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055 - 登頂開始

「―――と、つまりこの砂糖黍が手に入れば、安定した甘味を供給できるようになるわけだ」

「然し、それはあくまでも嗜好品では? 嗜好品程度にそこまで出資して、本当に見返りが得られるのでしょうか?」

「甘いな。嗜好品ゆえ、人は何処までも金をかける。なにせ、人は楽しむ為に生きているんだから」


登山の最中、マルさん一団の中の、その中の実家が商人だ、という騎士(マイク・ブラウン(24))を相手取って、“今求められる商品”について意見を交換していた。


“世界中を見て廻ったというイーサン氏、ならばこの辺りの国家でよく売れそうな品物とは?”


そんな切り口から入ってきたマイク。

即答したね。糖分だ、と。


この世界、食料に関しては、十二分に俺の好みを満たしている。

例えば干し肉とか、塩漬けとか。これは長期間の保存に塩が良く用いられる、という事情もあるのだが、そもそも味付けとしても俺としては十分に好きだ。


そう、主食に問題は無い。しかし、デザートが物足りない。

確かに果物系は美味い。まさに天然無農薬。嘗ての世界ではもう絶対に手に入らないのではないか、というほどにみずみずしく、且つ味のしっかりとした果物の数々。正直堪りません。

まぁ、それは良い。


だが、問題は人工的な甘味料が足りていない、という事だ。

和菓子は勿論、洋菓子も何も手に入らないのだ。

その事に不満を持ったのは、実はこの世界に来て初期の話。


で、今日このとき話しかけられ、コレはチャンスとばかりに甘味の魅力について語りまくった。

相手は商家の息子だ。美味くすれば、この世界でも甘味が流通するかもしれない。

だってさ、クレープにクリームが無いとか、おかしいだろう!?(力説)

それを平然と食ってる連中が居るんだぞ!? そんな連中に、アイスやクリームという、文明の齎した栄光というか集大成というか人知の結晶というか、そういう物の恩恵を広めたい、と思う俺は間違っているだろうか。いや、いまい!!(反語表現)


で、気がつけば数人の騎士が俺の周囲に集っていた。

その全員、口元から涎をダラダラ流していて。……ちょっと話に力入れすぎたか。

まぁ、此処まで引っ張れれば、後一押し、というところか。


周囲を見回し、あえてわざとらしく肩を揺する。

不意に周囲に漂うのは、何処か香ばしく、と同時に甘く仄かに漂う香り。


カノンとは、貿易で巨大化した国家だ。

つまり、商業の国。その国には多くの商人が集まり、同時に多くの商品が集う。

探してみれば有るんじゃないか。そう思って探してたら……ありました。加工済みのお砂糖。

まぁ、多少茶色掛かっていたが、これも天然モノの色。


そうして小麦粉、イースト菌なんかはパン工房で少し分けてもらい、良く練ったそれをワッカに加工してから油に投入。これに砂糖をまぶしたもの。

通称、ドーナッツ。


前にも言ったが、俺の闇の中では全ての現象が固定される。つまり、劣化とかその類が完全になくなってしまう。(任意で設定は弄れるみたいだが。)

