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アンリアル・デスゲーム~少女は仮想の世界で斃し続ける~  作者: 至儀まどか
第1章 少女は仮想の世界で斃し続ける【完結済み】
24/52

第24話 研ぎ澄まされた殺意

「あ、起きた!」


 鈍い後頭部の痛みに目を覚ました紫音の耳に、花音の嬉しそうな声が聞こえる。最初、ぼんやりとしていた視界だったが徐々に鮮明になってくる。

 はっきりとした視界の先には、こちらを見下ろす花音の柔和な笑みがあった。妹の笑みに応えるようにして紫音も虚ろな顔を綻ばせる。流れでそのまま妹にハグをしたかったところだが、まずは現状の把握に努めることにした。


 あれからどれだけ経ったのかは知らないが、どうやら自分は畳の上で仰向けになって気を失っていたらしい。その原因は、裕貴から食らった一撃によるものだ。紫音の視点からでは、殴られたのか蹴られたのかまでは分からなかったが。

 そのことに対しては、もちろん腹立たしい思いで一杯だった。だが同時に彼女の胸には、不思議な感謝の念もあった。

 何故かと言えば、それは紫音の頭の位置が花音の膝上にあるからに他ならない。

 彼女は今、妹に膝枕をされている状況だった。

 極上の感触が紫音の頭を支えている。きっとこれを怪我の功名と言うのだろう。不思議と後頭部の痛みが引いていくのが分かる。

 本当は、このままいつまでもこうしていたかったところだが、そうも言っていられない。確かに感謝の念はあるがそれはそれ、これはこれだ。一発食らわされた分、しっかりとあの男に返さなくてはならない。


 オーダーメイドの高級枕をも遥かに凌ぐ心地よさに名残惜しさを覚えながらも、紫音はゆっくりと身体を起こして格技室内に視線を巡らせる。だが裕貴の姿は既にどこにも見当たらなかった。

 今この広い格技室にいるのは自分と花音の二人きりだった。


「こら、まだねてなきゃだめだよ」


 そう花音にたしなめられ、紫音は身体を横たえる。再び花音の膝枕が紫音の頭を迎え入れた。


「花音、あの男はどうしたの?」


『あの男』と言われ一瞬誰のことなのか分からない様子の花音だったが、やがて誰を指しているのか理解したらしい。


「裕貴さんのこと? 裕貴さんなら作戦室にもどるって言ってたよ?」

「……そう」

「安心して。お姉ちゃんがやられた分は、わたしがしっかりと仕返ししておいたから」

「仕返し?」


 怪訝な顔をする紫音に花音はふんすと鼻息を鳴らす。


「うん、足にキック一発かましてやったの。でも平気そうな顔してそのまま行っちゃったから、そんなに効いてないのかもしれないけど……」


 後半は、やや自信なさげに言う花音。

 そんな彼女の言葉に唖然として目を(しばたた)かせていた紫音だったが、やがて小さく吹き出してしまう。


「やっぱり花音はすごいね。私なんかとは全然違う」

「お姉ちゃん?」

「私は奴に一発も入れられなかった。軽くいなされて、気絶させられて終わり。一人じゃ何も出来なかった」


 最後の方は吐き捨てるように言って、紫音は目を逸らす。

 負けたことについてもそうだが、感謝の念だのなんだのと心の中でのたまっていた自分が情けないやら恥ずかしいやらで、花音と視線を合わせることが(はばか)られた。


 黒曜石のような瞳を細め、すっかりよその方向を向いてしまった紫音に対して、どう声をかけていいのか悩んでいる様子の花音。

 だがやがてふるふると首を振ると、おもむろに紫音の手を両手で包み込む。


「一人でかかえこまないで。わたしたちはふだんは二人いっしょに戦うんだもの。一人での負けなんてノーカウントだよ」


 力強い花音の言葉に紫音は視線を元に戻す。自分を見下ろす妹は、慈母のような笑みをたたえていた。そんな妹の頬に唐突に朱が昇る。


「それに一人じゃ何も出来ないなんてうそ。少なくともわたしはお姉ちゃんにいっぱい助けてもらってる。お姉ちゃんがわたしを助けるって言ってくれた時、とてもうれしかったもの」


 自分に告げられた包み隠さぬ情愛の言葉に、紫音の表情は一瞬穏やかな笑顔を取り戻す。

 だがそれは、脳裏によぎる裕貴の言葉によって再び曇ってしまった。


『お前が助けたいのはお前の電怜じゃなくて、妹を救えなかった無力だった過去の自分なんだろう?』


 無論、花音のことがどうでもいいなんてことは天地神明に誓って決して無いと言える。たとえ電怜であっても、彼女は愛すべき自分の妹なのだ。

 だけど自分は彼女を救うことで、死にゆく妹を前に何もすることが出来なかった過去の自分を救おうとしている。それは裕貴に指摘された通り、事実だ。


 もしそれを花音が知ったら、果たして彼女はどう思うだろうか。彼女の消滅の危機を利用して過去の自分を慰めようとする……そんな自分を軽蔑するだろうか。もう二度とこうして自分の手を優しく包んでくれることはないだろうか。


