059 - 竜のお茶会、そして買い物。
「なるほど。勇者召喚に巻き込まれたのですか……」
「一直線上に立っていたから、思い切り体当りされちゃって……」
はっはっは、なんて笑いながら、この世界へ来た経緯を話す。
この女性。……というか、人型に化けている竜の女王。セリ。
先ず最初にソフィアをベッドに運んだ後、この山に生える秘伝の薬草とか言うのを使って俺を治療してくれた彼女は、その対価として俺との会話を望んだ。
相手を知るには直接会話をするのが一番。成程と頷き、まぁその程度の対価でいいのは少し申し訳なさをも感じるが、此方にとって得であるならそれを断る理由も無い。
で、黙秘を前提にこうして今までの経緯を彼女に話したというわけだった。
「大変だったのね。でも普通の子なら、召喚された後はウェストリーで大人しくしてるものだと思うけど?」
「まぁ、それが妥当かとも思ったんですが、あの国は今内側がどろどろというか」
「あぁ……。あの国は四方を山や海に囲まれているし、外的が居ない分意識は内側へ向いちゃうのね……」
集団を指揮するとき、其処に具体的な目標があるほうが人の心を指揮しやすい。
例えば敵国。例えば魔王。
近隣の国で言えば、カノンは経済国とはいえ、その経済力を付けねらう西方の小国家郡を意識していたし、エネスク帝国はその国土に巣食う強力な魔物と戦っている。
……が、ウェストリーは違う。
あそこは四方を自然の壁に囲まれ、物資も豊富に産出できる。その上魔物の出現率とて、他国と比べれば相当低い。
国土こそ広くは無いが、生きて行く分には十分すぎる土地なのだ。
で、そんな安全な土地に慢心した人間が次に抱くのは、人より良い生活を、と言う欲望。
其処から始まるのは、内輪同士で他人を蹴り落とす事で高みへ上ろうとする権力争い。
正直、ああなってしまうと国も終わりだな、と。
「そんなことで大丈夫なのかしらね」
「さて。カノンでは、魔王軍は謀略系で攻めて来ていましたし、案外あの国も内側に魔王の尖兵が紛れ込んでたりするかもしれないな……」
「全く。嘗ての聖王国家も、今では只の慢心した田舎王国なのね」
言ってセリは手に持った紅茶を一口啜った。
牛のミルクを溶かしたミルクティーだ。俺は砂糖を足したが、結構良い香りだった。
「それで。貴方はウェストリーからずっと西方へ旅して……」
「カマズミ沿いに辿り、カノンを経由して、この山に登ったんです」
言いながら俺も紅茶に口をつける。
……うん、美味い。
竜の巣は、その名の通り智慧ある竜種の棲家であるらしい。
それも、ファンタジーな渓谷に巣がいっぱい有る、とかではなく、木造建築の2階建てが立ち並んでいたり、商人風のおっちゃんが「いらっしゃい!!」とか声を上げていたり。
――何処から如何見ても近所の下町風景です。
買い物に付き合ってくれといわれ、セリに連れられてソフィアと歩いてたどり着いた小さな町。驚いた事に、此処に居るのは全員竜種なのだという。
智慧有る竜族……所謂古竜と呼ばれる種族は、その高い魔力を持って人に化ける事ができるのだとか。それもデフォルトで。
それこそ大昔は渓谷の所々に文字通り“巣”を作って生活していた竜族なのだが、とある機会を契機に、こうした人の生活を真似た集落を作るに至ったのだとか。
「……然し、活気があるなぁ」
「ヤマト君があの邪竜を倒してくれたおかげで、竜の巣から魔王軍の手先を一掃する事が出来たのよ。それで、被害をこうむった家屋の再建を、住民達が協力して作ってる最中なのよ」
俺達の視線の先には、鉢巻を巻いたマッチョな兄貴達が、ワッショイ言いつつ、一人2〜3本の木材を担いで運んでいるところだった。
「でも……竜ってもっとこう、のんびりしたイメージがあったんだけど」
俺の中にある竜のイメージといえば、達観した存在、超越した種族、なんてものがある。
平たく言ってしまうと、仙人なんていうのに当たるかもしれない。
「昔はそうだったんだけどね。そうじゃなくなったのは、やっぱりこの村の変化が有ったときに関係しているのよ」
長いけど、聞く? と問われて、俺はすぐに頷いた。
どうせ買い物なんてすぐに終わる。どうせなら、色々と話を聞いておきたかった。
「その昔に、竜種っていうのは一度絶滅しかけていたのよ」
「絶滅?」
「そう。種自体は残っていたのだけれども、それに反して種族から少しずつ、智慧が失われていってしまったの」
有る意味最強の種族であった竜族は、その時点で発展を遂げ終えて居たのだ。
其れ故、次にくるのは自然と衰退であったのだという。
「当時の竜種たちは色々手を講じたのだけれども、それも空しく種族は少しずつ減衰していったわ」
「それとこの町と、如何関係が……?」
「それはね。この町に一人の人間の形をした何かが降りてきたのよ」
「……?」
その男は、竜の巣を見て一言。「なんだ。長けき竜といえど、所詮はトカゲか」と断じたのだとか。
「うわぁ……」
「当然、当時の長老達は完全にキれちゃって、竜の姿で男を一気に消し炭にしようとしたのね」
「……しようとした?」
「そ。逆に殴り飛ばされてたわ」
