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003 - 勇者と魔王。

「嗚呼くそっ!!」


あてがわれた部屋に入った瞬間、そんな毒を吐く。

なんて面倒くさい。この世界、ファンタジーの癖にファジーどころか物凄くクレイジーだ。

実害さえなければ他人が何であろうが如何でも良い。そう思っていた時期がありました。

……なんていうか、この城は気色が悪すぎる。

新たに召喚された勇者。それを、なんとしても自分の派閥へ組み込もう……というか、勢力拡大を狙う政治的な思想がグッチャグッチャと。

正直、俺も早々に勇者を否定せねば、この政争に巻き込まれかねない。


「…………………………」


いや、もしかしたら巻き込まれるのは既に決定しているのかもしれない。

なにせ、あの馬鹿(アキラ)は既に巫女さん……王女と仲良しこよし。例え俺が此処から脱出したとして、後々面倒な事にはなるだろう。係わり合いにはなりたくないが。

結局、後始末をする羽目になるのだろう。俺が。


そもそも、魔王云々という時点からして怪しい。

この城、魔物に被害を受けている云々言っている割りに、贅沢品が多すぎるのだ。

魔王、なんていうのは案外迷信の類……なんてオチにも備えておかなければ。

……しかし、そうだとすると召喚されてしまった身としては……。


「勇者と魔王……ね」


頭の中に浮かんだ単語を口にして、不意に懐かしく感じた。

その単語は、俺にとって意外と身近な単語だった。

ベッドの上で寝返りつつ、言葉を覚えるためにと借りてきた絵本を読みつつ、少しだけその単語について思い出していた。


元の……というか、嘗ての世界。

そこでの、俺と晃のあだ名が、魔王と勇者だった。


まず、晃のあの容姿を見れば、だれでも見とれるのは間違いないだろう。

加えてあいつは、極度のお人よしだ。

困っている人が居れば、なんとか力を貸してやりたいと思うような馬鹿なのだ。


で、助けられた側にしてみれば、美形の美少年が無償で力を貸してくれる。

――まさに後光がさして見えたのだとか。


そんなのが数十件。十数件ではない。数十件だ。


次第にファンクラブやらシンパやら、果てには宗教団体規模の変な組織まで結成されていた。


で。当然の事ながら、そんなまぶしい人間を嫌う人間だって多い。

唯単純にウマが合わない、なんていう人間も居たが、そういう連中はまだましだ。

嫌い、というのを顔に出しこそすれ、だからといって敵対するわけではない。


最悪なのは、ソレを妬み、僻み、何故だか攻撃してくる下種どもだ。

そういう連中に限って、馬鹿みたいにつるむ。つるんで、勢力を拡大する。

仮想敵が出来ると、例え悪人といえど一つにまとまるのだ。





で、晃の幼馴染である俺は、そんなゴタゴタにほぼ高確率で巻き込まれる。

というか、晃の一番身近で、尚且つ狙いやすそうなのが俺なのだそうだ。

幸い、昔に習っていた武術と、そもそも持ちえた反射神経とか、勘とか。そんなもののおかげで、そういう類の襲撃は返り討ちにする事ができたが。


チンピラ集団に絡まれた回数数知れず。八つ当たりの的にされた回数数知れず。

無論、殴り潰した。


陰湿な嫌がらせ攻撃を受ける事数知れず。例えばブレーキに細工とか。

やった奴は勿論、日が沈むたびに正気をなくすまで追い詰めて、黄色い救急車に叩き込んでやった。


で、何時の間にか防衛行動から予防行動までするようになっていた俺は、件の不良連中から“魔王”なんてこっ恥ずかしい二つ名を頂戴するにいたったのだ。


……闇討ちが主流だった所為か、勇者との掛け合わせだったのかは知らない。


いつのまにかそんな二つ名が裏で広がり、勿論一般人は別として、俺はそんな畏怖の対象として見られる羽目になってしまったのだ。


剣術の晃と、拳術の俺。

二人で殴りこんだ廃倉庫……嗚呼、懐かしい。


「………クスッ」


不意に笑いが漏れる。思い出すついでに、色々と懐かしい思い出まで蘇ってきていた。

一度だけ。生涯で一度だけ、勇者(アキラ)魔王(ヤマト)のカードが実現した事があるのだ。


晃は少女を助けるため、一般大衆の倫理観を敵に廻そうとして。俺は、その一般大衆の倫理観の下晃に戦いを挑んだのだ。

倫理的に見れば俺の正道。大衆的に見れば晃の正義。

……まぁ、結局は晃側についた人間が多すぎて、止める事は出来なかったが。

それでも序盤は愉しかった。

俺の金属入り手袋と、晃の木刀との打ち鳴らし合い。

拳を振るうことをあそこまで愉しいと思ったのは、あのときが最高潮だったと思う。


「……………………」


――やべ。ホームシックになってきた。

うん。時間も遅い。今日はそろそろ寝るか。


欠伸でごまかし、目元をこすってベッドに横たわる。

帰れるかは分らないが、出来れば帰れたほうがいいなー……。


なんて思いながら、その日はベッドに沈むのだった。



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