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023 - 風呂を作る。入る。

魔術というのは、それほど万能の技でもないらしい。

魔術に出来る事は、大まかに言うと物理法則の擬似的短縮行為でしかない。

まぁ、要するに“魔術”という方法があるだけでしかないのだ。


が、それは魔術という選択肢が増えた、と言う事でもある。

今まで限られていた手段に、更なる選択肢が増える、と言う事。


「髪の色って偽装できる?」

「髪の色……ですか?」


問いかけると、ベリアは少し考えるようにして顎に手を当てた。


「出来ない事はないと思いますけど、……あまり長い事持ちませんよ?」

「うーん、なら染色したほうが良いのかな……」

「染色剤なら、道具屋で売ってると思いますよ。……でも、何でそんな事を?」


問われる。

その答えを上げるなら、俺のこの黒い髪の毛は物凄く目立つからだろう。

顔立ちこそなんとかごまかせるものの、俺の目と髪の色……黒だけは如何しても誤魔化せない。


「なにしろ、目立つしなぁ。鎧でカムフラージュ……偽装しているとはいえ、ある程度誤魔化さないと、鎧と俺を結び付けられてしまう」

「鎧って偽装だったんですか!?」


滅茶苦茶目立ってるじゃないですかー、とベリア。

まぁ、確かに。しかし、この世界でこの黒い髪と目をさらすことに比べれば、真っ黒な派手装備如き、吹雪の前の粉雪。小さな嘘で大きな嘘を隠したわけだ。


「というわけで、髪の色を変えて、鎧なしで行動しようと思ってる。流石に、何時までもアレを着ていたいとは思わんよ」

「なら、私がちょっと行って、染料買ってきますね」

「頼めるか? それじゃ、宜しく」


言って、ベリアは先に部屋を出て行った。


「さて、それじゃ俺は身体でも洗ってくるかな……?」


言いつつ俺も部屋を出る。

城を出て少しした頃に知ったのだが、この世界、あんまり風呂という習慣が無いらしい。

いや、無いわけではないのだが、温泉地へ行くでもない限り、風呂に入るのなんて王様貴族の類ばかり、らしい。


と成れば、当然こんな町の宿に、風呂なんて洒落た物が用意されているわけもなく。

俺はあの城から逃げてきた。が、風呂には入りたい。

この難問を、如何するべきか。


「女将さん、この近くに綺麗な水源の川は無いかな? 人気の少なそうなところで」

「おや、剣士のあんちゃん……川ねぇ、小川ならウチの裏を流れてるけど?」

「連れてって貰っても?」

「構わんよ、おいで」


部屋を出て、丁度この宿屋の女将と鉢合う。

この女将、俺のいかにも禍々しい鎧姿を見せても、こうして普通に話しかけてくる剛の者だ。

他の宿泊客いわく、元冒険者でブイブイ(誇張表現)言わせていたらしい。


「しかし、川で何するんだい? 洗濯?」

「いやぁ、身体を洗いに。ついでに、何とかして風呂にも入れないかなー……と」

「風呂? そりゃまた、珍しい事を言い出す。アンタ、貴族出身かい?」

「いやいや。俺の出身地方が少し代わったところで、何かと湯につかる機会が多かったんだ」


言いつつ、宿の中を通って、裏門から建物を出る。

と、其処は宿の表とは違い、人気の無い森に面した場所に成っていた。


「此処はさ、町と山岳に挟まれた小さな森で、危険な魔物も出なく知る人間も少ない、隠された憩いの場なんだよ」

「へぇ……」


視線を動かす。……成程、確かに危険な気配もなければ、不自然な魔力も感じない。

……うーん、作ってみようかなぁ……。

頭の中に構想はある。けれども、上手く行くかは試してみないと分らない。


「……なぁ、女将さん。此処に風呂作っちゃ駄目か?」

「風呂って、こんな所にかい?」

「ああ。簡単な奴だけど、作ると成るとちょっと騒がしくなるんだが……」


言われて悩むそぶりの女将。

が、しかし彼女はすぐにその顔をニカッっと微笑ませた。


「ああ、どうせ晩までは客も増えないだろうし、少々五月蝿くしたところで問題なかろう。それに、私もアンタの作る風呂にちょっと興味があるよ」

「……そんなに期待しないでくださいよ?」


言いつつ、許可を取ったことで風呂作りをする事は決定した。


「それじゃ、ちょっと失礼」


いって女将を下がらせる。

先ず最初にするのは、風呂場の製造だろう。

小川の近くまで移動し、その場所に闇で大きな穴を掘る。


「コレは魔術か? 闇を操るなんて珍しいねぇ?」

「まぁ、そんな感じの代物です。悪目立ちするんで、内緒でお願いします」


さすが元冒険者でブイブイ(誇張表現)言わせていた剛の者だけあって、女将さんは俺の闇を見ても目を丸くするだけだった。

綺麗に四角く掘り取った地面に、今度は火炎魔術を叩き込む。簡単な術式しか知らないのだが、まぁ魔力を増量すれば何とかなるだろう。一気に燃え上がり、半分トロけかかった地面は、既に溶岩に近くなっていて。


