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033 - 虹の雫。

「それでは諸君。少しの間、我々の護衛をお願いするよ」


言う商隊長の言葉に頷いて、移動中読んでいた魔導書を仕舞い、腰から剣を引き抜いた。

最近この剣も使ってなかったし、そろそろ訓練もかねてちゃんと使わないと。

とりあえず、木から垂れ下がってきた大蛇を二枚に卸して。

うん、切れ味は十全だ。


カノン王都から、少し南下した場所に、小さな森がある。

その名も、迷いの森。

天然のマナの残留濃度が高いとかで、なれない人間が足を踏み入れると、魔力酔いだかで、必ずと言って良い程迷子になるのだそうだ。

知覚系に作用する天然のジャミングだとか。いやはや。


今回の任務は、この森に湧き出る、虹色の泉。その水の採取を護衛する、と言うものだった。


大会に出場する事を決めたのに、何故こんなところに居るのか。

それは、むしろ此方の用事のほうが緊急だという事で……。


「…………………」


俺の影を泉へそっと這わせる。

影が泉に入った途端、その影を闇へと繋げ、一気に水を吸い上げた。


虹色の泉の水には、破邪の効果がある。

これは一部での通説であり、歴とした事実であり、強固たる武器でもあった。

その名も、虹の雫。

魔性を払う、万人に好まれる偉大な聖水だ。


泉の水をある程度吸い上げ、闇の中へ確りと保存する。

幸い、俺の闇は虹の雫に弾かれる事も無かった。

俺はどうやら邪悪ではないらしい。ちょっと安心した。


「然し……暑いな」


言いつつ、手近な木の幹に氷結魔術をかけ、簡単な冷房とする。

亜熱帯的な気候と、全身を覆う黒鎧。正直、何の罰ゲームかと。

この鎧自体の魔力で、ある程度の温度差は軽減される筈なのだが……湿度と言うか、そういうので物凄く暑苦しいのだ。

思い出すのは夏の通学ラッシュ。幸い、汗は俺一人分のものだけだが……。


「よう、アンタよくその格好で居られるなぁ!!」

「正直、大変です」


近くを通りかかった筋肉の男性……この任務を受けた剣士らしい……が、シャツ一枚の上半身でニッ、と笑いながら喋りかけてきた。


「なら脱いじまえよ、その鎧」

「いえ。一応仕事ですから」

「かーっ、硬いねぇ」


「男なら筋肉だぜ!」なんていいつつ、マッスルなポーズを極めるマッチョ剣士。

……うぇ、筋肉がピクピクしてる。かなりグロい。


「でも、此処毒蛇いますし、その格好だといざと言うとき……」


言って、今さっき真っ二つにした大蛇を見せる。

……あ、皮鎧着た。


「はっはっは! まぁ、お前さんも頑張れ!」

「……そちらも」


手を振って歩き去っていくマッチョ剣士。なんだったんだろうか。


聖職者は、呪いの類を祓うことが出来る。

俺の闇は、呪いの類を掃うことが出来る。


その差は簡単。呪いを許すか、力ずくで追いやるか。それだけの差だ。

結果的にそのどちらにも差はないし、最終的にどちらだって呪いを解く事はできる。


ただ、それにだって許容量はある。

俺が呪いを一度に掃えるとすれば、精々一度に五十人程度。

聖職者の類は、量より質で精々数人程度だろう。


もし、隠蔽された瘴気でクーデターでも起ころうものなら。

もし、感染が拡大した瘴気で、王都がパニックに陥ったら。


とてもではないが、俺の闇ではカバーしきれない。

そんなときの切り札として、これの用意をベリアに提案されたのだ。

リネアもその存在は知っていたらしく、即座にベリアの提案に同意。すぐさまそれの確保へ向かう事となったのだ。


因みに。ベリアとリネアは、二人で王都の調査を進めるらしい。リネアは、魔力供給可能な状態であれば、腕輪から離れていても大丈夫らしい。

ベリアだけでは不安だが、リネアがサポートしてくれるならば問題なかろう。


「なぁ、ランド。お前蛇って食うのか?」

「ガ」


喰えるけど、それは嫌。

そんな感じに首を振るランド。

真っ二つの大蛇をさしてみたのだけれども、まぁ、やっぱり嫌か。


「ガゥ」

「それよりもこの間のソーセージ? ……アレはとっておき。かわりにコレやるから」


言って、林檎をランドの口に放り投げてやる。

カプッっと空中で林檎を加えたランドは、そのまま林檎を一口で飲み干してしまった。


「ガウ」

「節約。次はもう少し後でやるから」


次を要求するランドに、そういって手をひらひらしてみせる。

