第三話 ペルシャ湾②
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ペルシャ湾内では、陸軍輸送船団が入港する前に八隻の空母から、艦上機が発艦し、英空軍から指定された複数の基地へ着陸していた。
もっともこれは、日本政府が企んだ一種の示威行動であった。
受け入れ側の英空軍や英海軍航空隊関係者は、帝国海軍の空母機を目にするのは恐らく初めてのことである。
艦戦だけでなく、艦攻、艦爆に至るまで、全て全金属製単葉機だ。しかも、艦載機全てが引込脚を備えたスマートな機体だ。
かたや王立海軍航空隊は、本国艦隊や地中海艦隊ならば兎も角、中近東やインド洋艦隊に配備されている機体は、旧式機が圧倒的に多い。
艦戦と艦攻は共に鋼管帆布張りで、複葉固定脚の機体だ。艦戦は海軍仕様のシー・グラディエーターで、艦攻はソードフィッシュだ。
英海軍から事前に指定されたクウェート郊外の空軍基地に、帝国海軍の艦上機が相次いで着陸した。その後上陸し、飛行隊と合流した整備分隊の手で、綿密な整備を受けている機体を、間近で目撃した英空軍の将校たちの間からは、驚嘆とも聞こえるざわめきが起きていた。
そして王立海軍航空隊の面々は、一目で最新鋭と分かる機体を見て、意気消沈していた。
「複葉固定脚の艦上機は配備されていない!?一部の練習機を除いて退役済み・・・・王立空軍並みかよ」
王立海軍航空隊関係者は、帝国海軍航空隊の艦上機乗りたちから話を聞いて、思わずそう呟いた。
この技術格差に愕然とした在クウェート王立海軍航空隊関係者は、慌てて本国に最新鋭機を回してもらうよう緊急要請を行った。
古式蒼然たる雷撃機ソードフィッシュは、誰の目にも時代遅れが明白である。
ところが、その後継機のフェアリー・アルバコアも、全金属製の機体ながら、形式は相変わらず複葉固定脚なのだ。中島製天山艦攻一二型と比較するのも、可哀想になるレベルである。
これは英国海軍省にも伝わり、そこでも大騒ぎになった。しかもエジプト方面から慌てて派遣した単葉引込脚の艦上機、具体的には戦闘偵察機フェアリー・フルマーや艦爆スキュアの派生型艦戦ブラックバーン・ロックが、情けない程低性能の艦上機だと露呈した。
尤も比較したのが、零式二号三型艦上戦闘機(三二型)だから、比較する方が無駄な行為である。
フルマーの場合、西方戦役でドイツ空軍機相手に大損害を出したことで、英空軍が早々に「駄作機」の烙印を押し、第一線から下げられた単発複座軽爆撃機バトルがその原型である。
結局、現用艦上機の大半が日本海軍機に比べて、情けない程低性能だということが判明した。
おまけに、英空軍機を、艦上機仕様に改造したシー・ハリケーンも、零戦三二型と比較したところ、「誇れる箇所が見つけられないことが、きわめて残念である」との報告が、技官から提出される有様であった。これが一一型や二一型なら通信機や防弾・防漏装備でハリケーンの方が勝っていたが、三二型では発動機を中島製「栄」から三菱製「極星」に変更された結果、防弾や防滴燃料槽にリソースを回せるようになっていた。
技官からの報告で、それまで王立海軍航空隊の動揺を冷笑していた王立空軍中近東航空廠でも、事の重大さを知り、大騒ぎになっていた。なにせ中近東空軍が主力機にしていたハリケーンが、もはや時代遅れの機体だと判明したのだ。
このお粗末極まりない情報を、第一海軍卿から報告されたチャーチル首相は、激怒する以前に大きな溜息をついて、空軍機で艦上機仕様に改造できる機体を探し、艦隊へ配備するよう命じながら、ただ一言「情けない」とまいった様子であった。
その後王立海軍航空隊の航空機購入予算の割当額が、急上昇したのは確かであった。
それと同時に、工業化の遅れていた大日本帝国の軍事技術が急速に向上していることに、英国政府は初めて気がついた。この事実に直面した英国政府は、対日関係を堅持する必要性を改めて痛感した。
メモ
三菱 零式艦上戦闘機三二型
全長:9.12m
全幅:11.5m
発動機:極星二二型(離昇1.750hp)
最高速度:580km(高度6.000m)
航続距離:2.500km
武装
翼内:一式二〇mm機銃(ホ5)2挺 携行弾薬数各150発
零式十三mm機銃(ホ103)2挺 携行弾薬数各240発
一一型や二一型で空中分解事故が多発した事により、当初搭載していた発動機「栄」から、「金星」を16気筒化した「極星」へと換装した機体となっている。
また機銃も、九九式二〇mmから、陸軍が使用していたホ5へと変更された結果、継戦能力が向上している。