を濁しながら、もう一度辺りをぐるっと見回してみた。
大理石でできた両側の壁には、拳大くらいの透き通った石が均等に埋め込まれて並んでる。その石は、虹色にキラキラ輝いてて……なるほど、さっきの光はここから出てたのか。
さらにその横には、緑色の葉っぱをつけた観葉植物が所せましと並べられてる。鉢植えになってる灌木とか、花とか、スペースを区切る衝立に沿ってズラーッと並んでた。
人為的な物と自然的な物が入り交じった、なんだか奇妙な雰囲気が辺りを支配してるような気がする。そんな空気になかなかなじめず、首を傾げる俺達の周りでは……俺達と同じ布みたいな服を着た人々が、何やらペチャクチャ話し合いながら思い思いの場所にたむろしていた。何を話してるのかは、どうもハッキリ聞き取れない。
「とりあえず、そこに座ってて。ちょっと話があるから」
なんだか訳も分かんないまま、俺とコーはジュネの言葉と共に、すぐ右隣にあった円形テーブルの前に置いてある黒っぽい木製の椅子に腰掛けた。
「二人とも、すごいカッコだね。なんか、放浪の修行僧みたい」
「ほっといてくれ……しっかしまあ、なんなんだ、ここは?」
悪気もなんもないジュネの言葉に少しカチーンときたけれど、そんなことより俺は、この部屋が醸し出してる奇妙な雰囲気がずっと気に掛かっていた。
なんか、グチャグチャに散らかした部屋みたいに、雰囲気は雑然としてはいるんだけれど……なぜだか違和感というか不自然さは感じられない。むしろ、その不自然さがなんか、自然的でもある……っていうか。
あー、なんか分かりにくい例えだなぁ。俺も何がなんだか、分かんなくなってきた。
「ここは、魔術師のための『育成室』。私たちが魔術を扱うためのエネルギーを、できるだけスムーズに身体へと取り込めるようにしてる場所……って言えば分かるかな? 自然界から放出されてるエネルギーを取り込んだ上に……ほら、あそこのそこのクリスタルを通して増幅、対流させてるの。私たちができる限り、最大限の能力を発揮できるようにね」
四方を囲む壁にギッシリ埋め込まれ、今もギラギラと輝いてるクリスタルを指さしながら、ジュネはつらつらと語り続けた。けど……なんだか分かったような、分かんないような。
手短に説明を終えると、ジュネは右手に持ってた赤いファイルをドサッと机の上に置いて、テーブルを隔てた向かい側の椅子に腰掛けた。
俺とコーが隣同士、椅子に座って2人。その目の前には、机越しに先生気取りで座ってるジュネがいる。
なんか、中学の時の三者面談を思い出すな。うちの母親の前でいろんな悪い事バラされて、くどくど説教された記憶しかねえけど。
「ディアナから、なんか話は聞いてる?」
「誰だ、それ?」
「ほら、さっき入り口にいたじゃない。赤い服の……」
「あーあー、あの人ね。いや、なんにも」
俺達が揃って首を横に振ると、ジュネはちょっと困惑した表情を浮かべた。やれやれ……といった感じで。
「それじゃあ、これからちょっと『古代魔術』についてじっくり話さなきゃね。まあ、大体はマスターから聞いたと思うけど……覚えてないよね、たぶん」
「いちいち聞かないでくれよ、そんな当たり前の事」
横目で俺達を交互に見るジュネに、苦笑しながらコーは答えた。
無論、俺も覚えちゃいない。マスターの話なんて、半分寝ながら聞いてたし。
「やっぱり? あの人はやたら難しい話に持ってくのが、もう趣味みたいなもんだからね。大丈夫、私はそんなにややこしい話をするつもりはないからさ。心配しないで」
俺達の顔色をうかがいながら、ジュネは明るく軽く答えてみせた。けど、俺達を難しい話で滅入らせないようにしてんのが見え見えだな。
「じゃあまず『天体信仰』の話から始めるから、しっかり聞いてて」
手に持ってたファイルをちらちら見ながら、ジュネは早速話を始めた。俺はもう、居眠りでもしてようかなと思ってたけど、それもなんかジュネには失礼だな……っていう気持ちも片隅にはあって。良心の呵責ってやつかな?
