穴蔵の生活
大人になることが許されない世界は、人間のみにしか適用されない。
そのため、世界には魔物、動物で溢れ、自然が生活環境を侵食していく。
子供だけでは生活基盤を維持出来ない。
だからこそ、生存率も激減し、人工そのものが減少傾向にあった。
だが、たくましく生きている者達も居る。
「お兄ちゃん凄い! またイノシシ取ってきたのね!」
幼い女の子が穴蔵から出てくる。
穴蔵の外に居たのは、そこまで身長は大きく無く線が細い印象を受けるが、鍛え抜かれた腕や足が見て取れる精悍な男の子。
五年前、一瞬にして大切なものを奪われた少年が、10歳になっていた。
10歳にはまるで見えないほど、彼の顔は疲れ切っていた。
だが、無理に笑顔を作り出す。
彼が唯一守りたいもののため、彼は無理をする。
「ただいま、爺ちゃんは奥で寝てるのか?」
「うん! さっきちょっと起きたけどまた寝ちゃった。傷口が痛むみたい」
五年前、ピーターが去った後、残された彼らはとにかく走った。
どこに行くわけでもなく、走った。
途中、彼らの自宅の前を通りすぎたのだが、破壊の跡が大きすぎて、彼は自分の自宅だと認識出来なかった。
そんな彼らがどこをどう走ったのかわからないが、たどり着いたのがこの穴蔵だった。
雨露がしのげる。
そんな思考はよぎっていないが、本能的にそこに住めると彼は思った。
だが、そこには先客が居た。
「誰じゃ」
そこには、白髪、同じ色のヒゲを蓄えた老人が既に住んでいた。
彼はその声に反応出来ず、ただ立っているだけだった。
老人の目線が手の中の光り輝く球体に向く。
視線を察した彼はとっさに隠す。
「まぁなんじゃ、とりあえず中に入れ。外に出てると危ないからのぉ」
老人は左足を引きずっていた。
その言葉に甘え、中に入る。
「まぁ、とりあえず食え。食いながらお主のことを聞かせておくれ。なーに、ここに住んでワシも長い。人恋しくてとにかく話がしたいんじゃ」
手渡しされたのは、肉と牛乳で似たスープのようなもの。
正直、普段彼が食べているものと比較すると粗末すぎる料理だが、彼は貪るように食べた。
意識していなかったが、もう2日、何も口にしていなかった。
食べながらポツポツと話す。
何があったかを。
ポタリポタリと涙を流しながら。
流した涙は、光り輝く球体にも落ちる。
「そうか、やつがそんな近くまで現れたのか。こりゃ、ここもそろそろまずいのかものぉ」
「おじいちゃん、あれが何なのか知ってるの?」
「あぁ、知っておる。ワシはあれを止めようとしたのだがの、力が足りず駄目じゃった。というより、あれは災害のようなものじゃ。近寄っちゃいかん。ワシだけは止めなきゃならんかったのじゃがのぉ、無念じゃ」
ヒゲを撫でながら、寂しそうに語る。
その言葉の意図するところは掴めなかったが、彼は、目の前の老人が『強者』だと感じた。
「おじいちゃん、ボク、この子を守らなきゃいけないんだ。だから、色々教えてくれない?」
5歳にして、必死の訴え。
何をどう言えばいいのかわからないが、精一杯紡いだ言葉。
その言葉に、目の前の老人は言葉に詰まる。
自らが止めようとしているあの者が何をしているかを改めて突きつけられたような気がした。
「ふぉっふぉ。こんなワシでいいなら、いつまでもここに居るがえぇ。一緒に生活しながら教えてやろう、生きるための方法をの。その女の子も含めての」
「女の子! 妹なの!?」
老人の言葉に驚く彼。
自分の弟か妹かとわかっては居たが、性別まではわからなかった。
「ほぅ、それはお前さんの妹じゃったのか。そうじゃ、その子は女の子じゃ。出てくるまで、もう暫く時間がかかるがの。とりあえずはお前さんがもう少し成長するまでの時間はあるのぉ」
「そっか、そっか!」
どっちでも良かった。
でも、妹と認識したことで、意識が強くなった。
守らなければという意識が。
そこから彼は、老人が教えることを全て吸収しようとした。
獣の狩り方、料理、生きるための知識。
だが、そんな彼にも、高い壁があることがわかった。
彼は、魔法が使えなかった。