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041 - 開放。

『なんとぉ、あの、カノンの騎士、赤銅の剣の二つ名で名高いリンド・シュタイナーが準々決勝で破れるという大波乱の今大会、しかし破った筈の黒騎士イーサンも負傷退場し、まさに混沌とする今大会、果たしてこの戦いを制するのは、一体誰だアアアアアアッ!!!!!』


上がる歓声。つまりは、そういう事。

正直な話をするなら、俺はまだまだ戦う事ができる。酷使した肉体は、何時の間にか闇が自動で補修して、前よりも力がみなぎっているくらいだし、魔術も闇も奥の手も、まだまだ何も使っていないのだから。

……いや、奥の手は少し使ってしまったか。


さて。で、まだまだ余力を残している状態で、何故俺が試合を降りたかというと。

そろそろ、準備を進めた方が良いと判断したからだ。


残すところもあと数試合。

ギルドVSも序盤戦で大分数が減ったみたいだし、個人戦もそうだ。

あの騎士はなんで一般枠で参戦していたのか知らないが、後残る枠にはシード選手やらがぞろぞろといる。

個人戦の決着がつくまで、余り時間は残されていない。


手早く鎧から旅人装備に着替えた俺は、そのまま一気に城の中を駆け抜けた。

幾分か瘴気が濃くなっている。なんだか悪い雰囲気だった。


言い換えるなら、悪い予感。

幾ら隠蔽されているとはいえ、これほどまでに瘴気が溜まっているのだ。そこを歩き回る人間が無事で居られるとは到底思えない。


俺でさえ酔ってしまいそうなこの濃度。

必然的に巡回、哨戒の兵士達の顔色も何処か青ざめて見えて。


見てしまった以上、放置してしまうのは少し忍びない。

軽く、気取られない程度に闇を集め、兵士達に憑く瘴気を掃っておいた。

といっても、浸食を初期値にリセットしなおしただけだ。根源を絶たなければ余り意味は無いだろう。精々時間稼ぎ。


けれども。つまり、もう兵士が倒れようが、多少の異変が露見しても如何でも良い、というほど、事は最終段階まで進行しているのか。

だとすれば不味いな、なんて考えつつ到着した大臣の部屋。


「―――――――――――――――――」


不意に聞こえた物音に、思わず身を屈めて。

しかしその物音が、大臣の部屋の中から聞こえる物だと気付き、今度は大臣の部屋へと耳を澄ます。

どうも物音ではなく、誰かしらの声だったようだ。


「……くく。貴様はそこでこの国が終わるのを見ているが良い」


………。うわぁ。

なんだか、良いのか悪いのか微妙なタイミングで到着してしまったらしい。

と、扉の向こうから足音が近寄ってくる。……って、不味い!!

四方を見回す。

此処は位の高い人間の部屋が立ち並ぶ、それもかなり奥の区画だ。

風通しの良いだだっ広い廊下に、早々隠れる場所が有る筈も無く。

普通の人間なら大丈夫だろう。けれども。もし、そこにいるのが人間ではなければ。

例えば、大臣を幽閉した魔族であれば。


不味い不味いと慌てた結果、結局その部屋から少し行った場所にある、上質な素材で作られている割りに、装飾は比較的質素な扉に飛び込んだのだった。


扉越しに足音を聞く。

――――ーコツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、………………

どうやら、無事に通り過ぎてくれたようだ。


「………誰?」


背後から突然声を掛けられて。思わずびくつき、慌てて背後を振り返った。

そうして、その少女を見た。

年の頃、13〜14くらいだろうか。

金色の緩やかなカーブを描く髪をベッドに垂らし、白いシーツの上で横になる少女。

その青い瞳に見られて居る事に気付いて、血の気が引きそうになって。


「此処は、私……カノン王国王が第二王女、エスペリア・S・カノンの部屋です。……何処か別の部屋と、お間違いではありませんか?」


言って、少女はこちらを見て。王女様だった。正直たまげた。声を上げなかった自分の自制心を褒めてやりたい。

……いや。よくよく見れば、少女の瞳は何処か濁って、俺を見ているわけではなく、その方向に目を向けているだけなのだ。


病気かと思って、しかし違和感に気付く。

そこに、これでもかというほどに深く根付いた黒いものを見つけて。

間違いない。呪いだ。それも、あるだけで徐々に宿主の体力を削るような、陰湿なやつ。視力も、その呪いの影響だろうか。

けれども、何故こんな少女に、こんな少女に?

……王女だから?


