第6話
「あの料理、女の子に出すには重過ぎたか」
「そうだな。食べごたえは抜群だが、鹿肉の野性味が勝ち過ぎていたかも知れないな」
「だけど、冬野菜とのバランスを考えると、鹿肉はあの調理法がベストだったんじゃないかと……」
「確かに季節感は感じさせるが、女性に出すには、もう少し洒落た気持ちにさせる皿でも良かったな」
くっ……指摘が的確過ぎてグウの音も出ない。
何だろう、この説明の付かない敗北感は。久々にガックリだ。
「だが、あの料理は文句無く美味かった。それはオレの舌が保証する」
打ちひしがれる俺を、ガウルは少し冷めてきたポトフを啜りながら慰めてくれた。
「鹿肉を残していたのは、ややポッチャリ気味の子だったよ。体型を気にしていたのかもな」
なんて言いながら「ま、オレはもっと肉付きの良い女が好みだけどね」と、ガウルは顎に手をやりニヤリと笑った。
しかし、あの分厚いローブの上から、よくもまあ女の子の体付きを見て取るもんだ。獣人族の目は透視すらも可能にするのだろうか?
「そういえば、ここで世話になってから一度も女の影を感じないが、店長に彼女はいないのか?」
ぼけっ、と青い瞳に見惚れていたせいで、不意打ちみたいにスッ飛んで来た質問に、思わず椅子から腰が浮き上がりかけた。
「ちょっ、なんだよ、いきなり!?」
余りにもストレート過ぎる質問に、顔がボッと赤くなるのが自分でもハッキリ分かる。
ここはとりあえず、水を飲んで落ち着こう。
「あ。それ、オレの酒」
言われてからでは遅い。甘酸っぱさと苦みの入り混じった、秋の芳醇な実りが口いっぱいに広がった。
改めていま一度、確認しよう。俺はあまり強い方では無い。
「オンナなんてのぁなぁ、俺がその気にならぁ、ひろりやふらりは~」
「ほう、それは頼もしいな。ちなみに今まで何人くらいと付き合った事があるんだ?」
「……いえ、それは、まあ、具体的な数字を聞かれましても当方と致しましては」
「何故に敬語?」
「なんか、いま一瞬で酔いが覚めた」
「で、付き合った人数は?」
「……いや、その」
「まさか店長……その歳で童て」
「黙れい! それ以上は許さんぞ! だいたい俺には心に決めた女性がいるんだっての! 文句あんのか!?」
「文句なんて、とんでもない。素敵な話じゃないか。何というか、穢れなき魂とでも言うべきか?」
「穢れなき魂って、俺の事をバカにしとんのか!」
「オレが聞いた話では、人間族は未経験のまま二十歳を迎えると、精霊に転生するとかしないとか」
「精霊? 俺は、妖精になるって聞いたけど」
「そうか。では店長は、あと数年そこらで妖精になってしまうのか」
俺がなるとしたら料理の妖精かな? そいつは斬新だねっ!!
「って、なるかボケ! 魔法使いにだってならんわ!」
「魔法使い?」
ガウルは一瞬、きょとんとした顔をして、「ああ、魔法使いね」と、独り言のように呟いた。
その奇妙な間に、おや? と、違和感を覚えたが、酔いが回ってきたせいか、"おや?"の正体を追う気にはイマイチならない。
「それでその、心に決めた女性というのは?」
「はあ? 何でそんなのお前に教えなきゃなんないんだよ」
「美人系? キレイ系? 可愛い系?」
「そうだなぁ、どっちかっていうとキリッとした感じで……」
「ならクールビューティー系か」
「いやぁ、そこまで大人っぽい雰囲気じゃなかったかなぁ」
「では、お姉さん系か? だとすると、しっかりさん系? と、思わせてドジっ娘系? ああ、もしかして近所の幼馴染系か?」
「細っかいわ! いいか、良く聞け、あの女性は……」
完璧に酔っ払っちまったせいか、我ながら口が滑る滑る。
結局、俺は散々渋ってたクセに、戦場で命を救ってくれた赤い髪の女剣士の事をペラペラ喋り出していた。
「赤毛の女剣士か。ご時世柄、戦闘職の女性は珍しくもないが……それで、その女剣士の名前は?」
「それがさあ、名前を聞くの忘れちゃったんだよね。でも、帝国騎士団の本陣にいたし、多分、騎士だったんじゃないのかなぁ?」
「おいおい、帝国騎士団は戦闘要員だけで200人はいるんだぞ」
「へえ、そうなのか。騎士って、思ってたよりも大勢いるんだな。帝国騎士団って、少数精鋭なエリート集団だと思ってたんだけど」
「ああ、そう思っている人も多いようだが、『帝国騎士団』とは、本来は陛下直属の9人の騎士『皇帝騎士』たちの事を指していたんだ」
「9人? たったの?」
「そう、たった9人だけの騎士団だ。だが、ナイトナインは魔王を倒す為に大陸中から集められ、選別された精鋭中の精鋭だ」
なるほど。大陸中から選りすぐって10人にも満たないとなれば、そいつは確かにエリート中のエリートだ。でも、それじゃあ現在の帝国騎士団ってのは、どんな立ち位置なんだ?