 そんなことを考えたら、紫音はたまらなく怖くなってしまった。




 * * *




「初回だってのに随分と手酷くやったじゃないか」


 ファウを伴って作戦室へと戻ってきた裕貴を典千紗が苦々しげな顔で出迎える。そんな彼に裕貴は心外だとでも言わんばかりに肩をすくめる。


「奴が本気で向かってきたものでな」

「僕の目には、その少し前に君が専用線で彼女に何かを言ったようにも見えたけど?」

「……俺のやり方に文句はつけない。そういう約束で奴の戦闘訓練を引き受けたはずだったが?」

「別に文句ってわけじゃないさ。ただ容赦ないなって感心してただけ」

「容赦していたら訓練にならないもんでな」

「まあ、それはそうなんだけどね――」


 そこまで言いさしてから、典千紗は裕貴が顔をしかめながらしきりに(すね)をさすっていることに気づく。


「どうした? 戦闘訓練で痛めたか?」

「ん? ああ……これは、奴の電怜の仕業だ」

「花音ちゃんの?」

「『お姉ちゃんをいじめるな』だとさ。果敢に俺に向かって蹴りを入れてきてくれたよ。どうやら姉妹揃って嫌われたらしい」

「へえー、あの子がねぇ」


 典千紗は目を丸くして感心の声を上げる。

 好戦的な姉とは対照的で冷静な妹だと思っていたが、こと姉のこととなると意外とそうでもなかったわけだ。そういうところは姉妹そっくりなのかもしれない。


「相当痛かっただろうに、この人ここに来るまでずっと効いてないフリしてたのよ」

「余計なことを言うな、ファウ」


 呆れたようにパートナーの涙ぐましい努力を語るファウの言葉を、裕貴は鋭い鞭のように遮る。

 さしもの彼も幼い花音に対して反撃することは出来ず、やせ我慢して戻ってくる他なかったわけだ。

 そんな事情を察して、典千紗は皮肉を形の良い唇に浮かべる。


「報いってのは、悪いことすると訪れるものなんだねぇ。天網恢恢(てんもうかいかい)何とやらってことかな。それで、紫音ちゃんはどうだった?」

「……奴がこの世界でまだ一度も死んだことが無いのは奇跡としか言いようがないな。まあ元のポテンシャルはある程度あるようだから、使い物になるようにはしてやれるが」

「お、最初は戦力を増やすため嫌々って感じだったけど、だいぶ乗り気になってくれたじゃないか」

「心境の変化というやつだ」


 そう言って裕貴は作戦室のディスプレイに映る紫音の姿を眇め見る。

 彼女は未だ起き上がることが出来ないようで、花音に介抱されながら仰向けに横たわったままだった。


「やっぱやりすぎだねぇ。次から気をつけなよ?」

「……ああ」


 横から剽げたようにたしなめる典千紗に裕貴は濁したような返事をする。

 彼とて本当はあそこまで手酷くやるつもりはなかった。電怜のギフトがあるとは言え、所詮紫音の正体は戦いに身を投じて一ヶ月足らずのただの女子高校生。軽くあしらう程度のことは彼にとって朝飯前だったはずだ。


 だけどあの時の裕貴にそんな余裕は無かった。

 紫音の本気知りたさに投げた挑発の言葉。それによって返す刀のごとく向けられた殺意に、彼の背筋は凍りついてしまっていたのだ。

 (やぶ)をつついて出てきたのは蛇ではなく竜だった。

 アンリアル(ここ)に来るよりも遥か前からいくつもの死線を潜り抜けてきたはずの男が、ただの女子高校生の殺意に気圧されてしまった。

 あの場で表向きには平静を装っていたが、それでも身体は全力の防衛を選択してしまったのだ。


 だが紫音によって殺意を直接向けられ肌身で感じたことで、裕貴は彼女の言っていたアンリアルを統一する理由をようやく信じることが出来た。

 彼女の言葉を鵜呑みにするならば、その育ちと年齢からは到底考えられないあの殺意にも合点が行くというものだ。


(あの女……四年間でだいぶ()()()()ようだな)


 紫音の殺意の正体に気づいた裕貴は、一人憐れむような笑みをディスプレイの中の少女へと向ける。


 あれは、あの殺意は、彼女が四年もの間、妹を助けることが出来なかった無力な自分に対して向け続け、ひたすらに研ぎ澄ましてきたものなのだ。


 そしてその鍛え上げられた殺意は、今やアンリアルで相対するプレイヤーに対して向けられ、彼らの肺腑(はいふ)を冷たいもので満たしている。


「迷惑な話だな」

「えっ? 何が?」


 首をかしげる典千紗に、裕貴は無言でかぶりを振った。

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