第5話 再会
「――――起きて。お姉ちゃん、起きて!」
自分を必死で起こそうとする誰かに身体を揺り動かされ、紫音はゆっくりと目を開ける。
かすみがかった視界に最初に映ったのは、見慣れた自宅のフローリング……ではなく、乾いてひび割れた茶色い大地だった。どうやら自分は地面の上にうつ伏せで寝ているらしい。
(あれ……私、何でこんなところで寝てるんだろう……?)
地面に伏せたままの姿勢でぼんやりと地面を眺めながら紫音は記憶を辿る。
確か健康診断を終えて病院から自宅に帰った直後、いきなり視界がノイズに埋め尽くされてしまい廊下に倒れたのだ。そしてそのまま意識を失ってしまい……気づけばこうして地面の上で寝ていた。
「ねえ、お姉ちゃん!」
幼い少女の声と共にまた誰かに身体を揺すられる。
『お姉ちゃん』
とても懐かしく感じる言葉だ。そう呼ばれるのは、本当にとても久しぶりな気がする。
休みの日の朝はこうして自分のことを呼びながら、よく花音が起こしてくれたものだ。だけど、ふかふかの布団の中で花音に揺り動かされるのはとても心地がよく、彼女が困ったような声で自分のことを起こそうとしているのが何だか可愛くて中々起きられなかった記憶がある。
「ねえ、お姉ちゃん~!」
そう、こんな風に困ったような声で花音は自分のことを…………――
そこまで考えた瞬間、微睡みの中にいた紫音の意識は一瞬にして覚醒し、彼女は勢いよく飛び起きる。
「わっ!」
突然起き上がった紫音にびっくりしたのか、驚きの声と共に目の前で小さな女の子が尻もちをついた。
その姿を見て、紫音は小さく息を呑む。
華奢な体躯の少女は、紺色のジャケットにプリーツスカートという出で立ちをしており、胸には金色のエンブレムが縫い付けられている。
冷艶清美な紫音とは対象的な可憐で幼い顔の彼女は、茶色みがかった前髪の奥からその大きな瞳を丸くしてこちらを見上げていた。
「か、花音……!?」
紫音の口から思わず上ずったような声が出る。
夢か幻か。目の前にいたのは、星宿花音。今は亡き愛する妹だった。
突然飛び起きた紫音に驚いたようで、目を丸くしていた花音だったが、やがてニコリと弾けるような可愛らしい笑顔を見せる。
「よかった、気がついたんだね。全然起きないから心配しちゃったよ」
「あ、あなた……本当に花音なの?」
「そうだよ?」
震える声で尋ねる紫音に、花音は首をかしげて何でも無いように答える。そんな彼女の姿に紫音の視界が揺らめいた。
着ているものも髪も顔も声もしぐさも、最後に離れ離れになったあの時から何一つ変わっていない。
震える紫音の手が花音へと近づく。
断言出来る。
自分の目の前にいるのは正真正銘、星宿花音だ。
「花音!!」
そう叫ぶと紫音は飛びつくようにして花音を抱きしめる。先の白昼夢とは違って今度は声を聞くことも、触れることもできた。
暖かい。心臓の鼓動を感じる。
間違いない。今、自分の腕の中にいる花音は生きている!
この世に二人といない愛しい妹。突然自分の元からいなくなってしまった愛妹。
何度あの日のことを後悔しただろう。何度再びこうしたいと思っただろう。
いつしか紫音の口から嗚咽が漏れる。彼女の瞳から涙があふれ、こぼれたそれが花音の髪を濡らした。
「ど、どうしたの、お姉ちゃん?」
さめざめと泣く紫音の耳に、腕の中から困惑するような花音の声が聞こえる。
きっと姉としては酷くみっともない姿かもしれない。ひょっとしたら花音に笑われてしまうかもしれない。だけど、それでも――
「何でもない……何でもないの。でも、もう少しだけこのままでいさせて」
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