「で、更に裏技……っと」


今度は大地の魔術を使う。岩を召喚する魔術を用いて、溶岩の中に幾つもの岩を召喚する。

岩自体は別の場所から呼び出した物なので、それほどの熱量は持っていない。

岩に熱量を奪われた溶岩に、更に風の魔術を掛けてその熱量をじゃんじゃか飛ばしていく。


この蕩けた溶岩が乾いた頃、此処には石畳の敷かれた立派な露天風呂が完成するだろう。まぁ、肝心のお湯が無いのだが。


ボイラー……なんて作ろうと思ったら、それこそ鋼を操る魔術を学ぶか、職人に依頼して作るかするしかない。

けれども、風呂を作るのならば、其処までする必要なんて無いのだ。

例えば焚き火の中で石を焼いて、ソレを風呂に何個も投入する。

そうすると、石の熱を吸い取った水が、勝手にお湯になって行く、と。


「まぁ、そんな感じで、石焼風呂にしようかと」

「成程ねぇ、そういう手があるのか。あたしゃてっきり、鍋に湯を沸かして汲むのかと思ってたよ」

「それだと湯が冷めちゃうでしょうが」


言いつつ、風呂の形を整えていく。

闇の触手は感覚こそあれど、たかが熱量で俺に害をなすことなんて出来ない。

闇で風呂を固定していて。その最中に、不意に違和感を感じた。


「………?」


なんというか、熱量がおかしい。

俺の闇は、それ自体がセンサーのような役割を果たす事もできる。その闇の感覚に、少し違和感を感じていた。

風呂自体の熱は……焼いたので言うまでもないのだが、その他に何か、熱源があるような気がするのだ。


何だろうかと首をかしげて、しかし基本的にこの世界の事情を知らない俺は、早々他に思い当たることもなく。


「女将さん。この辺りって、火山でもあるのか?」

「うん? ああ、少し行ったところに火山があるね。まぁ、噴火なんてしたのは大昔で、もう此処数十年噴火してない。ま、火山のおかげで葡萄も育ってたんだがね」


頷く。ならば、この熱源にも納得は行く。


「………女将さん、ちょっとプランを変更するよ」

「ん? 如何するんだい?」

「……温泉、掘ってみようじゃないか」


言いつつ、地面に向かって闇を広げる。その中で、最も勘にヒットする部分を探して、ゆっくりと辺りを練り歩く。コレも一種のダウジングである。


「………此処だな」


ソレは風呂場の少し横。まだ穴を掘っていない、宿寄りの一角だった。


「女将さん、また危ないから下がってて」


言って、地面へ向かって闇を放つ。

先ず最初に地面をくりぬき、其処に小さな水槽を作る。今度も火で焼入れをしたが、今度は少し加減した。どうも粘土を含んでいるらしく、ある程度の温度で見事に固まってくれた。

次いで一直線に真下へ向かって力を解き放つ。

今まで行使した中で、まさに手加減無用に解き放った。

なにせ、相手は大地だ。俺如きの力ぐらい受け止めてくれるだろう。

……っと、なんだ岩盤風情が俺の邪魔をする気か! それ、グリッと。よし、抉れた。


「………見つけた!!」


闇の通った道筋に熱を通して補強し、一気に闇を引き抜く。


「やべ、女将さん逃げて!!」

「え、ええっ!?」


ぶしゃあっ!!

そんな音を立てて、地面から水……いや、高温の水源があふれ出した。

湧き上がる硫黄臭。温泉。そう、まさしく温泉だ。

活動していないとはいえ火山の近くだと言うし、まさかとは思ったのだが……本当に在るとは。


噴出した温泉は、そのまま俺が二つ目に作った水槽にゆっくりとたまっていく。

風に煽られて、湯溜りから吹き上げた熱風が此方へと吹き込んでくる


「アチチ、コレがあんたの言ってた風呂かい?」

「いえ、まだ未完成ですよ。何しろ、このままの源泉じゃ温度が高すぎて入れない。ここに川の水を引くなりして、温度を下げてやるんですよ」


言いながら、再び歩いて適当な場所に移動する。


「この源泉の沸く槽を第一水槽として、第二水槽に川の水と温泉水を引っ張るか……あ、逆流しないように高低差つけないと駄目なのか……」

「はー、興味本位で許可したんだけど、なんだか大層な物に成るんだねぇ……」

「いやいや、女将さん。コレ、商売になるから」

「うん?」


やっぱり認知されてなかったか。認知してれば、この事態にそんな平然とした態度で居られる訳もないし。


「温泉って言うのは儲かるんですよ。温泉には美容、健康、その他諸々の効果があるし、第一リラックス……安らぎの効果がある。温泉でゆで卵を作っても良いし、……まぁ何にしろ、一儲けの大チャンス、というやつですよ」


