第15話「かまってください」
「それ以上近づけば殺す。いい?」
切っ先をユリに向けるシャル。震えも表情の変化もなく、その行動に躊躇は感じられない。
ブーゲンビリアの物体操作魔術で運ばれ、ユリはシャルのいた海岸付近を飛行していた。その途中シャルの姿を確認し、この砂浜へと降り立ったのだ。
ユリに続き、その背後にシオンとブーゲンビリアも降りてきた。
「……よく、ありません」
しかしユリは止まらなかった。
足を前に出す。一歩踏み出し、シャルの方へ少しだけ近づいた。物怖じしないユリに対し、シャルは剣の切っ先を僅かに下ろす。
「……だから、近づけば殺すって──」
ユリはもう一歩踏み出す。確実にシャルの方へ接近する。
その前身に合わせ、シャルは僅かに、ほんの僅かに片足を退かせた。
「それでも、私は今、問いかけることを優先します」
「……」
「だから、どうか話を聞いてください」
シャルは答えない。剣を構え、少し後ずさったまま動きを見せない。
シャルの様子を伺いつつ、ユリはもう一歩足を踏み出す。
「いいですか、シャ──」
しかし同時にシャルは消えた。ユリの視界からその姿がかき消えた。
先日似た経験をしていたユリは、何が起こったのかを瞬時に察し振り返る。
「──ル、さん……」
「私の役目は二つ」
ユリの背後にシャルはいた。
剣を振りかざし、砂浜の岩場を切り崩している。岩場にはシオンと、シオンを片腕で抱えているブーゲンビリアの姿。
シャルは高速で移動し、ブーゲンビリアに攻撃を仕掛けたようだ。
「偵察と妨害。アルフレッド・ブーゲンビリア、あなたや他の円卓会は、特に優先して行動を妨害する事になっている」
「了解した。残念だが仕方がない」
言葉を交わすシャルとブーゲンビリア。互いに声に抑揚がないため、会話というより状況報告のようだ。
ブーゲンビリアはシオンを物体操作魔術で地に降ろし、片腕をシャルの方へ向ける。手先の手袋や服の裾から、僅かに火の粉が漏れ出ていた。
ブーゲンビリアに呼応するように、シャルも剣を構える。
「これより交戦を開始する」
「お、おい大丈夫か……?」
「そなたらは極力この場から離れることを推奨する」
シオンは彼らの戦闘に不安を感じているようだ。
ユリは3人の姿を確認しつつ、素早く思考を巡らせた。
(私達の目的は、カレンさんとシャルさんと話すこと……私達、というか、カレンさんと話すのはお姉ちゃんだけでもいい……お姉ちゃんがカレンさんのもとまで行って、私がシャルさんと話すのが一番いい……)
シャルとブーゲンビリアは一定の距離を保ち互いに様子を窺っている。次の瞬間にも、二人の激しい戦闘が始まってしまうことだろう。
(考えるべきは三つ……一、戦闘を避けること……二、ブーゲンビリアさんにお姉ちゃんを運んでもらうこと……三、私がシャルさんと話すこと……三つとも実現するには……)
「シャルさん」
「もう一度言う。それ以上近づけば殺す」
シャルは背中を見せたまま呟く。ブーゲンビリアの方へ視線を向けており、ユリを見ようとしない。
その姿を見て、ユリは取るべき行動を確信する。
トボトボと、散歩でもするかのように。
シャルの元へと歩みを進めたのだ。
「シャルさん、話を──」
しかし、シャルが数歩進んだその時。
シャルは姿を消し、次の瞬間には剣を突き出していた。
シャルはユリの前に立ち。
細長い剣の切っ先を、ユリの首元に触れるか、触れまいかという位置で固定している。
「本当に殺すよ。いいの?」
「……そうですか。では……」
首元に切っ先を当てられ、ユリは少し目を見開いて立ち止まった。
シャルは冷たく、赤黒い瞳でユリを見つめている。シャルがほんの少し剣を動かせば、ユリの首を裂き鮮血を滴らせることだろう。
ユリはその赤黒い瞳を見つめて。
首を、剣の切っ先に押し当てた。
「……なにしてるの」
「では、殺してくださって構いません。ですが……」
ユリは首元に剣を押し当てたまま、一歩踏み出してシャルへ近づく。切り口に剣を沿わせるように移動したため、剣はさらに首へ食い込み流血を促した。
首筋から滴る鮮血。しかしユリは一歩も引かず、シャルの瞳だけをまっすぐに捉えている。
「もし、本当は殺したくないのなら、私を助けてください。ほら、このままだと私死んじゃいます」
「なにを……」
「危ないので剣は固定したままでお願いします。首の、切れちゃまずいところが切れそうなので。あと、ほら」
ユリが会話しつつ目配せし、シャルは状況を飲み込めぬまま振り返る。
背後にはシャルの様子を窺っているブーゲンビリアと、ユリの行動に動揺しているシオンの姿がある。
「ユリ、おい、何やって──」
「先を急ぐぞ、シオンよ」
「なっ、どういう……」
二人は会話したのち、ふわりと浮き上がり上昇を開始した。ブーゲンビリアの物体操作魔術だ。
二人はこの場から離脱しようとしている。
「ブーゲンビリアさんとお姉ちゃんは、先を急いでいるので助けてくれません。でもシャルさんが二人を追いかけたら、私は死んじゃいます」
「ユリ……」
「もし、本当は私を死なせたくない、ということでしたら」
シャルは動けなかった。
背後ではブーゲンビリアとシオンが、既に遥か上空へと飛び立っていた。本来であれば追いかけ、行動を妨害しなければならない。それがシャルの役割だ。
しかし、シャルは文字通り手を離せなかった。手にした剣がユリの首に食い込んでおり、下手に動かせばユリの生命に危険が及ぶという。
「二人を追いかけず、私にかまってください。……えへへ、ちょっと恥ずかしいセリフ言っちゃいましたね」
「……分かった」
首を切りつけられているせいか、だんだんと声が弱々しくなっていくユリ。しかしあまり自身の首を気にする素振りを見せず、むしろ会話に意識を向け、少し顔を赤らめていた。
シャルは片手を固定したまま、少し俯いて呟く。
シャルは動けなかった。
シャルは、ユリを殺せなかった。