因みに、長老達の全長は50メートル以上あったのだとか。
「なにそれ。人間じゃなかったんですか?」
「なんだったのかしらね。魔族とも少し違ったようだし、少なくとも人でも竜でもなかったわ」
言うセリの表情は何処か楽しそうで。
その金の瞳が、嬉しそうに細められていた。
「そうね。でもあの人は竜族を救ったの」
「それが……町を作った、って事に繋がるんですか?」
「そう。『智慧ある種族であるなら、それに見合う文化を持て』って」
当時相当衰退していた竜族は、色々な反発があったものの、少しずつこの土地に竜の町を築いていったのだそうだ。
そうして何時しか町が形になったとき、気付けば竜族の衰退は収まり、逆に人口の増加期に入っていたのだとか。
成程とおもう。
人間だって、服を着ずに穴倉で生活していては、知性の発展も糞も無い。
服を得、知識を得て、文化を育む事で人類は成長していくのだ。
穴倉生活から脱し、文化を営む事を始めた竜族は、つまり成長を再開させた、という事なのだろう。
「そうして再興した竜族は、今もこうして続いている、と」
「そうそう」
そういってにっこり頷くセリ。その表情はまるで、理解の早い生徒に満足する教師のようだ。
中々面白い話を聞けた俺としても、割と満足した。
竜の街、というのは、中々に面白いところだ。
その中身は竜だというのに、外見は本当に人間そっくり。化けている、というよりは、これが彼等のもう一つの姿だ、というのが正しいのだろう。
セリに連れられてたどり着いた、木造の小さな一軒や。中に入ると、所狭しと並べられた剣や鎧。
店自体が小さいというのもあるだろうが、此処まで物が詰っていると、商品一つを商品と認識するのでさえ辛くなってくる。
「いらっしゃい。……おや、セリじゃないか。今日はソフィアちゃんも一緒かい?」
「ええ。お久しぶりね、パノン」
パノン、と呼ばれた老齢の男性。アレも竜族だろうし、見た目どおりの年齢と言うわけではなさそうだ。
そのパノンの細い目が、此方に向けてカッっと見開かれた。物凄く怖い。
「んぬ。其方は人間か? この街に人間とは珍しい」
「この子があの黒竜を倒してくれたのよ」
「それは……なんとも、たまげた」
言いながら見開いた目を再び細めるパノン。どちらかといえば目を見開いていたときの方が、いかにも『驚いている』といった顔のように思うのだけれども。
まぁ、それはいい。
「こんにちは。小崎大和です」
「はいこんにちは。わしはパノン。鍛冶竜師をやっとるよ」
言うパノンと握手を躱す。なるほど、握り締めた手から伝わってくる魔力の波動は、何処か無骨ながらも誇りを秘めたように強烈なものだった。
「――うぬ。なるほど」
不意に手を離したパノンは、そういってカウンターの奥へと引っ込んで行ってしまった。
「あ、あれ?」
何か不味い事でもしたかな? とセリへと視線を送る。
けれどもセリは、静かに笑って首を横に振るばかり。特に悪い事は何もしていないと思うのだが。
「ほれ、おぬしはコレじゃな」
ドンッ、と何かが胸に勢い良くぶつかった。
思わず受け止めたソレは、なにやら手触りのいい布で出来た大きな袋だった。
これは……リンネル?
中を空けて中身を確認する。
銀色の鎖帷子に、赤茶色のロングコート。ついでに、小さな短剣が一振り。
パッと見何処にでもあるような装備だけれども……。
「――っ、これって……」
「ミスリルのチェインメイルに、アダマンティンのコート。短剣は魔黒石の剣だ」
ミスリル、アダマンティンといえば、俺の世界でもゲームなんかに登場する伝説の金属だ。
軽く、高い硬度を持つミスリルに、軽くもしなやかさを持ったアダマンティン。
そして魔黒石といえば、あの折れた黒い剣と同じ素材じゃないか。
「やる」
「やる――って、えぇ!?」
思わず声を上げる。いや、だってこれ高価いだろう!?
正直、俺がこれを売るなら、その相手はどこぞの王家とか、王家筋の貴族とかだろう。
だってこれ、国宝級の装備だぞ?
「お前さんは、この街の恩人じゃしな」
「だからって、こんな高価なもの……」
「ええい、面倒くさい。お前が使わんならどうせ誰も買わんし使わん! どうせこんなもん竜は誰も装備せんし、第一こんなもん裏の山肌から掘っただけで、どうせ手慰みに作っただけなんじゃ!!」
言うと、パノンは遠慮する俺に、その袋を強引に押し付けてしまった。
「――本当にいいんですね?」
「くどい。いいからもっていけ!」
「なら、ありがたく頂戴します」
まぁ、くれると言う物を拒む道理は無い。
静かに礼を言い、その装備の詰った布袋を受け取った。
「良かったわね、ヤマト君」
「――ええ。ありがたいです」
ふと、微笑むセリの笑顔に、なんだか感じるところがあった。
彼女が俺に買い物について着て欲しいといったのは、もしかして最初からコレを狙っていたのではないだろうか、なんていう妄想。
――まぁ、俺に損は無いのだから、感謝こそすれ勘繰る必要も無いか。
何かをパノンと話して、再び買い物を再開すべく街中へ踏み出したセリ。
その背を追って、俺もパノンの店を後にしたのだった。
短くってごめんなさいorz。