此処は暑いからなぁ。水分補給はこまめにいかないと。


「…ガウ」

「いて、こら、蹴るな! いや、だからって齧るのも無し!」


要するに暇なんだろうかコイツは。

かまって欲しいとアピールしてくるランドに、仕方無しに鼻の頭を撫でたりして、相手をしつつ周囲を警戒しておく。

なんだか気配が乱れてきているし、そろそろ来そうな予感なんだけど。


「……ガウ」


ピクッ、とランドの耳が跳ねる。

途端に背を低くして、俺が上りやすい体勢へ。


「来たのか」

「ガウ」


背に上り、ランドの脇につるしておいた槍を構える。

騎上からの攻撃なら、剣よりも槍が向いている。


「出たぞおおおおっ!!!! グリズリーだああっ!!!」


叫びと共に、泉を覆う茂みの一部が弾け跳んだ。

中から飛び出してくるのは、武装した戦士が一人と、それに続く巨大な熊。

その中でもかなり巨大な熊が一匹。木々を押しつぶしながら現れていた。


「キンググリズリー……、やばい、逃げろおおおっ!!!」


その声を合図に、全ての商隊員が撤退を開始した。

冒険者は此処からが任務。商隊員の撤退を援護するのが任務なのだ。


「GUUOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

「「「ぐおあああああああああ!!!!!」」」


全長六メートルはありそうなキンググリズリー。

そのキングの咆哮に呼応するかのように吼えるグリズリー達。


そう、この連中が居るために、この虹の雫と言うのは矢鱈と価値がある。

それどころか、これ程の恵まれた土地に人が住まないのも、コイツが原因だったりする。


グリズリーたちを往なしつつ、適当にタイミングを見計らって撤退を開始する。

俺はランドが居るので最後尾。殿を勤める事にして。


「GURUOAAAAAAAAA」

「おっと、俺はお前の相手する心算は無いよ。……破っ!」


言いつつ、手を振り下ろそうとするキンググリズリーの肩に向かって、覚え立ての衝撃魔術を放つ。

倒してしまっても良いのだけれど、それではこの土地の生態系をひっくり返してしまいかねない。

彼等が居るからこそ、この虹の泉は人界から隔離され、それ故にこれほどまでに高純度の神性を保っているのだろうし。


途端体勢を崩されたキングは、そのままゴロンと音を立ててひっくり返ってしまった。

……おぉ、この魔術、属性系統の魔術より馴染むなぁ。


「「グルオアアアアアアア!!!!」」


親分を転がされて怒りの咆哮を上げるノーマルサイズのグリズリーたち。

といってもその全長は、平均でも2メートル以上ある。そろそろ、逃げ出したいんですが。


「良いぞ、トンズラするぜ!!」

「了解!」


前方から響くマッチョ剣士の声。あちらも十分距離を稼いだらしい。

ならば、だ。後はランドに任せて離脱すれば終了。


「そういうわけで。さようなら、だ」


言って、ランドの背中を軽く叩く。

それを合図に駆け出すランド。その速度はかなりの速度で……。


「って、げっ!?」

「ガル!」


それを追走してくるグリズリーたち。何だ連中、意外に早い!?


「速度はもう無理?」

「ガル……」


出せるけど……、と表情を曇らせるランド。

成程、これ以上は俺が危険だし、どちらにしろこの速度なら商隊にも追いつかれてしまう。

……仕方ない。


魔力を集中させる。

この魔術には明確な式が無い。

必要なのは強壮な意識図。現実に等しい空想。現実を侵食する空想。

想像し、創造する。


「墳!」


地面に向けて手を掲げる。

途端爆発するかのように膨れ上がった地面。爆発した地面に巻き込まれたグリズリーたちは、その衝撃で少しバランスを崩して。


「没!」


次いで、掘り起こされた地面が一気に陥没する。


「グルオアアアアアアア!!!」「ゴアアアアアア!!!!」


くぼんだ地面に、掘り起こされた土で上から蓋をされ、その中に転がり落ちたグリズリーたちはそんな咆哮を上げてもがき苦しむ。

腰まで半分生き埋めになっているようなものだ。そのうち抜け出す事はできても、数分で抜け出すというのはありえない。

――コレなら流石に追いつけまい。


「やっぱ使えるな、この魔術」

「ガル」


なんて会話をしつつ、舵をランドに任せるまま、商隊へ向かって草原を駆けるのだった。



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