045 - 事の顛末。
それから。
カノン王国では、武闘大会に引き続き、お清め祭りが行われた。
衆目の面前でKオークを打破した勇者組は、カノンの民衆から見事勇者と認められ。
騎士団も、王を助け出したという事で、騎士団が不正規に動いていたという事はお咎め無しと成った。(王に剣を向けた、という事で、騎士の皆々様は処罰して欲しがっていたらしいのだが。)
で、俺はというと……。
「はーい、一列に並んでねー」
「小瓶一本銅貨30枚じゃ。何、高価い? 文句があるならば売らんぞ? そも、定価の三割以下の額じゃというのに……」
「リネア」
「――む。すまぬ主殿」
こうして、城下町で虹の雫を売っていたりする。
あの最終の表彰式で虹の雫を撒き散らした事で、俺は全ての瘴気を浄化できたものだと思っていた。のだが。
「主殿。瘴気は場所にも染み付くぞ」
なんて。リネアに指摘されて。
で、どうしたものか迷ったのだが。あのインテリ魔族を滅ぼしたおかげか、隠蔽術式を組み込まれた瘴気は普通の瘴気へと戻り、それに汚染されている事に気付いた人間が大量に現れた……という流れだ。
んで、俺の手元には未だ大量の虹の雫が残っている。
折角だから、少しだけ売ってしまおうか、と。
といっても、価格はリネアの言うとおり定価の三分の一程度。
かなり良心的なお値段設定だ。
……まぁ、溜めてある雫はまだまだあるわけで。
「あ、これそこ、割り込むでないっ!!」
ついでに言うと、売り子をしてくれているのもリネアだったりする。
何時ぞやのリネアの宣言どおり、魔力の供給如何によっては、リネアは実寸大のサイズで顕現できる。俺の魔力の何割かを与えて、こうして顕現して手伝ってもらっているわけだ。
物凄い魔力の贅沢な使い方だと思う。
因みに、ベリアは今現在カノン王宮での事後処理に走っている。
ベリアと俺との立場関係やら、事の騒動の後始末。事情説明やら色々を、其々辻褄が合うように偽装したり、または各国への報告をでっち上げたり誤魔化したり色々。
本当はベリアもこっちに付き合いたかったらしいのだが、残念ながら国家間の対話は彼女の本来のお仕事でも有る。流石に其方を優先すべきだ、と言っておいた。
そのとき何故かは知らないが、ちょっと恐い目で睨まれた。
「主殿」
「おっと、悪い」
物思いに耽っていた所為だろう。手の動きが止まってしまっている事に気づく。
リネアに一声賭け、慌てて次の瓶を取り出し、その瓶の中に虹の雫を詰めていく。
虹の雫自体は拾い物みたいなものだし、瓶は纏め買いで安く手に入れてある。原価に対しての儲けは遥か上だったりするわけだ。
全く。ぼろい儲けだこと。
――ただし。この時の俺は、まさかその日の昼のうちに、設けた金額の数割を、リネアの食費(甘味)につぎ込まされる羽目になるとは、夢にも思っていなかった。
俺がやった事。つまり、魔族退治云々に関しては、目撃者の皆様に目を瞑ってもらう事となった。
具体的には、俺はベリアの外部的な私兵という事にして、その存在を隠匿しておきたいから、という理由で俺の活動諸々を黙秘してもらう事にしたのだ。
何故か。簡単だ。
折角勇者が活躍したのだ。そこに、俺が水を差す必要もあるまい。そういう事にしておいた。
カノンの王様や助けた大臣は、何か礼をと粘ったが……まぁ、黙ってくれているのが一番と言うと、少し残念そうにだが、なんとか引き下がってくれた。
でも、俺を騎士として取り立てるとか。正直俺の得というよりあちら側の利を考えているような気がするあたり、さすが商業国家というか。たくましい。
そんなわけで、俺の成した事の成果は全て勇者組へ。
国に入り込んだ魔物を炙り出したのは、勇者とこの国の騎士、そしてベリアの三組という事に成った。
真実のところは大分違うが、まぁ、観客席で見ていた連中は、貴賓席でかわされた会話なんて聞こえていなかったろうし、むしろ勇者が活躍したのだという方が分りやすい。
人なんて所詮事実が如何であろうと、自分が納得できるだけの理由があればそれで良いのだ。
問題……といえば、二つほど。
俺が倒してしまったインテリ魔族。あいつに関して、俺が倒してしまってよかったのか、という話。
四魔将だかなんだか知らないが、ああいうのは晃に任せるべきだったかなぁ。
晃は、俺と違って殺し合いの経験は皆無な筈だ。一応現代の日本人。早々殺し合いの経験なんてあってたまるかという話でもあるのだけれど。
……が、重要なのは、ソレを経験しているか、という事だ。
0と1の差は大きい。無と有、死と生。
経験というのは、必ず後の武器となる。俺はその晃の経験すべき事柄を、一つ奪ってしまったのではないか……と。