まあ、いいや。俺はとりあえず、ジュネのありがたいお話に耳を傾ける事にした。
「『天体信仰』……そうね、詳しい事はややこしくなるからあんまり言わないけど、遙か昔……そう、イエス・キリストが生まれるよりずーっと昔、古代の人々が『天体』を信仰していたって記述が古代遺跡に残されてたってわけだけど……聞いてる?」
「ああ、それで?」
「彼らは一つ一つの星を、不思議な力を持つ存在、つまり『精霊』と位置づけて、人の命は星の持つ『見えざる力』から生まれ来るものだと信じてたの。そして、人はその見えざる力を操ることが出来る唯一の存在だと考えて……」
「それが、『魔術』ってわけか」
「そう、その通りね。その天体信仰も、キリスト教や仏教……といった様々な宗教の出現によって廃れていったんだけど、魔術はゆっくりと変化しながら、様々な形で生き残ってきた。ほら、例えば『超能力』だとか『神秘』だとか……そうそう、『占い』とかもそうだよね。そこで、私たち『ル・シエル』は、その魔術の起源がどこにあるのかってずーっと辿っていって、最後には天体信仰に行き着いたってわけ」
「うーん……」
なんか気怠そうに、コーはさっきからずっと首を捻っていた。
まあ、もともと俺達は学歴社会から完全にドロップアウトした身だ。まして、中学を出たっきりブラブラ過ごしてるコーに、こんな歴史の話はキツいだろう。
「続けていいかな? えっと……そうそう、私たちはその『見えざる力』って言うのが一体何なのかって言うことをずっと研究してて、それが星の持つ『固有のエネルギー』であるって事を突き止めたってわけ」
「固有のエネルギー?」
なんか、だんだん突っ込んだ話になってきたみたいだな。俺は相槌を打ちながらだらけた体勢を立て直し、ジュネの話に集中して耳を傾けた。
「そう、宇宙に浮かぶ恒星や惑星から発せられる無尽蔵のエネルギー、それがすなわち『魔術エネルギー』なんだよね。それは科学的なエネルギーとは一線を画した、全く違う性質を持った物なの。そして、それは人間のみに与えられる力の源。つまり、私たちはそのエネルギーをイメージによって具象化する事によって、自然界に何らかの影響を及ぼすことができる……良くも悪くもね。つまり、それが私たちの定義する『魔術』って言う物なんだけど」
「……俺もう、頭痛てーよ。なんだか訳分かんなくてさ」
やっぱり思った通り、話も終わらないうちにコーが音を上げた。もう既にあきらめモードに入っているコーを横目で見ながら俺は、一つため息をついた。
はぁ、そう簡単に文句たれんじゃねえよ、コー。俺もだるいんだ。
「うーん、なるべく分かりやすく話したつもりなんだけどねぇ」
呆れ半分の笑いを見せながら、ジュネはスローな口調で続ける。本当に分かりやすかったか? 今の。俺自身、話の断片ぐらいしかつかめなかったのに。
「それじゃ、最後に言っとくね。あんた達はこれから1ヶ月半、みっちり魔術の訓練を受けるわけだけど……これから魔術の腕を上げるために大事なのは『いかに広くイメージを捉え、それを形にするか』そんな事が言いたかったんだけど。分かった?」
「ああ、分かったよ……とりあえずな」
なんか、もういいや。
これ以上長々と話をされてもしょうがない。なんか最初から最後まで掴み所のない話だったけど……俺はとりあえず、一通り理解できた事にしといた。
「そ、そう? とりあえず分かったんならいいかな。それじゃ、今度はこっち来て」
言いながらジュネはすくっと立ち上がると、俺達のすぐ右側にある扉を開けてツカツカと入っていく。なんか、せわしないなぁ。
俺は大きなあくびと背伸びを一つしてから、コーと一緒にジュネの背中を追って歩いていった。
それから俺達はまず「イメージの捉え方」を学んだ。なんて言ってもそんなに小難しい事じゃなくて、要は「いかにして、何もない所に何かが存在するとイメージできるか」って事だ。なんだか、かなり抽象的な表現だけど。でもこれが、魔術という厄介な代物を使いこなすのに必要不可欠なんだそうだ。
その後、俺とコーはそれぞれ別メニューの訓練に入った。
「その人それぞれの特性を生かした訓練」って言う名目らしいけど、なんかコーはずっと、赤、青、緑、白……いろんな色をした光の球が目の前をビュンビュン飛び回るのを、ただじっと眺めながら、寝言っつーかうわごとみたいにブツブツ言ってるだけ。一体何をやってるのか、俺にはさっぱり分かんない。