風呂場の形を整えて、女将さんに向き直る。


「まぁ、嘘だと思うなら試してください。銅貨一枚で風呂に入れるようにしたら、多分かなり儲かりますよ?」


銅貨一枚は日本円で言うと大体400円くらいの感覚だ。


「へぇ、でも、アンタは良いのかい? そんな事あたしに教えちまって」

「勿論。俺は只風呂に入りたかっただけだし。……あ、なら俺が居るパーティーは、この風呂に入るときにお金取らない、って言うのは駄目ですか?」

「なんだい、そんな事で良いのかい? 勿論いいとも。これはあんたの作った風呂何だし」


とはいっても、この土地は女将さんのものだ。

俺はただ場所を借りただけだし、資金だって俺の魔力以外は何も使っていない。

……まぁ、風呂と言う習慣が無い以上、温泉の経済威力も分らないのだろう。


「それじゃ、俺は先につからせてもらっても?」

「ああ、勿論。入っておいで」


言われて、肩をすくめて鎧を脱ぐ。


「あら、黒髪。しかもアンタ、アタシの子供くらいの年齢かい?」

「不吉なんで、秘密にしてるんです。内緒にして置いてください」


言いつつ、笑いながら立ち去る女将さんを見送って、鎧と衣服の全てを脱ぐ。流石に世界中を巡った冒険者らしく、変な偏見は薄いらしい。本当いい人だ。

水と混ざった温泉を風呂に引き、風呂場を水で満たしていく。もう大分冷えていたらしく、風呂場が温度差で割れる事もなく、視界は良い感じの湯気に包まれていった。


「さーて、と……」


湯に指を入れる。大体42〜3℃くらいの、少し熱めの良いお湯だ。

それを確認して、一気に湯の中につかる。

ザバーンなんて、異世界に来て久しく聞く風呂の音だった。


「くぁー――、良いねぇ………」


そう、コレこそが日本人の安らぎ。

風呂と日本人は切っても切れない関係にある。風呂こそが、日本人の原点であるのだとさえ俺は思うのだ。


「………やばい、極楽過ぎる」


周囲に見えるのは、宿屋の裏手と薄明るい森。

人の気配なんて全く無くて、だからこそ気付けば身体が一気に弛緩してしまっていた。


――そりゃ、ソレも当然か。

そんな自分の身体に、苦笑しながらそんな評価をつけた。

なにせ、異世界に来てこの方、ずっと緊張しっぱなしだったのだ。あの王宮では、勇者の友人と言う事で何かと周囲から監視され、城を出た後は追っ手を確認したり、魔物の襲撃を警戒したりと。


宿で休みこそしても、一刻も早くウェストリーを出るために、朝早く出発したり、身体を洗うにしても川の水で身体を擦るだけだったり……。


「ふはぁぁぁー―――……………」

「ヤマトさーん、何処にいるんですか……うん?」


そんな、極楽に思わず吐息を漏らした、丁度そんな時。

ガタリと音を立てて、宿屋の裏戸が開いた。


「ちょ、ま……」

「あ、ヤマトさん、こんな所に…………………………………――――――――――」


不意に聞こえたベリアの声に、慌ててソレを静止しようとするが。しかし、その前にベリアの声は何かに驚いたように固まってしまった。

この風呂場、なにせ作ったばかりで、仕切りなんてものは用意されていない。

場所だって、宿屋の裏と森の間。小さな庭のような場所だ。


つまり、だ。

裏とをあけると、必然的にベリアは、全裸の俺とご対面、と言う事で。


「にゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!??????」


そんな悲鳴を上げて、ベリアはその場に倒れ伏した。


「お、おいおいおい………」


慌てて闇から手ぬぐいを引っ張り出し、軽く身体を拭き、下着を身につけてベリアに駆け寄る。……駄目だこりゃ、完全に目を回している。

まぁ、お嬢様だもんな。男の裸なんて見たこと無いか。


思った以上に純情なお嬢様を抱え、取り敢えず風邪を引く前にベッドに運ばなければと、裏庭の風呂場を後にするのだった。



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