俺の疑問に、ガウルは首をすくめて答えた。
「言い方は悪いが、せいぜい義勇兵を組織しただけの寄せ集めの戦闘集団、かな」
「それはなんか、ちょっとアレだな」
うーん、俺の想像していた騎士のイメージとは、どうも違うな。
金髪で背が高くて爽やかでカッコイイ鎧と長剣と盾とマントと……まあ、そんな感じで。
「でも、俺が軍にいた頃に見かけた帝国騎士団は、結構立派に見えたもんだけど」
「格好だけならどうとでも出来るさ。それこそ戦意高揚の為にね」
「せんいこーよー?」
ちょっと、何いってるか分からない。
首を傾げてみせると、ガウルは難しいレシピを教える爺ちゃんみたいな顔をした。
「そうだな……店長は帝国軍にいた時は、なんて部隊に所属していたんだ?」
「俺がいた部隊? 帝国軍第一補給部隊所属特等糧食班だ」
「おお、何だか格好良いじゃないか」
ガウルの感心したような顔に、何となく誇らしげな気持ちになる。
「でも、それが単なる給食係だったら、どうだ?」
「給食係? なんかイマイチやる気が出ないな」
さっきまでの誇らしい気持ちが、みるみる萎えていく。
確かに「自分、軍では給食係でした」とは、あんま吹聴する気にはならんわ。
そうか、ネーミングは大切なんだな。よし、これからはメニューの名前を決める時には気を付ける事にしよう。
「そういう事だ。現在の帝国騎士団なんて、義勇兵の集まりに仰々しい名前を付けただけさ」
「ふーん、詳しいんだな。ガウル」
「帝都育ちの男なら皆そうさ」
ガウルは給仕服の襟を摘まんで「オレ、都会っ子」と、気取ってみせた。
「しかし、名前も分からないのでは、探そうにも手の打ちようがないな」
「それが良いんじゃねえか。憧れの女性なんて、そんなモンだろ?」
「もう一度、会いたいとか思わないか? あわよくば手を出すとか」
「俺なんかが手なんて出したら大火傷するわ」
いいんだ。あの日に出会ったのは、きっと火の女神だったんだ。
料理を作る度に、火に向かって祈る度に彼女は微笑んでくれる。
出会えただけで、一度でもあの笑顔が見れただけで十分満足だ。
ほら、いまだって、こうして目を閉じるだけで……グルグル目が回る。かなり酔いが回ってきたようだ。
「ところでガウル。お前、俺にばっか喋らせてズルいぞ。お前こそ彼女いないのかよ」
「一夜限りの彼女なら、数えきれないほどに」
「お前……いつか殺されるぞ」
「はっはっは。殺したいと思われるほど、愛されてみたいな」
ガウルは心の底から楽しそうに笑い、おどけた調子で長い脚を組み替えた。
「複雑なヤツだな。じゃあさあ、もう一度だけでも会いたいなんて思う女性はいないのか?」
って、あれ? 俺が聞いたのと同時に、ガウルは凍り付いたように固まってしまった。
さっきまで、あんなに楽しそうにしていたのに、まるで仮面の様に表情までもが失われている。
あまりの変わり様に心配になって「ガウル?」と声を掛けると、聞き取り難い小さな声が返って来た。
「もう一度だけでも会えるのなら、俺は────」