052 - 【Lv24 盗賊の洞窟】?
洞窟の中は、ある意味予想外に警備が手薄だった。
いや、手薄とかいうレベルではない。
正直まともに警備が配置されていたのは、洞窟の入り口の一人っきり。
それも半分居眠りしていたような感じだ。
これは陽動とか不要だったかもしれない。
とりあえず、最優先目標……捕らわれの人間の救出を優先しようか。
決めて、更に洞窟の奥へと向かって足を進める。
洞窟の中は思ったほどには暗く無く、点々と所々に洞窟内部を照らす松明が設置されていた。
まぁ、風の流れがあってこそ、普通こんな洞窟で火なんて焚けば、二酸化炭素中毒で窒息死する。
隙間のあるこの洞窟ならでは、なのだろう。
とりあえず、俺の姿……というか闇は、光のあるところではかえってとんでもなく目立つ。
火を消すか。そう考えて、しかしそれだと人を引き付けてしまう。
闇は人の心に根源的な不安感を与え、それ故人は闇を払拭しようとする。
要するに、火を消してしまうと火をつけに人が来て、更に火が消えた原因を調べようとする。
ならば、如何するか。
四方八方と見回すが、当然の話此処は洞窟の中。四方を見回せど、見えるのは岩と土の壁ばかり。
……いや、天井があるか。
身体を覆わせていた闇から、左右三本ずつ、計六本の足を生やす。
足は両脇の壁を伝い、そのまま俺の身体を天井へと引っ張り上げた。
隠密行動時には何かと利用する蜘蛛足。
媒介がやみという事もあって、結構な無茶が効く。
天井付近まで上り、再び前へ向けて前進を再開する。
と、不意に前方から人の気配が近寄ってきて。視線を落せば、通路の先から禿頭の大男が鼻歌を歌いながら道を進んできていた。
前進を一時中断して息を潜める。文字通り目下を通り過ぎる男。
男の気配が完全に通り過ぎたのを確認して、再び前進を再開した。
++++ ++++
しかし、潜入任務といえば、思い出すのは元居た世界で俺のお気に入りのゲーム。
蛇さんが敵陣やら果ては戦場に潜入して戦うゲーム。
三番まではやり通したのだが、結局四番はまだやってないし。帰ったらやりたいなー、などと思いつつ、漸く目的の場所へと到達した。
鉄の網で区切られた個室が幾つかある牢獄。
盗聴した内容が確かなら、此処に戦士さんが捕まっているはずなのだけれども。
周囲を探査する。
すぐ近くに、此処の見張り番と思しき人間が二人。
薄暗い牢屋の前で、ランタンの灯に照らされながら、何かしらのカードゲームをやっているようだ。
……この程度なら、鎮圧するのは訳もない。
……のだけれども。なんだか気になる話題を話している。
「ボス、やっぱつえーなー」
「だってほら、大会でいいところまで行ったんだろう、ボス」
「あぁ、黒戦士だろう?」
「そりゃつえーよ」
「でも、偽者って噂無かったか?」
「ばか、そんな事ボスの前で言ったら殺されるぞ」
……ぃやぃや。
何処から突っ込みを入れれば良いのか。黒戦士じゃなくて黒騎士って呼ばれてましたし、第一その本人が此処に居るのに、もう一人此処で盗賊のボスやってるとかどういうことよ。
なんだか、俺の名前……というか、通り名を使ってる奴が居る?
いかにもパチ物臭くなっているけれども。
考えるのも面倒になってきた。額を少し押さえて、行動に移ることにする。
天井から落ち、そのまま闇の触手を用いて二人の見張りの後頭部に打撃を加える。
……蛇っていうか、忍者?
