制裁
未だ故郷の日本は寒い。
と言っても、ロシアやらの北方の国では無いから耐えられなくもないが。まあ、こちらも一応人間なので、冬の神様に言ってみるのもありかもしれない。
しかしーー
「あ、おはよう優多」
「おはようございます、どうしましたか?」
鳥の鳴き声が聞こえる気持ちのいい朝。
主に会ったのは朝食からすぐの事、仕事に向かおうと廊下を歩いていたらばったりと鉢合わせてしまった。
いや、まあ、悪いとは言わないが……。どうやら少しばかり何か企んでいる。そんな気がして、早く話を切り上げたかったのだが……。
ーー八つ橋を頼まれるなんて思ってもみなかった。
元々ここに住んでいた自分からすれば大まかな地理感覚は身につけている。だが、流石に青森から京都までなんて行くまで気が滅入る。
ため息をつきながら、測量を続ける。
まあ、今の自分なら5分もあれば到着するのだが……。それ以前にお土産の量が尋常ではない。これだから毎回出張は嫌になる。まあ、行きと帰りが困難なだけで、過程は物凄く楽しいのだが……。
「早く終わらせて観光したい……」
仕事の殆どがひと段落ついて、受け取った紙をポケットから取り出す。
『お土産メモ』
・八つ橋100個
・その他お菓子200個ぐらい
「業者かよ……」
愚痴をこぼしつつ、測量を終えた優多は、駅を目指してただひたすら田舎道を歩く。
その道中奇妙なものを目の当たりにした。
歩道を、車が走っているのである!
「ちょ、ちょっと!」
何をしているのか!
優多は、驚愕に思わず身体が動く。よく見てみれば、犬が紐でつながれているではないか!これは、確信犯だ、そうに違いない。
優多は、静かなる憤りに声を荒げる。しかし、なんの反応を示すことなく、自分が車に追いついて尚、アクセルペダルを踏み続けている……。
「何やっているんですか!止まりなさーーあぶな!」
こいつ!窓を閉めてきやがった!しかも徐々に速度が上がってきている。
小走り程度じゃ追いつかない犬を半ば引きずられて、酷い有様だった……。これが人間のやることかと、この非道者に激しい怒りを覚え、半開きの窓を力任せに下げると、ドアは歪み、軽く車体が浮く。
よく見れば、運転士がリードを持っていた。
「な、なんだよお前え!」
「貴方……。人間ですか?」
「んだよ!放せよ!犯罪だぞ!警察を呼ぶぞ!」
「その脅しがこの僕に効くとでも?」
一気に握力を加えると、不自然に急停止する。
しかし、中のドライバーの思考が優多には出来ず次の瞬間に起きることを想像するなんて出来ずーー目の前に広がったのは一本の……。紐でーー
『しまった!』
その一時の油断ーー遅れてやって来るタイヤの摩擦する音。そして、吹き飛ぶ左指ーー
一瞬、優多にはいくつかの疑問が生じたが、考えるのも馬鹿馬鹿しい。
急発進した軽自動車は歩道を突っ切り、普通に走ってでは追いつけないまでの距離まで遠ざかっていたが、優多にとって、そんなのハンデでもなんでも無かった。ただ、逃亡しただけーーそう、ただ自分から遠ざかっただけなのだ。
「本当なら閻魔様達の仕事なのですが……。いないのなら仕方ないですよね。まあ、一般市民相手にこの力はなるべく見せないようにしなきゃいけないのですが、まあ田舎なんで大丈夫でしょう」
左指はもう痛みすら感じさせない。若干こんな時に絶好調なのは不本意だがーーまあ、いいか。
「「「ゴンッ」」」
一瞬にしてコンクリートで舗装された歩道が大きく抉られ、優多は一瞬にして空を飛ぶ。
ーーが、着地は失敗。派手に転んで、転がって、転がって。
それでも飛んで、未だ飛んだ時の勢いが有り余っていたので、コンクリートを滑りながら車に追いついたーー
「「「ガリガリ」」」
という。常人には普通、考えられないだろう現象を今優多が涼しい顔してやってのけている。
それは、一人ではどうにもできない相手をいとも簡単に追い詰められたということ。
それは、普通では有り得ない、超人的な力を発現したということ。
優多が力任せに下げた車窓は壊れて塞がれてはおらず、高速道路並みのスピードで走る車を捉えるには簡単で、
優多は、左手で思い切りサイド部分を掴むーー
「「「ガシャン」」」
その瞬間、大きな轟音を立てながら車体が歪むのとともにエアバッグが膨れ上がる。
さて、中の輩は無事だろうか?
呆れた面構えで中の人間を引っ張り出して一言。
「大丈夫ですか?」
そんな自分に気付くと、急に青ざめた面をして土下座。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいい」
「いいですよ今更。まあ、やったことを今更撤回してくれと懇願するよりはまだましですが……」
手帳を取り出して何か書く、優多に当人は、何をしているのか不思議そうであったので
「今、閻魔様への報告書の為のメモを取っているんですよ」
「ーーは?」
「これも僕の仕事の一つなんですよ。なんせ多世界は広いので」
「ま、待てよ!なんの……なんのことだよ!」
「さあ?あなたみたいな人になら別に僕がなんて言おうが自由なんですよ。信じないでしょうから。でも、僕にはまだ、貴方の作った仕事があるので、これにて」
そう言って優多は、振り向くと早々、駅へ向かおうと魔術を唱え、早々に姿を消す。
元々、自分の故郷が何故、多世界の存在と接触しなかったのかといえば、神の概念、宇宙人の存在などが誇張され、しかも間違った探求心さえあるものが多過ぎる。それ故の結果だという。
まあ、でも能力を使っちゃダメなんて事は無い。あくまでも、使うのを控えるというだけ。
そもそも、そういうのに興味がなさそうなら、別に見られても問題にはならない。
さて、閻魔様への報告書の前に「買い物」という名のお仕事が残っているのが一番辛いのだが、まあ、早く仕事を終わらせたということもあって4日も余裕がある。
最初にやるべきことはホテルの予約だな。
《終わり》