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第4話

「メッシ、メシメシ~」

 

 妙な節回しの鼻歌を歌いながら、ガウルは葡萄酒の瓶とグラスを手に取ってテーブルに着いた。


「ガウル。お前は、また勝手に店の酒を……」

「まあまあ。明日は定休日なんだから」


 定休日と店の売り物に手を出すのは別の話だと思いながらも、殆ど無給で働いてくれているガウルに文句は言えないな。


「ったく、今日だけだからな」


 とは言ったものの、日に日に酒の在庫が減っていくのは気のせいではないと思う。


「お先にいただきます」

「はいはい、どーぞ」


 さっそく手酌で酒を飲み始めたガウルを横目に、俺は遅い賄いメシを作り始めた。

 余った野菜を適当にザクザク切り、鉄鍋に油を引いて薄切りにした鹿肉を中火で炒める。そして、その間に下茹でしておいたニガリ草を、これでもかっ! ってくらいに、みじん切りにする。

 ジローメ鹿の大好物でもある、このモサモサした地味な葉っぱは、そこら辺に死ぬほど生えている食べれる野草だ。とはいっても少々手を加えなければ、とてもじゃないけどニガくて喰えない代物だけどね。


「ちょっ、店長? またポトフ?」

「売り上げ悪いんだ。贅沢言うな」

「いや、ポトフに恨みは無いんだけどね」


 ガウルはクンクン鼻を鳴らし、眉を寄せた。

 ニガリ草は、溢れるような大地の生命力を思わせる強い香りが特徴だ……なんて言えば聞こえが良いが、率直にいえばスゲェ青臭くって、人によって好き嫌いが真っ二つに別れる香草だ。ちなみに俺は好きな方の人である。


「オレ、ニガリ草、苦手なんだよ」

「うるせぇ。文句あんなら喰うな」


 ペースト状になるまでニガリ草を刻むと、次第に青苦い臭いが薄れて爽やかな香りが勝ってくる。丁寧に、それでいて、しつこいくらいに刻みまくるのがコツといえばコツか。

 炒めた鹿肉から油が滲み出したのを見て、ドロリとしたニガリ草ペーストを鍋にブチ込む。その途端、色が付いたような鮮烈な匂いが、あっと言う間に店内に充満する。


「くっさっ! 青クサっ!!」

「そうか? 良い匂いじゃん」


 テーブルの上に倒れ込むように悶絶するガウルは無視して、十分に火を通した鹿肉とニガリ草ペーストの上から、朝に仕込んでおいたスープストックを注ぎ込む。

 琥珀色した熱い液体に青緑のペーストが溶け込むと、不思議とスープは美味そうな澄んだ飴色に変化する。いうなれば、オニオンスープに似た感じか。


「うんうん、良い色になってきたぞ」


 仕上げにザク切りした野菜をスープに投入すれば、後は蓋して強火で煮込むだけ、っと。

 さて、あいつはどうしたものかな? とフロアに目をやると、既にガウルはニガリ草ガスから立ち直っていたらしく、咳き込みながらも煙草を咥えて火を付けるところだった。


「ニガリ草はダメなのに、煙草は平気なのか?」

「店長。煙草は帝国が認めた嗜好品だが、ニガリ草は誰もが認める紛れもない雑草だよ」

「紛れもなく雑草だというのは否定しないけどね。ところでガウル。もう仕事は終わったんだからさ、店長じゃなくてシオ、って呼んでくれて良いよ」


 ガウルは返事の代わりに、ふぃー、と長く煙を吐きつつ目を細めた。

 ひょんな事からガウルがウチで働くようになって、およそ2ヶ月。爺ちゃんが亡くなってからは、しばらく一人でやってきたもんだから、正直なところ”店長”なんて呼ばれるのは、どうにも慣れないんだよね。しかも、どっからどう見てもガウルの方が店長っぽいし。身長も雰囲気も貫禄もある上にイケメンだし。


