結末の後の、最初の話。
その世界では、長らく大人になるのが難しかった。
10歳で成人と言われ、16歳になると基本的には死ぬ。
なぜか。
それは、まことしやかに言われている、『ピーター』と呼ばれる世界の敵が襲ってくるから。
笑い話にしかならない。
そう言って、皆笑った。
だが、それはやってきた。
真っ黒な虫のような、影なような異形の者。
大小様々なその影のようなものは、一瞬にして街を覆い、大人を殺していく。
大小様々なそれは、共通して、16歳以上の人間の首を切っていった。
台風のようなそれは、嵐のように通り過ぎ、残った街には15歳以下の人間しか残らなかった。
彼も、その嵐に巻き込まれた一人。
彼の両親は、ほんの数秒前まではそこに居た。
笑ってた。
手を繋いでいた。
暗くなったと思って、ふと自分の影を見た。
目をあげると顔が無かった。
頭があった場所からは、ビュービューと、血液が吹き出し、彼の顔も汚している。
「パパ、ママ、、、」
彼は5歳になった。
その誕生日を祝ってもらうはずだった。
その場で、事前に教えてもらっていたことをパパに発表するはずだった。
ママと自分だけの秘密だったこと。
幸せなことしか、幸せな未来しか見えていなかった。
だからこそ、一瞬の間に訪れた絶望を、5歳の少年が受け入れることは出来なかった。
「わあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
ただただ叫ぶしか出来なかった。
ひたすら泣き叫び、涙で視界が歪み、自分の両親が直立不動のまま動かない様を、ただただ見つめている。
ひたすら泣き叫び、疲れ果て、どれくらいそうしていたかわからないあと、ふと、自分の背後に誰か居るのに気づく。
泣き叫んだまま、振り返ると、真っ黒なローブから、キラキラと光る剣が見え隠れしている、人間と思われる者がそこに居た。
「誰、、、?」
彼は思わず訪ねた。
眼の前に居る者が危険な相手かどうかの判断も出来ない。
ただ、口についただけ。
その彼の言葉を意に介さず、目の前の相手は近づき、母親の前に立つ。
すると、眼の前の相手は、光る剣を振り上げた。
と、同時に、母親の足の間から首まで、両断され、そのままバタンと倒れた。
その光景を理解出来ず、恐怖から彼は再び叫んだ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
母親の血のついたその剣は、見たことの無い意匠をしていた。
だが、特徴的だったのは、柄頭から紐がぶら下がっており、その先に真っ赤な球体がついており、
その中に、羽のような物が見えた。
彼はもう立ち上がる気力もなく膝をついた。
眼の前の者は、倒れた母親の遺体に近づきしゃがみ込む。
何かされると思った彼は、守ろうと目の前の者に飛びかかろうとする。
だが、膝立ちの彼は前に飛ぶことも出来ず、無残に顔から地面に倒れ込むだけだった。
手を頭の上に伸ばした状態で、身体が恐怖で震え、うまく動かない。
そんな彼の両手に、目の前の者は、温かい何かを乗せた。
それは、光り輝く球体に入った胎児だった。
そう、父親に秘密にしていた、母親と自分の秘密。
自分の弟か妹が出来たという報告。
それをするべき相手はもうおらず、産むはずだったものも事切れている。
だが、自分の手の上にあるそれは、紛れも無く、自分が守るべき者だった。
『暫くは大丈夫だ。頑張って、頑張れ。お前は兄なのだから。お前が育てろ』
どこか金属が擦れたような、人間の声のような、そのような言葉を発した眼の前の相手。
自分の手の上に、守るべき相手を乗せた相手は、そのまま立ち去ろうとする。
「待て! 待って!!!」
手の上にあるものを壊さないように、彼は声をあげる。
自分では最大限大声をあげているつもりだったが、最早枯れつくし、掠れたような微かな声しか出なかった。
だが、やはりその声は目の前の相手には届かなかったのか、どこかに去ろうとしている。
その相手の周りに、どこからやってきたのか、地面を歩いている人影が2つか3つ、空を浮いているのが3つ、いつの間にか影が増えていた。
その中の一つ、空を浮いているものの一つがこちらに振り返る。
その顔は女性で、顔半分は隠れて見えないが、もう半分は悲しそうな顔をして、こちらを見ている。
そして、声は発していないが、口だけはこう動いていた。
『ごめんなさい』
動ききった後、突風が吹き、一瞬目を閉じた間に、誰も居なくなっていた。
そして残されたのは、彼と、手の中にある胎児のみ。
これが、彼がどうしても守りたいものが出来た瞬間であり、彼がどうしても『ピーター』を殺したいと思うようになった瞬間。
一生をかけて守るべきものを、一瞬にして1つに減らされた。
そして、生き延びた彼は、あの憎き相手が、『ピーター』であることを知った。
だからこそ、彼は模索し、守る。
『ピーター』を殺し、守るべき相手を守る方法を。
図らずもそれは、手の上に置いた後、告げていった言葉を守ることにも繋がった。