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第5話

「店長。その調子で、昼に来た女の子たちを思い出してみるんだ」

「その調子って……?」


 真新しい旅支度と、鎖の刺繍が入ったお揃いの青いローブ。3人とも俺より少し年上で、振り返って二度見するほどではないとしても、まぁまぁ可愛い女の子たち、って感じだったかな?

 思ったまんまを伝えると、ガウルは「それだけ?」と言いつつ、すっかり空になったグラスを俺に向けて傾けてきた。


「それだけ? って、言われても……まあ、そんだけだよ」


 ガウルのグラスに葡萄酒をなみなみ注ぎ足し、自分のグラスには半分くらい注いでおいた。正直、俺はあんまり強くない。


「ふっ、店長はお子様だな」

「はあ? んな事ぁねえよ!」


 なんだ・テメェ・その、小馬鹿にしたニヤケ(づら)は!

 俺はムキになってグラス半分を一気に呷って見せつけてやったが、飲み切った途端にゲップとしゃっくりが同時に出た。

 おウぇ……やっぱ止めときゃ良かった。


「おいおい、いきなりどうした? 無理をするな」

「ウぷッ……どうよ!? 俺はお子様じゃねえぞ!」


 自覚はしているが、俺は煽られると瞬間的に燃え上がっちまう悪いクセがある。

 糧食班でも散々からかわれては、しこたま飲まされたんだ。「酒が呑めなきゃ、酒に合う料理なんて作れないぞ」、なんて煽られてな。


「分かった分かった、お子様呼ばわりしたのは謝る。でも酒の話じゃないんだ」

「酒じゃなきゃなんだっての」

「女心だよ」

「は? オンナゴコロ?」

「そう、女心」


 ガウルはすぐさま冷たい水を持ってきて、俺に差し出してくれた。


「少しづつ飲むんだ。一度に飲むと胃がびっくりする」

 

 暖かくって大きな掌が、俺の肩に優しく乗せられる。

 ああ、やっぱりガウルは気が利くなあ。俺が女だったら惚れてまうわ。

 ちょびちょびと俺が水を飲み始めると、ガウルは満足気な顔をして自分の席に戻った。


「あの衣装と向かう方角からして、あの娘たちはテトラ・テ・マに向かうのだろう。店長、教会都市には行った事はあるかい?」

「教会都市『テトラ・テ・マ』か……あんま興味が無いんだよな」


 俺の店から遥か南方に位置する聖都『テトラ・テ・マ』は、聖鎖教会本部『大聖鎖堂(テトラ・アーク)』を中心に栄える、教会関係者や信者が住む宗教都市だ。ただし、聖鎖教の信者は己を厳しく律する戒律を持ち、”食べる楽しみ”すら拒絶すると聞く。

 爺ちゃんは「あそこは美食に関して不毛の地です」と毛嫌いしていたな。


「ま、俺みたいな不信心者には縁の無いトコかな。名物料理の一つも聞かないし」


 "名物に美味いもの無し"なんて格言があるが、太陽降り注ぐ温暖なテトラ・テ・マの名物といえば果物だ。ただ、中々お目にかかれない珍しい果物には多少の興味はあるけど、さて料理に活かせるだろうか? スイーツには使えるだろうけど菓子作りは専門じゃないし、思いつく限りではフルーツソースくらいか。

 ああ、そういえば、糧食班の同期にテトラ・テ・マ出身の獣人族がいたな。俺の(こしら)えた、どうってこと無い家庭料理にも、いちいち感動してたっけ。


「それで? テトラ・テ・マと女心に何の関係があるんだ?」


 厳格な宗教と女心。混ざりの悪いドレッシングみたいに相容れないような気がするんだけど。

 そもそもニガリ草をポトフに入れるか否かの話だったのに、どうして教会都市にまで話が飛躍しているのだろう? ガウルの意図が今一つ掴めない。


「店長、その様子では先週の新聞を読んでいないな」

「ん、まあな。俺にとって新聞は読む物ではない。新聞とは野菜を包む紙だ」

「威張っていうような事か」


 新聞くらいは読んでおけ、とブツクサ言いながら、ガウルは週一回の定期便と共に届けられる新聞を持ってきた。そういえば定休日に合わせて定期便に来て貰っているから、ちょうど一週間前の号になるな。