「申し訳ありません、王女様。自分は、……何処に属しているというわけでもありませんが、イーサンと名乗っている傭兵です。この城に、魔の気配を感じ、その事について少し調べていたところ、間違ってお部屋に入ってしまったようです」

「魔……ああ、そうなのね―――。そうですか。では、アナタが此処を立ち去るのであれば、あなたの素性は問いません」


どうやら、彼女にもこの城の異変については心当たりがあるようだ。

が、この状態ではそれを声高にいう事も出来なかったに違いない。漂っているのは、その諦めか。

…………、よし。


「はい。しかし、その前に……」

「……?」


首をかしげる王女様に近寄る。

見てしまった以上、心が揺らいでしまった以上、放っては置けない。それは人道に反する。

俺の信念に反する。


「王女様。少し我慢してくださいね」

「? 何を……」


少女に向かって、一気に闇を放つ。

闇が少女に接触した瞬間、少女の情報が闇を伝って流れ込んでくる。

彼女に喰いついた呪い。やはり相当に性質の悪い代物だ。

すぐ殺すわけでもなく、苦しめて苦しめて、苦しめ抜いてから殺す。外道の技。


幾重にも重なるソレを、一つ一つ噛み千切り、一つ一つ破り捨て、一つ一つ消去していく。

丁寧に。けれども迅速に。

この少女に、それ程の体力があるとも思えない。だから、手早く。即座に。


微かに感じる違和感。

調子が悪いわけではない。良すぎるのだ。

闇の把握率が上がっている。何故?

――いや。いまはそんな事は後回しだ。今やるべきことは、この少女の呪いを解く事。


最後の呪いを慎重に噛み千切って、残された不浄を全て少女の身体から吹き散らして。

そうして、闇を少女から退避させた。


「あ、う、………何……? ―――え、嘘……」


と。不意に少女の瞳から、ぽろぽろと涙が零れだす。

濁っていた瞳には少しずつ光が戻り、次第に死者のようだった瞳は生者のそれになっていた。


「――目が、見えてる……目が見えてる!!」

「おっと。少し待ちなさい。貴女は今まで臥せっていたんですから、いきなり声を上げれば怪我してしまいますよ?」


言って、少女を宥めてベッドに寝かしつける。

ついでにヒール……いや、リカバリを掛けておこうか。

癒し(ヒール)は自己治癒能力を高める魔術だが、再生(リカバリ)は外部から治癒要素を付加する魔術だ。

本来は高位の神官の魔術なのだそうだ(正確には法術というらしい。内容はそのまま魔術だった)が、何故か俺にも使えた。多分、魔力の出力の問題だろう。

本来はマナを用いらなければ為らないほどの高燃費魔術なのだが、俺のオドがマナに匹敵した、と。そんなところ。


――ではなくて。

王女様の額に手を当て、黒っぽい光を当てる。


「とりあえず、今は休むのが良いですよ。外は魔族が紛れ込んでいて危ないし……」

「――魔、族……?」

「……っと、いえ」


病人を不安にさせるような情報を渡して如何するか、俺の馬鹿。

それも、こんな少女だ。……出来れば、事を知るのは全てを終えてからにしてしまいたい。


「――いえ。戯言です。それより、もう王女様は御休みになられたほうがよろしいかと。大丈夫。次に起きたときには、ちゃんと貴女は光を取り戻しています」

「本、当……?」

「ええ。ですから、今はお休みください」


言って、少女に簡単な眠りの魔術を掛ける。

強制的に眠らせるような魔術ではなく、良い夢が見られますように、というような安眠のお呪いだ。

ついでに一つ。適当なガラス細工の瓶を取り出し、その中に虹の雫を入れて、王女様の枕元の小棚の上に乗せておいてやる。

これがある限り、如何な邪とて、そう易々と王女様に近寄る事は出来まい。


「――ありが……と……」

「……どういたしまして。お姫様」


最後に、そう呟いて眠りに落ちた王女様に、小さく告げて。

出来る事なら、この王女様が健やかに育てるよう、星の加護が在りますように。


「――――。……さて」


余計な時間を使ってしまった。

よくよく考えれば、計画実行までそう余裕の無い状態だった。まったく。余裕だな、俺。


パシンッ、と柏手一つ。


「それじゃ、行きますか」


呟いて、広い廊下へと繰り出す。

あのお姫様が健やかであるためにも。そろそろ良い加減、気色の悪い瘴気を撒き散らしている下種を駆除せねばならないだろう。


「それには、先ず大臣だよな」


必ず潰すという誓いを新たに紡ぎ。

小さく、こっそりと呟いて。

静かに、大臣の部屋へと忍び込むのだった。



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