例えばの話、そんな空間に出来立てのドーナッツを格納していた、とすれば。


「お、おおおおお!!!???」「なんだこの匂いは!?」「は、腹が減ってきたんだが!?」「鼻の奥に、甘い香りが……なんだこれ、なんだこれ!?」


何時までも出来たての状態のドーナッツ郡が此処に。

基本俺はケチだから、その場に居た10人に、5個のドーナツを半分ずつ配ってみた。


「「「「「――――――」」」」」


そうしたら、全員が全員、何も言わず空を見上げて黙り込んでしまった。

如何した事かと少し焦って、けれども次の瞬間ギョッとした。

……なんで空見て泣いてんだよお前ら。


「「「「「俺、こんな美味い物初めて食った」」」」」


ハモるなハモるな。

とりあえず、餌付けは成功みたいだ。

連中からもっとその甘いものを渡せと詰め寄られたが、額を叩き倒して落ち着かせた。


「調理方法は教えてやる。しかし残念ながら材料が希少品でな。せめて流通ルートでも開拓してくれる人間が居れば、俺が有る程度投資するんだが……」

「うちは商家だ! 任せてくれ!!」「うちは食品店やってるんだ。その調理技術を是非伝授してくれ!!」「俺ん所は貴族だからな。カノンにも伝手があるし、手伝うぜ!」


見事なまでに食いついた面々。というかミラーくん、君って貴族なのな。


「次男で家督とか全然関係無いんだけどな」


そうですか。

因みにミラー君の場合、お菓子自体の魅力に憑かれた、というのもあるだろうが、その二次効果として語った“供給源に立てば女性にモテる”という所に食いついたと見た。


とりあえず、ノリノリの面子を集めて、“お菓子普及委員会”を結束し、その全員に手付金として金貨を十数枚ずつ渡しておく。

因みに金貨には、目的以外の不正な使用に対して罰が下る呪いが付加されている。

因みにこの呪い、名を“制約(ギアス)”と言う。別に目と目を合わせる必要も無ければ、暴走する心配も無いし、一回限りという制約も無い。

でも一番笑ったのは、この呪いが教会の開発した術だ、という点だろうか。回復魔術と同系列として扱ってるんだもん。本気で笑える。

とりあえず、呪いの事を確りと注意して、その金貨を全員に渡した。


「因みにこの計画にトップは居ない。各自、頻繁に連絡をやり取りする事。

――諸君、我等の甘き栄光の道は、ここから始まる!! 諸君、共にこの栄華を極めようではないか!」


俺の声に「「応!!」」と応えたその面子。

その欲望丸出しの晴れやかな笑顔に、俺はかなり満足げに頷いた。

人間、少なくとも利害が一致しているあいだは相手を裏切らない。自分が損する事なんて、だれもしたがらない。

こうして流通ルートを発展させた暁には、ケーキ類なんて売り出してみるのも良いかもしれない。

これこそ異世界(食)文明開化。

何せ三大欲求だからな。これの効果は強いぞ。


なんて事を考えてほくそ笑む俺達を見て、呆れたように眉間を指で揉んでいるジェイクの様子には、全然気がついていなかった。




そうして。

御菓子について語り終えた後、ウィンナーを齧りながらゆっくりと山道を進んでいたときの事だ。

正面に見える二股の分かれ道。

両方の道は、正面に広がる湖の外周を通って、再び同じ場所に合流するとのこと。


……のだが、その距離には少し差があり、西側ルートは少し距離があるが、その代わり比較的地形的にも安全なルート。大して東側は、距離こそ西側より短いものの、湖面と道にも大きく高低差があり、まして東側は完全に切り立った崖となっている。まさに地獄の一本道といった所か。


今回は少し急ぐ用事があったので、東側のルートを通ることに成っていた。

……のだが。その分岐手前、突如としてランドが東側へ足を進めることを拒否したのだ。

強引に前へ進まそうとしても嫌がり、まるで何かに怯えるようにその場に立ち尽くしてしまうランド。


「少し宜しいか、どうしても東側のルートでなくてはいけないのか?」

「ん? 如何かしたのか?」

「少し……何と言うか、嫌な予感がする」


咄嗟に前に進み出て、マルさんに直接声を掛けてみる。今からルート変更出来るとすれば、その権限は間違いなくこの人物にある。

そして俺はランドを信用している。そのランドが、理由も無く俺の行動を拒否するわけが無い。だとすれば、何か理由があるはずなのだ。

――それに俺も、なんだか良く分らないモノを感じているし……。


「うーん、しかし、一刻も早く姫さんを連れ帰れってのは、王直々の命令だしなぁ。俺も前衛職だから直感とかを重視したい気持ちは分るんだが、今回ばっかりは何かちゃんとした理由がないと……」

「そうですか……」

「悪いな。が、何か有りそうというのは分った。あらかじめ注意しておけば、例え何か有ったとしても、被害は最小限に防げるだろうしな」


言って、マルさんはそのまま東ルートへと足を進めた。


「……悪い」

「ガル……」


仕方無しに、謝りながらランドの頭を撫でる。

ランドの方も、此方の行動は理解してくれているらしく、小さく啼いて頷いてくれた。


「……いけるか?」

「ガウ――ッ!!」


勿論とばかりに頷いてみせるランド。

けれども、その瞳には間違いなく、何処か怯えるような色が見て取れて。


その事に、少なからず不安を覚えつつも、何事も無い事を只祈って、先に行った兵士集団の後続へと続くのだった。



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