「ほら、ここだ。読んでみろ」


 テーブルの上に置かれた新聞は届いてからまだ一週間しか経っていないというのに、早くも古新聞の風合いだ。

 新聞が好きなのか、それとも活字が好きなのか? ガウルは何がそんなに面白いのか、時事ネタやトピックスは当然として、それこそ読者のお便りから尋ね人のコーナーまでも、暇さえあれば紙面に穴が開くらいに真剣な眼差しで新聞を眺めている。


「えーっと、なになに……」


 俺は、そんなシワシワになるまで読み込まれた新聞の大見出しに目をやった。


「ふむふむ、皇帝陛下在位五十周年記念式典とな。そりゃあ、めでたいな」

「違う違う、ここだよ」


 『コーラル皇帝陛下の在位五十年を記念して、帝都ヴァルガンダインでは盛大な式典が……』の記事のすぐ下に、『女子必見・恋愛成就のパワースポット特集』などと、大陸各地の恋愛に御利益のあるとされる名所名跡が浮かれた調子で紹介されている。その筆頭に挙げられているのが、教会都市にある聖鎖天使の像らしい。


「なんだこれ? テトラ・テ・マって、そんな軽い感じなのか? なんか、もっと、こう……神聖! ってんじゃねえの?」


 神聖! のトコで、両手を天井に翳して雰囲気を出してみたが、ちょっと俺、酔っぱらってんのかな?


「それが最近、聖鎖教会のトップである大聖女が交代したようだ」


 両手を突き上げたままの俺を無視して、ガウルはピクルスを齧りながら訳知り顔で言った。


「新任の大聖女様曰く"開かれた教会を目指す"という方針らしいな。新聞には、そう書いてある」

「じゃあ、あの女の子たちは、その恋愛成就とやらの為に、遠路はるばるテトラ・テ・マまで行くんかね」

「直接聞いた訳では無いが、十中八九、そうだろう」

「恋愛って、神頼みするようなモンなのか?」

「店長。一応、言っておくが、聖鎖教の信仰対象は、神ではなくて天使だぞ」

「え? そうなの? マジで知らなかった」

「まったく……店長は料理以外の事に関しては、何にも知らないんだな」


 小馬鹿を通り越して、もはや憐みすら感じさせる微笑が突き刺さってくる。

 俺は痛みをごまかす為に、んんっ! と一つ咳払いをしておいた。


「とりあえず、あの子たちが恋愛成就のお参りだか何かでテトラ・テ・マまで行く、ってのは分かったけど、それとガウルの為にニガリ草を抜くのと、実際なんの関係があんの?」

「店長は、オレがニガリ草が苦手かと思って、次からは抜いてみようと考えたのだろう?」


 その通りだ。俺は頷き返した。


 愛情の籠らない料理は、どれほど豪華でも味気ない。

 真心の感じられない料理は、温かくても暖かくはない。

 思いやりに欠けた料理は、どんなに趣向を凝らそうが心には響かない。


「愛情・真心・思いやり。それは料理人が一番大切にしなくてはならない心得だ」


 それは初めて包丁を握った日に、爺ちゃんから教わった料理人の心意気だ。

 俺は胸を張って答えた。しかし、ガウルは「惜しいな」と、腕を組んで一言唸った。


「ちょっと待てよ。何が惜しいってんだ」

「あともう一歩、踏み込もう。どうして女の子は鹿肉を残したのか?」


 料理は火の通りも盛り付けも完璧だったはずだ。肝心な味だってガウルが太鼓判を押してくれた。なのに何故だ?


「鹿肉……女の子……恋愛成就……」


 料理の事で悩んでいると、決まって爺ちゃんは”常に答えは皿の上にあります”とアドバイスをくれた。

 答えは皿の上に……グリルした冬野菜は残さず食べて貰えたにも関わらず、メイン料理の鹿肉が少しだけ残されていた。あれ? そういえば、思ったよりもブラッディソースが使われていなかった気がするぞ。

 

「あぁ……そうか」


 あの女の子たちは、お年頃だったんだ。

 そう、俺の渾身の一皿を凌駕するほどに。

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