「シオねえ……」


 俺の気持ちを知ってか知らずか、ガウルは咥え煙草のまま、俺の顔をしげしげと見詰めてきた。


「何だよ。人の名前に文句あんのか?」

「いやぁ、文句というか、"シオ"って、子犬につける名前みたいだなぁ、と思って」


 どう見ても犬はお前だろ、と心の中でツッコミながら、獣人族であるガウルの顔を睨み返してやった。


「お前、言っとくけどな、”シオ”ってのは、俺の爺ちゃんが付けてくれた思い入れのある、それはそれは素晴らしい名前なんだぞ」


 爺ちゃんは若い頃、それこそ今の俺くらいの年頃に、料理の見聞を広めんが為に世界中を旅して回っていたらしい。その料理修行の途中、遥か東方に浮かぶ島国に立ち寄った際に耳にした究極の調味料の名前、それが”シオ”なのだと爺ちゃんが教えてくれた。


「ふーん」


 俺の名にまつわるステキな物話を語ってやったというのに、ガウルは天井に向かってポワ~と煙を吐きながら、気の抜けた調子で返してきやがった。


「せっかく熱く語ってやったのに失礼なヤツだな。だったら、お前の名前こそ何なんだよ。ガウガウいうからガウルっつーのか?」


 ポトフに添えるパンを切りながら言い返してやると、ガウルは意外そうな顔を向けてきた。


「凄いな、店長。オレの名前の由来が良く分かったな」

「マジか。どんなセンスしとるんだ。お前の親は」

「いや、ガウルという名をくれたのは親じゃない」


 ガウルは椅子の背にもたれながら、己が吐いた煙の向かう先を見上げていた。その目は、そこには無い何かを見ているようだった。


「ガウルという名は、オレの拾い主が付けてくれた、それはそれは素晴らしい名前なんだ」

「ふーん」


 拾い主か……どうも得体の知れないところのある奴だけど、ガウルも俺と同じ『呪われた世代』の生まれに違いはない。きっと、容易には語ることの出来ない深い事情があるのだろう。


「まっ、俺はガウルって名前、結構似合ってると思うよ」


 自分で言っときながら何か気恥ずかしくなってきて、まだちょっと早いと思いながらも蓋を開けてポトフの味をみた。


「……店長は優しいな」


 湯気の向こうから呟くような小さな声が聞こえたが、俺は聞こえなかったフリをして、「はい、おまちどうさん」と、熱々のポトフをガウルの待つテーブルへと運んだ。


「くはっ! やっぱキツいなぁ。この匂い」

「うっせえな。文句があんなら喰ってから言え」


 軽く(むせ)ているガウルの向かいに座りつつ言い返してやったが、いかにも犬っぽい特徴をもつガウルには強すぎる香りなのかも知れないな。

 獣人族は、人間族に比べて圧倒的に数が少ない。当然、俺の知る料理のレシピの殆どは、人間族の嗜好に合わせて作られている。


「うーん臭い。でも美味い」


 俺の心配を他所に、ガウルは時折コホコホしながらも、「うーん美味い、でも臭い」と、スプーンを休める事なくポトフを口に運び続けている。


「なあ、ガウル。次にポトフ作る時はニガリ草、抜いておこうか?」


 作った手前、どうにも申し訳ないような、居たたまれないような気持ちになって提案すると、ガウルはビシっ、とスプーンを俺に突き付けてきた。


「店長。それだよ」

「それ? それって何だよ? っていうか、人にスプーン向けるな。行儀が悪い」

「どうして次にポトフ作る時にニガリ草を抜こうと思った?」

「とりあえず、顔にスプーン向けるの止めろっての」


 スプーンを握るガウルの手を押し除けつつ答える。


「どうして、って、ガウルにはニガリ草の匂いはキツかったかな、って思ったからだけど」

「なんでオレにはキツいと?」

「だってお前、獣人族だし……」


 獣と人、その両方の特徴や姿を合わせ持っているのが獣人族だ。ピンと尖った犬耳やらフサフサした尻尾やら、犬の特徴が色濃く出ているガウルは、きっと嗅覚も犬並みに鋭いに違いない。


「人間族よりも鼻が利くんじゃないかと思って」

「なるほど」


 ガウルは満足げに頷くと、グラスに残っていた酒を飲み干した。

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