第二次タラント空襲①
タラント軍港では、夜明けとともに警戒解除を伝えるサイレンが鳴り響いていた。
この音を聴いた当直士官たちは、安堵の表情を浮かべながら、その日何杯目かになるカプチーノを飲み干していた。
このタラントでは、英海軍のソードフィッシュ艦攻による空襲を受けてから、夜間が一番緊張する時間帯になっていた。
だから夜が明けると、当直士官の多くは「何事もなく夜が明けた」と、安堵の溜息とともに、当直を交代して湯気の立つ朝飯へと関心を向けるのであった。
こうして港で朝が始まる頃、タラント近郊の航空基地では、夜戦仕様の複葉戦闘機CR42が、夜明けの滑走路へ着陸を行っていた。
誘導路から掩体壕に引き込まれたCR42から降りた搭乗員の1人は、老朽機を見ながら、この機体とも間もなく訪れる別れに寂しさを感じていた。
二、三ヶ月後には、ドイツ製双発重戦闘機Bf-110が導入され、CR42と交代し、タラントでの夜間邀撃任務につくことになる。
そのため現在CR42に搭乗している者たちにも、翌週から転換教育を受けるため、ドイツへの派遣が内示されていた。
取り敢えず任務を終えた、旧式の複葉戦闘機は指定された掩体壕に収容された。
これでパイロットは仕事を終え、朝飯を空きっ腹に詰め込んで、ワインをひと瓶空にした後、夕刻までは一眠りできる筈であった。
下士官食堂に入った途端、空襲警報が鳴り響いたのであった。
これに朝飯を食べていた連中は、一斉に立ち上がると食堂を飛び出した。
特に戦闘機航空群に属するパイロットたちは大慌てであった。
無論早朝当直のパイロットたちは、すぐに暖機運転を終えた機体に乗り込んで、爆音を残して離陸している。
食堂に入ったばかりだった夜間戦闘機隊のパイロットたちは、昼間の戦闘参加を免除されていたため、慌てることなく朝食として用意されていたパンなどを手にしながら、ゆっくりとした動きで外に出ていった。
彼らは基地の外にある林の中で、空襲が終わるまでゆっくり朝食を楽しむつもりであった。
その林の中には、既に同じ夜間戦闘機隊の同僚たちが顔を揃えていた。
この夜間戦闘機隊のパイロットたちが、のんびり構えているのには理由があった。
今までの昼間空襲は、エジプトから飛来する英空軍機が主体で、邀撃を受けると慌てて爆弾を捨てて、退避することが多かったからだ。
だから今回も、双発爆撃機が飛来するだけで、すぐ終わると思い込んでいた。
だがそれは、イタリア側が今までの空襲から判断したことであり、全くの思い込みであった。
今回、最初に現れたのは、いつものような双発爆撃機の編隊ではなかった。
何処から飛来したのか、小型機の群れであった。
しかもこの小型機は、G50の編隊が迎撃に向かうと、一斉に何かを投棄した。
「何か投下したな、爆撃機なのか?」
「違う。爆弾じゃない」
「ありゃ、落下増槽だな・・・・話に聞いたことがある。ドイツ空軍も最近、採用したらしい」
「じゃあ、何かい、あれはエジプトから態々飛んできたのか・・・・まさか」
「ならば、もしかすると艦上機かもしれないぞ。但しトミーのハリケーンやスピットファイアとは違う気がする・・・・・・」
そう士官パイロットの1人が呟いた。
夜間戦闘機乗りは、視界が悪い夜空で邀撃戦を行うことから、機体の識別に詳しかった。にも関わらず、誰も敵機の正体を言い当てられなかった。
そしてG50の編隊が敵機の高度に達すると、敵編隊は突然反転すると、G50の編隊を引き連れて軍港の方向へ姿を消した。
その時、先程の士官が怒鳴った。
「あの馬鹿共が!まんまと吊り出されやがった。基地の上空がガラ空きじゃないか!爆撃機が来るぞ」
その言葉通りであった。
いつものように定期便で飛来するウェリトン双発爆撃機が、今日はより高度を低くして、侵入してきたのだ。
既に開いていた爆弾倉から、爆弾が落ち、滑走路や待機線、それに格納庫辺りに着弾し、爆発が起きた。
「畜生!これでしばらくは滑走路が使えない。あの戦闘機は囮だったんだ」
しかし、この判断は外れていた。
夜間戦闘機隊のパイロットたちが、半地下式の通信所に辿り着くと、彼らに気付いた通信士が顔を青ざめさせ言った。
「軍港が空襲を受けている。大損害だ」