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魔法使いカレンと生贄少女の旅  作者: 星月ヨル
第八章「海峡劇戦編」
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第15話「かまってください」

 「それ以上近づけば殺す。いい?」


 切っ先をユリに向けるシャル。震えも表情の変化もなく、その行動に躊躇は感じられない。

ブーゲンビリアの物体操作魔術で運ばれ、ユリはシャルのいた海岸付近を飛行していた。その途中シャルの姿を確認し、この砂浜へと降り立ったのだ。

ユリに続き、その背後にシオンとブーゲンビリアも降りてきた。


 「……よく、ありません」


 しかしユリは止まらなかった。

足を前に出す。一歩踏み出し、シャルの方へ少しだけ近づいた。物怖じしないユリに対し、シャルは剣の切っ先を僅かに下ろす。


 「……だから、近づけば殺すって──」


 ユリはもう一歩踏み出す。確実にシャルの方へ接近する。

その前身に合わせ、シャルは僅かに、ほんの僅かに片足を退かせた。


 「それでも、私は今、問いかけることを優先します」


 「……」


 「だから、どうか話を聞いてください」


 シャルは答えない。剣を構え、少し後ずさったまま動きを見せない。

シャルの様子を伺いつつ、ユリはもう一歩足を踏み出す。


 「いいですか、シャ──」


 しかし同時にシャルは消えた。ユリの視界からその姿がかき消えた。

先日似た経験をしていたユリは、何が起こったのかを瞬時に察し振り返る。


 「──ル、さん……」


 「私の役目は二つ」


 ユリの背後にシャルはいた。

剣を振りかざし、砂浜の岩場を切り崩している。岩場にはシオンと、シオンを片腕で抱えているブーゲンビリアの姿。

シャルは高速で移動し、ブーゲンビリアに攻撃を仕掛けたようだ。


 「偵察と妨害。アルフレッド・ブーゲンビリア、あなたや他の円卓会は、特に優先して行動を妨害する事になっている」


 「了解した。残念だが仕方がない」


 言葉を交わすシャルとブーゲンビリア。互いに声に抑揚がないため、会話というより状況報告のようだ。

ブーゲンビリアはシオンを物体操作魔術で地に降ろし、片腕をシャルの方へ向ける。手先の手袋や服の裾から、僅かに火の粉が漏れ出ていた。

ブーゲンビリアに呼応するように、シャルも剣を構える。


 「これより交戦を開始する」


 「お、おい大丈夫か……?」


 「そなたらは極力この場から離れることを推奨する」


 シオンは彼らの戦闘に不安を感じているようだ。

ユリは3人の姿を確認しつつ、素早く思考を巡らせた。

(私達の目的は、カレンさんとシャルさんと話すこと……私達、というか、カレンさんと話すのはお姉ちゃんだけでもいい……お姉ちゃんがカレンさんのもとまで行って、私がシャルさんと話すのが一番いい……)

シャルとブーゲンビリアは一定の距離を保ち互いに様子を窺っている。次の瞬間にも、二人の激しい戦闘が始まってしまうことだろう。

(考えるべきは三つ……一、戦闘を避けること……二、ブーゲンビリアさんにお姉ちゃんを運んでもらうこと……三、私がシャルさんと話すこと……三つとも実現するには……)


 「シャルさん」


 「もう一度言う。それ以上近づけば殺す」


 シャルは背中を見せたまま呟く。ブーゲンビリアの方へ視線を向けており、ユリを見ようとしない。

その姿を見て、ユリは取るべき行動を確信する。


トボトボと、散歩でもするかのように。

シャルの元へと歩みを進めたのだ。


 「シャルさん、話を──」


 しかし、シャルが数歩進んだその時。

シャルは姿を消し、次の瞬間には剣を突き出していた。


シャルはユリの前に立ち。

細長い剣の切っ先を、ユリの首元に触れるか、触れまいかという位置で固定している。


 「本当に殺すよ。いいの?」


 「……そうですか。では……」


 首元に切っ先を当てられ、ユリは少し目を見開いて立ち止まった。

シャルは冷たく、赤黒い瞳でユリを見つめている。シャルがほんの少し剣を動かせば、ユリの首を裂き鮮血を滴らせることだろう。


ユリはその赤黒い瞳を見つめて。

()()()()()()()()()()()()()


 「……なにしてるの」


 「では、殺してくださって構いません。ですが……」


 ユリは首元に剣を押し当てたまま、一歩踏み出してシャルへ近づく。切り口に剣を沿わせるように移動したため、剣はさらに首へ食い込み流血を促した。

首筋から滴る鮮血。しかしユリは一歩も引かず、シャルの瞳だけをまっすぐに捉えている。


 「もし、()()()()()()()()()のなら、私を助けてください。ほら、このままだと私死んじゃいます」


 「なにを……」


 「危ないので剣は固定したままでお願いします。首の、切れちゃまずいところが切れそうなので。あと、ほら」


 ユリが会話しつつ目配せし、シャルは状況を飲み込めぬまま振り返る。

背後にはシャルの様子を窺っているブーゲンビリアと、ユリの行動に動揺しているシオンの姿がある。


 「ユリ、おい、何やって──」


 「先を急ぐぞ、シオンよ」


 「なっ、どういう……」


 二人は会話したのち、ふわりと浮き上がり上昇を開始した。ブーゲンビリアの物体操作魔術だ。

二人はこの場から離脱しようとしている。


 「ブーゲンビリアさんとお姉ちゃんは、先を急いでいるので助けてくれません。でもシャルさんが二人を追いかけたら、私は死んじゃいます」


 「ユリ……」


 「もし、本当は私を死なせたくない、ということでしたら」


 シャルは動けなかった。

背後ではブーゲンビリアとシオンが、既に遥か上空へと飛び立っていた。本来であれば追いかけ、行動を妨害しなければならない。それがシャルの役割だ。

しかし、シャルは文字通り手を離せなかった。手にした剣がユリの首に食い込んでおり、下手に動かせばユリの生命に危険が及ぶという。


 「二人を追いかけず、私にかまってください。……えへへ、ちょっと恥ずかしいセリフ言っちゃいましたね」


 「……分かった」


首を切りつけられているせいか、だんだんと声が弱々しくなっていくユリ。しかしあまり自身の首を気にする素振りを見せず、むしろ会話に意識を向け、少し顔を赤らめていた。

シャルは片手を固定したまま、少し俯いて呟く。


シャルは動けなかった。

シャルは、ユリを殺せなかった。

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