俺は俺で、今は「火の玉を飛ばす練習」をしてる。なんでも「タバコの火よりももっと大きな炎を起こす」のが当面の目標だそうだ。一番最初にジュネが手本を見せてくれたけど、なんか指をチョイチョイっとしただけで、いきなりサッカーボールみたいな炎の塊が目の前をぶっ飛んでったのには正直ビビった。でもしばらく練習してるうちに、なんとかピンポン玉くらいの火の玉は飛ぶようにはなったけど。
そんなこんなで、長いような、短いような……そんな3日間が過ぎた。
西暦2037年7月19日
「ル・シエル」北棟3F 305号室
俺達がフランスにやって来てから、今日が最初の日曜日だ。昼近くに目を覚ました俺は、そこらへんにあったクロワッサンを適当にかじって、またゴロッと横になった。
たった3日で部屋の中はもうグチャグチャになってる。「男の部屋なんてそんなもんでしょ」なんて言い訳も通用しないくらい。乾いた洗濯物は畳まずに山積み、さらにその横には、パンパンに膨れ上がったゴミ袋……自分の部屋ながら、全くもってひどい有様だ。
コーは黙りこくったまま、ずっと写真週刊誌を読んでる。なんだか、ダラダラした無意義な休日を、俺達はただ過ごしていた。
俺はベッドから起きあがって、隣のテーブルから灰皿とタバコの箱を手に取った。とりあえず、何もすることがなければタバコに手を伸ばす。なんだか習慣づいてるな。
俺の人生を色で表すなら、間違いなくヤニ色だな。怠惰な素晴らしき日々に、万歳。
コン、コンッ
「ん?」
「誰だろ、休日だってのに」
ちょうどタバコに火を付けたその瞬間、静まり返ってる部屋の中にドアノックが響いた。俺はひょいっとベッドから飛び降りて、タバコを持ったまま手早くドアを開けてみる。
「あのー、すいませーん」
おおっと、知らない人だ。
開け放ったドアの向こうには、両手に目一杯荷物を抱えた一人の少年が、こちらの顔色を頻りにうかがいながら立っていた。
歳は見るからに俺よりも年下だ。見たところ16,7歳くらいだろうか。センターできっちり分けた金髪。エメラルドブルーの瞳は大きくて、どこか幼さっつーか、純粋さを感じさせる。
「誰だ? あんた」
「えっと……僕は、つい昨日『ル・シエル』に訓練生として入隊した、ハインツ・シュタイナーと申します。今日からここでお世話になりますので、どうぞよろしくお願いします」
「……は?」
寝耳に水ってのは、まさにこの事だ。
俺は困惑しながら、散らかった部屋の中から様子をうかがってるコーの顔を見た。コーもまるで不意打ちを食らったみたいに、ポカーンとした顔つきのまんま固まってる。
「ハインツ……だってよ。なあ、コー、知ってるか?」
コーは固まった表情のまま、首を大きく横に振る。俺は大きくため息をついて、さっき付けたばかりのタバコの火をもみ消した。
新入りが入ってくるなんて話、俺も聞いてないけどなぁ。本当かよ?
「ひょっとしたら、部屋間違えてんじゃないか?」
「えっ? でも、ここ確かに305号室ですよね? 3人部屋に2人しかいないから、ここに入れって言われたんですけど」
ハインツの声を耳に挟みながら、俺は横目で部屋の中を見た。部屋の片隅には、既にゴミ置き場と化したベッドが一台、ぽつんと置かれてるのが見える。
どうやら……ホントっぽいな。こりゃ、当面の同居人「ゴミ袋君」に出ていってもらうしかなさそうだ。
「分かった、ちょっとここで待っててくれよ……おい、コー! 手伝えっ」
俺はすぐさま、ゴミの山になってるベッドに駆け寄った。コーも渋い表情を浮かべながら、だるそうに歩み寄ってくる。
あー、なんだか気が重い。ここまで好き放題に散らかした俺達も悪いんだけど。
「祐さん、ゴミ袋もう一枚持ってきてくれん?」
「後でな……ゲッ! なんだよ? このティッシュ!」
ぶちぶち文句を言いながら、俺達は東南アジアのスラム街みたいなゴミの山をほじくり返した。
掘り返しても掘り返しても、ゴミゴミゴミ。これが宝石探しなら楽しいだろうな、なんて下らないことを考えながら、俺はベッドの上を引っかき回した。
「あのー……もしもし?」
ゴミと睨めっこしたまんま、しばらく無言が続いた後。静かに呼びかける声に、ゴミを両手に掴んだまま、ほとんど同時に俺とコーは振り向いた。
いつの間にか俺達のちょうど真後ろには、さっきの少年、ハインツが突っ立っていた。
彼は俺が予想したよりずっと温厚だった。手厚い歓迎すらないこんなひどい扱いにイラつくどころか、むしろ穏やかな笑みを俺達に向けてる。
「なんなら、僕も手伝いましょうか?」