簡単に言ってしまうと、経験値上げるチャンスを横取りしちまったヤベー、と言った感じ。
あ、あと晃に関する話。
どうも首尾よくKオークを倒せたらしい。まぁ、勇者をやるなんて話になった以上、あの程度で梃子摺る様では問題外なんだけれども。多少外部付加属性が見えていたけれども、たいした精度には見えなかったし。
この間商売を終えて町を散策していたら、魔術で複写された勇者パーティーがKオークと戦っているシーンが、劇画調で書かれた絵画と勇者の物語とセットで売られていた。
成程商人の国。例え国中枢に魔族が入り込んだとしても、それすら商売に利用する。なんと逞しい。
あ、Kオークといえば。
なんでもあの不細工、大地の精霊とか言うのを閉じ込めて、自分の力としていたらしい。
勇者はKオークを倒し、その精霊の開放によって大地の力を下賜されたらしい。
なんという厨二病的展開。中ボス倒して精霊開放て。何処のゲームか。
いや、多分だが、魔族側に捕獲された大地の精霊の本来の運用者は、あのインテリ魔族だったんではないだろうか。四天王っぽい存在みたいな事を仄めかしていたし、地位的にもあちらの方が上だろう。
何となく分る。ああいうインテリは、自分以外の能力に頼る事を物凄く忌避する。自分の実力が不足していると思われている、なんて思ったら物凄く怒る。自分には精霊の力など無くとも、人間如き滅ぼしてみせる、とか。
故に、戦力分散とか言って、自分とKオークの戦力比をなるべく均等に配置し、もし事が露見した場合、Kオークが倒されている間に自分はまんまと内政に入り込む、という保険的算段だったのではないだろうか。表立って事が済めば、其処で油断してしまうのが人間だし。
……まぁ、結局の所成立したのは
Kオーク=<晃パーティー≒インテリ魔族<<<|越えられない壁|<俺
かな? 俺ってとことん反則級なのな。
……ちょっと色々穿ちすぎたような気もするが、まぁ、大体はそんな感じ。
とりあえず、その程度。
「……さて」
とりあえず、虹の雫の午前中の販売は終了した。
後は……まぁ、リネアに相談した、もう一つの問題の話。
「では、図書館かの?」
「そうだな。何か手がかりがあると良いんだけど……」
言って、カノンの国立図書館へと足を運んだ。
此処に通って早数日。多くの魔導書がそろうこの図書館にも、然し残念ながら俺の求める資料は中々見つからなかった。
今現在、俺の能力……というか、闇の力が更に強くなってきていた。
その予兆としては、あの偏頭痛。あれは、力を増した能力を行使し、肉体側が悲鳴を上げていた、というサインなのだと思う。
……ソレまで安定していた筈なのに、何故突然力が増してきたのか。
考えてみれば、すぐに分った。
そもそも、あの偏頭痛が起こり出したのは、件の“赤銅の剣”との戦いの後だ。
彼との戦闘は、能力を行使すれば即座に勝敗が突く筈の、しかし能力と魔術を制限し、寧ろ此方に不利な状況で戦った。
限定条件で、此方の肉体を限界近くまで行使して……眠っていた能力が、更に目を覚ましたのではないか、というのが、俺とリネアの立てた仮説だった。
だとすれば。
俺の“力”の行使は、果てに自身を滅ぼすものなのだろうか、と。
しかしリネアが言うには、そんな事があるはずが無いのだと。能力も自身の一部である以上、それが自身を滅ぼすなどという事はありえない。
自らの毒で身を滅ぼす毒虫が居ないのと同じで、それはありえないのだ、と。
……なんだか妙に感情のこもっているリネアの説得に納得し、ならば何か方法はないかと力の制御に関する資料を調べあさって。
「………駄目だな、これは」
「そうじゃのう」
ついに二人揃って音を上げた。
「そも、主殿の能力はかなりの際物じゃて、そうそう参考になるような資料は見つかるまいが……」
「然し、こうも掠らないとは……」
正直、虹の雫売りと図書館での情報探索。
最近はこればっかりで、正直飽き飽きしている。
「……と、なれば最終手段に頼るしかあるまい」
「最終手段?」
「うむ……」
首をかしげて、リネアの方へと向き直る。
リネアの顔色は、なんだか少し難しそうに顰められていて。
「……それじゃ、先ず最初に、何処かのカフェにでも行こうか」
「――主殿」
「疲れたろ。ケーキでも食べて、休憩しようじゃないか」
甘い物は、疲れた頭に良いというし。
「……そうじゃの、主殿。よし、為らば妾は存分に食べるぞ!!」
「はっはっは。どんと来なさい!!」
そうして、近場で有名な甘味を取り扱う店を訪れたのだが。
――その店で、俺は色々と(主に女の子の胃に関して)怖い思いをするのだった。