第9話「関係ない」
街が静まり返った頃。
時計の針は11時を回っている。昼間の喧噪は消え、辺りは驚くほど静かだった。しかし星月の明かりを街の建造物が反射して、キラキラと美しく輝いている。幻想的な雰囲気だ。
そんな中、ナナ達は昨日泊まった宿屋に戻ってきていた。ただし昨日とは違い、今日はシオンも一緒だ。
「いや、一緒に泊まるのは良いんだけどよ……」
シオンは宿を見上げる。
人気のない薄暗い路地。錆び付いた外壁。朽ちかけた看板。
「なんだこの宿……」
「「え?」」
「ハモるな」
同時に首を傾げるナナとカレン。シオンはそんな二人を横目に、再び目の前の宿屋を見上げていた。
一言で言えば、ボロい。
まず場所が悪いのだろう。黄金郷と言うだけあって、国中キラキラと輝いているアズライト共和国。そんな光り輝く街でさえ、建物の配置等によって影となる部位は存在する。この路地裏はまさにその一角なようで、恐らく昼間だろうと日陰となる事が予想できる。
それだけならまだしも、この宿屋は建物自体が朽ちかけていた。
「廃墟じゃねえか」
「いやいや、ちゃんと営業してるから。お兄さんこんちわー」
カレンは声を張り上げると、宿(?)の中に入っていった。ナナも大人しくそれについていき、入り口にはシオンだけが取り残された。
「ほんとに宿屋なんだろうな……」
シオンは疑いの目で、目の前の建物を見上げる。霊でも潜んでいそうな建物だったが、ここで待っていてもしょうがない。
渋々ドアを開け、宿の中に入っていく。
「お兄さん、一人追加でお願い。これ銅貨ね」
「まいどー」
「いや廃墟じゃねえか」
恐らく受付と思われるお兄さんと、カレンが交渉していた。ナナはカレンの後ろにくっついている。
その様子を横目に、シオンは部屋を見回していた。
まず、汚い。
屋内の環境はまさに廃墟のソレだった。床や椅子、窓など、ありとあらゆる物に埃が積もっている。灯りとなるものもランプしか存在せず、まるで廃墟に肝試しでもしにきたかのようだ。
「よし、じゃあ2階行くよー」
「はーい」
「大丈夫なんだろうな……」
慣れた様子で2階に上がっていくカレンとナナ。シオンは不服ながらも、ノソノソとそれについていく。
「いや廃墟のがマシじゃねえか」
シオンは引きつった顔で室内を見回す。
今までと同じく、オンボロなのは変わらない。
それに追加して、ヤツがいるのだ。
「いやいや、思ったより綺麗でしょ?」
「思ったより汚えよ。蜘蛛の巣張ってんだけど」
そう、虫だ。いや蜘蛛は虫ではないが、虫に連なる面子がそこら中に蔓延っている。
あちこちに張られた蜘蛛の巣。部屋の隅を通る、アリらしき昆虫の列。ランプのそばにはハエがたかっている。
「まあ、これくらいは魔術でなんとかすればいいから。それに結構安いんだよ、ここ」
「……いくらだ?」
シオンが怪しげな目線で尋ねる。
カレンはそっぽを向いて、シオンと目を合わせないように答えた。
「……3人で銅貨8枚」
「マジかよ……焼きモロコシ一本より安いじゃねえか。不安なんだけど」
シオンはあまりの安さに驚愕する。通常宿泊というのは、一人でも銀貨を使うほどの料金が発生する。その数十分の一ともなれば、確かにお安いのかもしれないが、流石に安すぎて心配だ。
「お前ら金ねえの?」
「いやお金はいっぱいあるけどね。訳あって、記録が残るような場所に泊まりたくないんだ」
「いや、だからって……あ? 記録?」
シオンが何かに感づいたように、カレンの顔を見つめる。カレンは苦笑いをしながら語りだした。
「ああ、これも言っておくべきだね。君ならきっと大丈夫だ」
「……昨日のことだ」
不思議な事を語るカレンを前に、シオンは思い当たったことを呟く。その瞳は虚空を見つめていた。
「ここいらにも噂が広まった。魔導帝国から人質が逃げ出したっつう噂。情報統制でほとんど分からなかったけどよ」
「そうだね。そして、その逃げ出した人質は、二人組だったって事まで噂されていた」
「……そういや今日、ナナが偽名使ってたな」
カレンの言葉に、シオンは更に表情を険しくする。
そして一息つくと、その表情のままカレンに尋ねた。
「……お前らが、そうなのか?」
「ふふ、そうだと言ったらどうするかな。通報でもしちゃう?」
カレンは暗に「私達が逃亡者だ」と言っていた。
シオンは少し考える。
恐らく生贄というのはナナだろう。見たところ、カレンが生贄だとはシオンには思えなかった。何より年を取りすぎている。
自分はナナをどう思うか。
ナナをどうするか。
「……んな事しねえよ。好きに逃げりゃいい」
「ハハ、良かった。頷いてたら殺しちゃうところだったよ」
「……冗談キツイぜ」
カレンの言葉に、シオンは自虐的なな笑みを浮かべる。カレンが冗談を言っていない事が分かるからだ。
その時、階段を駆け上る音が聞こえた。目が笑っていないカレンだったが、途端にいつもの柔らかな表情に戻る。
「師匠師匠! 見てください、おやつ貰っちゃいました!」
「お、でかした。見せて見せて〜」
ドアを開けて飛び出してきたナナ。紙袋を抱えてはしゃいでおり、カレンはそれにつられてフラフラとナナに近づいていく。
シオンはその様子を眺めていた。
(カレン……もし本名なら、コイツは……いや)
そこまで考えて、シオンは頭を振った。
考えすぎても良いことはない。
「わ、美味しそうじゃん」
「はい! さっきのお兄さんがくれたんです!」
シオンは改めて、楽しそうに話している二人を眺める。
そもそもこれは、自分が考える事ではない。
もし、カレンが だとしても。
今の自分には、関係がない。
そう思い直し、シオンは二人に近づいていく。
「何貰ったんだ?」
「これ、トカゲの砂糖漬け!」
「……は?」




