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ペルシャ防衛戦④

メレツコフ上級大将は苛立っていた。

本来であればタブリーズ市街地を爆撃した爆撃機編隊が、その帰路に報告筒を落とすのを待っていたが、いつまで待っても肝心の爆撃機編隊が現れなかった。

そのため第五四戦車師団は、タブリーズ近郊で小休止を取っていた。

その時通信車から予期せぬ情報が齎された。

「なんだと!タブリーズ上空で未知の敵戦闘機隊と遭遇?我が方の爆撃機に被害が続出だと!護衛の戦闘機隊はどうした?此方も甚大な損害?連隊長も戦死!?」

電文の束に目を通したメレツコフの表情が、見る見るうちに憤怒の表情に変わる。

「情報参謀、どういうことだ!ペルシャ空軍には複葉固定脚の旧式機しかないはずだろう。それに英空軍のハリケーンは、ここまで航続距離が無いはずだ!」

メレツコフは情報参謀に食いつかんばかりの勢いで、怒りを爆発させた。

だが状況が分からぬまま、第五四戦車師団先遣隊は時間を空費していた。そして、タブリーズへの進撃を再開した。

この時ソ連赤軍の地上部隊は、ドイツ国防軍と違い自走式または牽引式の対空火器を積極的に採用していなかった。あったとしても水冷式のマキシムPM1910重機関銃を対空用に車載化した物しか無かった。

実際ソ連国内でも、戦車や自走砲の類は積極的に設計・製造されていたが、ドイツのような自走式対空車両等に関しては、消極的であった。

防御を軽視していたが故に、この時の帝国海軍航空隊の攻撃は、第五四師団の将兵には文字通り災厄となった。

なにせ対米戦争を想定して、日夜猛訓練に励んできたのが、この海鷲たちだ。

相手は急速転舵による回避運動繰り返し、更に舷側部に配置された多数の高角砲や高射機銃による弾幕を打ち上げてくる重装備の軍艦を相手に、一発必中の直撃弾を命中させることだけを目的に、腕を磨いてきたのが帝国海軍航空隊のパイロットたちである。

路上を縦隊で、しかも低速で移動する戦車師団の隊列など、夜店の射的以上に容易い目標であった。

今回出撃した瑞山艦爆は、胴体下面に五〇番陸用爆弾一発、両翼下面には六番陸用爆弾を各一発ずつ搭載していた。

艦爆隊が狙ったのは、車列の先頭と最後尾、それに列の中間辺りだった。着発信管を装着した陸用爆弾が、連続して爆発する。

重装甲の戦艦を相手にした時には、威力不足が囁かれる五〇番でも、陸上目標ならば、その威力は半端ではない。

通常ならば戦車を含む装軌車両は、道路に頼らずとも路外走行で移動ができる。だが、路上に車両が一杯で、身動きが取れない状態となれば、戦車も周囲の車両を押し退けないと、路肩に出ることが難しかった。

全弾を投下した艦爆隊は、仕事を終えた事を確認すると、制空隊の零戦に護衛されて、早々にイラク北部の基地へと飛び去っていった。

この攻撃を受けた先遣隊は直ぐさま後方の戦車師団司令部へ悲鳴のような連絡を行った。

「・・・・・・敵は単発機の編隊です。目撃できたのは、急降下爆撃機に攻撃機です。どちらも突然頭上に現れ、その直後から爆撃を受けています。敵は精鋭部隊のようで、我が方の被害は甚大です・・・・・・うわぁ・・・・・・」

先遣隊を務める自動車化狙撃兵旅団の旅団長からの通話は、絶叫の直後に中断された。

この時先遣隊を攻撃していたのは、淵田中佐率いる天山艦攻の水平爆撃隊であった。彼らは、胴体下に六番爆弾六発を装備していた。これらの爆弾は、破片爆弾や焼夷弾、集束爆弾といった空母ではあまり搭載していない爆弾であった。

これらの爆弾は、英国から供給された物だったため、投下器の規格が若干違ったため、整備分隊は大急ぎで改造を施していた。

軍事知識の乏しいメレツコフにも現在の状況が分かりつつあった。ペルシャ軍とも英軍とも違う、別の敵軍が現れて、タブリーズの空襲と占領は寸前で挫折したのだ。

「一体何処の悪魔が、我々の進撃を妨害したのだ。こうなったらコーカサス軍管区だけでなく、北コーカサスやトルキスタンからも応援を要請して、その悪魔共を叩き潰す」

ぶつけようの無い怒りを前に、メレツコフの判断力は冷静さを失っていた。

メレツコフは矢継ぎ早に命令を発して、すぐに後方の軍管区司令部へ伝えるよう厳命した。

通信参謀は次々に寄せられるメモの束に、暗号文を組むのを諦め、平文のまま打電した。

通信秘匿に厳しい欧米の陸軍や帝国陸軍では、まず有り得ないことだが、野戦通信能力が貧弱な赤軍では、「平文通信」は普段から行われていた。

この平文通信を受け取っていたのは、友軍だけでは無かった。英中近東軍通信傍受隊もこれを傍受し、発信位置のおおまかな場所も特定していた。

この傍受隊からの緊急通信を受け、帝国海軍の瑞山艦爆隊が出撃した。

編隊を指揮する高橋赫一少佐は、単縦陣の先頭に立って、地上の車列に狙いを定めた。

目星をつけたのは、車列の中ほどを複数の装輪装甲車に警護されて走行する、黒塗りの大型乗用車であった。

「露助の馬鹿参謀でも乗っているのだろう」

そう思った高橋は、これに狙いを定めた。

爆弾が炸裂すると、車列が吹き飛ぶのを後席の小泉少尉が確認した。

これがメレツコフの最期であった。

こうして侵攻作戦初日で、ペルシャの赤軍部隊は指揮系統が大混乱に陥ったのだ。


なお後に、この爆撃成果を確認した偵察写真を見て、英軍分析官は海軍航空隊の技量に舌を巻いた。

「彼らは精密なノルデン照準器を使わずに、これだけの成果を挙げているのか・・・驚いたな」

爆弾の命中した範囲内では、殆どの目標が破壊されていた。

「もう一つの成果も見てくれ。此方はソ連国境に程近い地域で別行動をした第二次攻撃隊が、空襲した敵部隊だ」

同僚から手渡された拡大写真を、分析官らルーペで丹念に見ていく。

丹念に見た上で、主任分析官は断言した。

「実に見事な仕事だな。職人芸と言っても過言ではない。指揮官機が狙っているのは、無線通信車を伴った大型乗用車だ。これは推測だが、赤軍のスタッフカーだろうね。だとすれば、師団司令部以上で、軍団級の上級司令部に属する車両だろう。司令部付の通信小隊を、幕僚ごと屠った可能性がある。これは驚くな・・・・・・凄い仕事だ」


取り敢えず中近東方面はこれで一旦終わります。

次回からは、地中海へと移りますので宜しくお願いします。

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