まあ、そういった所感は置いておいて。
倒れた盗賊の懐を探る。
なんだかドロドロ不清潔で、あんまり触りたくないのだけれども……と。
予想通り、この牢屋の鍵、見たいなのを持っていた。
大きな輪に、小さな鍵が幾つか通されている、鍵束タイプのもの。
それを手にとり、一番奥……いかにも、な感じに閉じられた扉を見つけ、其処へと歩み進んでいく。
他の扉はどれも中途半端に開かれていたり、室内が無人なのは一目瞭然だ。
「………?」
なんだろう、これは。
扉の前まで歩み寄って、その向こうから強烈な違和感を感じた。
違和感と言っても、カノンで感じた魔族の気配とかではなく、もっと単純な……魔術の行使されている気配。
身にまとった闇の濃度を更に上げ、鍵を鍵穴へと差し込んだ。
そうして、慌てて手を鍵から離した。
「……うわ」
瞬間、鍵が凍り付いていた。
いや、鍵だけではない。逃げ遅れた俺の闇の一部まで凍り付いていた。
なんだこれは。洒落にならないぞ、おい。
試しに足元に落ちていた石を戸に投げつけてみる。その瞬間、小石は白く変色し、次の瞬間にはサラサラと原形を留める事無く崩れ去った。
多分、だが。熱量操作マイナス系の……簡単に言うなら『凍結』系の魔術だろう。
それも余程上位の。俺の“闇を凍らせる”ということは、既に概念魔法の領域に踏み込んでいる、という事に成る。
しかしコレが捕虜を隔離する為に用いられているのだとすれば……穏便な進入は無理そうだ。
闇の密度を更に上げる。
闇の衣……魔法無効化属性及び黒の概念を全開に、練り上げた闇を一閃。
真ん中から真っ二つ……なんて非効率な事はしない。
ドアの蝶番をバッサリ斬り落した結果、ドアは奥……部屋の中へ向かって、ばったりと倒れた。
「――さぶっ!?」
部屋の中は、一言で言うなら……冷蔵庫。
此処でなら野菜も長持ちするんでないだろうか、と言うほどその牢獄はキンキンに冷えていた。
――黒麦飲料とか冷したら美味そ……自重自重。
少し寒かったが、一応この中には捕虜が居る筈だ。闇の衣を最低限のレベルに落し、薄らとした影にする。こうしておけば、殆ど視認不可能だ。
そうして入った部屋の中、見回すとその中心に一人、でんと腰を据えた鎧の姿があった。
――コレが捕虜なのだろうか?
鎧の身体には数多くの鎖が絡み付いており、ソレがどうやらアレの動きを封じているようだった。
「――誰だ」
そんな、男性とも女性とも判断のつき辛い、聞き取りにくい声が洞窟に響いた。
鎧が喋ったのだと気付けたのは、それに注意を払っていたおかげだろう。
「通りすがりの旅人です。お困りのようですが、良ければ手を貸しましょうか?」
言うと、鎧からは少し迷ったような気配が返って来て。
まぁ、そりゃそうだろう。こんな洞窟の奥の牢獄に、突然通りすがりの旅人が……なんて言われれば、俺でも何かの罠を疑う。
まして、ソレが本当に通りすがりの旅人だった場合、今度は本人の頭を疑う。
……まぁ、事実は如何あれ、鎧が捕まっている現状は事実なわけで。
「……頼む」
結局、選ぶべき選択肢はソレしかない。
帰ってきた答えに頷き、右手に魔力を集める。
この世界の『魔術』は、時間をかけて研鑽された『術』である。
その技術は当然の事ながら各所の門外不出の技となり、大抵は門閥やら国やらに保護されている。
が、何処の世界でも秘密なんていうものが完全な形であるはずも無く。
世を捨てた魔導師の魔導書が世間に流出したり、その魔導書の訳書やらコピーやらが出回ったり。そうしたおかげで、この世の魔術体系は生命の系統樹の如く複雑且つ数多くの種類を持っている。
そして俺が扱う魔術は、メイドさんに習ったウェストリー正統派に、野良魔導師の記したアレンジを加えた物と、術者の腕によってその成果が大きく異なってしまう意志操作系……大分するとこの二つだ。
「―――」
視た所、この鎧を縛る鎖は、刻印魔術の施された強力なものらしい。
種類的には抗魔力。……魔術師なんかを拘束するためのものだろう。
それでこの鎧を縛っているという事は……この鎧も、魔術を扱う、という事か。
――というか、この部屋の冷気も、この鎧が原因らしい。
この冷気は、この鎧を封じる為のものではなく、むしろこの鎧が外部からの攻撃から身を守る為に発している魔術なのだろう。
「――断」
呟き、手を振り下ろす。
パシンッ、という音を立てて砕け散る鎖。
「……抗魔の鎖を魔術で……」
「違う違う。冷気と切断、二種類の魔術に掛けられて、鎖がキャパシティーオーバーを起こしただけだから」
要するに、紙袋に荷物を詰め込みすぎた結果、紙袋の底が抜けたようなもの。
鎧の驚きの声に簡単な説明を入れ、その誤解を解いておく。
「――助力、感謝する」
「それは後で。それより、そろそろ外で騒ぎが起こるはずだから……」
身体にまとわりつく鎖を千切り投げる鎧を尻目に、周囲の様子を探るべく少し集中してみる。
のだけれども、態々集中する必要も無かったようだ。
――ズンッ!!
「――っ、敵か!?」
「ああ、いや……多分味方の援護砲撃だと思うけど……」
身構える鎧を尻目に、もう一度意識を集中して。
聞こえてきた盗賊たちの騒ぎ声。どうやら、でかい爆発で洞窟の所々が崩れてしまったらしい。
……ベリア、張り切りすぎ。