第21話
そんなの反則だ! 心の中で叫んだその時、頭上からドン! と、一発大きな音が響いて、俺は思わず身を固くした。
何事か、と天井を見上げると、木材の破片に混じってジェレイドが落っこちてきた。
「お、おのれ……」
いや、今のは自爆でしょう。
戦闘にも聖痕についても素人の俺だって分かる。ジェレイドは聖痕の力でもって高く跳躍した結果、ウチの店の低い天井に激突したんだ。
「計ったな、ガウル……」
頭を強打したのだろう、木片に埋もれつつ頭を抱えて悶絶しているジェレイドの元に、ガウルがゆっくりと歩み寄った。
「頭に血が上ると冷静さを失いがち。マイナス1点」
ジェレイドの目の前で、ガウルは人差し指を立てて見せた。
「そして、功を焦る余り状況判断が甘くなりがち。マイナス1点」
次にガウルは「合わせてマイナス2点」と、指を二本立ててジェレイドに突き付けた。
「能力査定で、お前の評価にAマイナスまでしか付けなかった理由を理解して頂けたかな?」
「むう……」
無念、と恨めしげに呻いてジェレイドが床に倒れ込むと、隊員たちの間から「わあ!」と、大袈裟なくらいの歓声が上がった。
良いのだろうか? 前隊長が現隊長をやっつけちゃったのに喜んじゃったりして。まあ、それがガウルとジェレイドの人望の差、ってヤツなのか?
そして、隊員たちが大騒ぎしている中、ガウルは床に倒れたジェレイドの元に膝を突き、グッタリとしたその身体を抱え起こした。
なるほどなあ。倒した相手すら労わる、ってのも人望を得る秘訣なのか。さすがは騎士団の部隊長を勤めただけの事はある。
「瞬間的な速度と一撃の破壊力に限定すれば『跳梁せし魔犬』は、『貪狼の顎』を上回るだろう。お互い長い付き合いだ。オレはお前の能力を良く知っているよ」
そう言ってガウルは酷薄な笑みを口元に浮かべ、妖しく息づく獣の左腕をジェレイドの顔前で蠢かして見せた。
おや? 俺が想像していた美談っぽいのとは、何やら違った展開になってきたぞ?
「だからお前も良く知っているだろう? オレの聖痕が、どれだけ尋問に向いているのかを」
開いた五指には鋭い牙が並び、掌の中心には底の見えない闇が広がって……ううっ、見ているだけで背筋がゾワゾワしてくる。俺だったらあんなん顔に突き付けられた日には、訊かれていない事でもペラペラ喋りまくる自信があるわ。
「さあ、さっきの続きを聞かせてくれよ。第九部隊を動かしたのは誰だ?」
「そんな脅しでメッツァー家の一員たる、この私が口を割るとでも思うてか!」
「おや、オレの『活力捕喰』の能力を忘れたか? 三日は立ち上がれなくなるぞ」
ガウルは目を細め、エロい手付きでジェレイドの頬を撫で上げた。その悍ましい獣の左腕で。
「なんなら、お前の魂が消失するまで『生命捕喰』を続けてやろうか? 思い出すよなあ。中々口を割らない魔王軍の捕虜を拷も……」
「やっ、やめろ! お願いだから、それだけは止めてくれえ!」
子供がイヤイヤと暴れるように、ジェレイドはガウルの腕の中でジタバタし始めた。その常軌を逸した怯えっぷりに、ちょっとヤバさを感じる。
「分かった分かった。悪かったな、ジェレイド。オレもやり過ぎたよ」
はい、ここで砂糖菓子、出ました~!
もう怖いよ……この人。アメとムチの使い分けが尋常じゃあない。
「では、最後に世間話を一つだけ。最近、カーネリア皇子と食事を共にしていないか?」
「しょくじ? し、していない」
「そうか、それは良かった」
ガウルは心底安心したような顔をして、長く息を吐いた。その表情からは、本気でジェレイドを気遣っているんだと伝わってくる。
なんか、良く分からない関係性だな、この二人。
「良いか、ジェレイド。これは幼馴染からの忠告として聞いてくれ。カーネリア皇子とは距離を取るんだ」
ガウルの忠告に、ジェレイドは目を見開いたが、自分の髪を撫でている獣の左腕を見てコクコクと頷いた。
「分かってくれて良かった。では、しばらくお別れだ」
ニッコリ笑って、ガウルは腕に宿した獣をジェレイドの頭に噛み付かせた!
なっ、なんて事しやがる!? お前、それでも人間かっ!?
「これは『精神捕喰』といって、少しばかり精神力を頂いたんだ。しばらくは気を失ったままになるが、静かになって良いだろう」
「焦ったぁ……遂に人を殺したかと思った」
「はは、そんなに簡単に人を殺したりはしないよ」
「そ、そうだよなぁ。あはは……」
なんか、含みがあるような言い方だねぇ。やっぱ、ちょっと怖いなガウル、と思いつつ、その横顔を眺めていたら、さっきまでワアワア歓声を上げていた隊員たちの騒ぎが大きくなっていた。
その騒ぎにガウルは「どうした、お前たち?」と、不審げな顔をして立ち上がり、俺は俺で何やら焦げ臭いみたいな臭いを感じていた。
「たっ、大変です! 井戸はどこにありますか!?」
「え? 井戸は店の裏手にあるけど、何で?」
掴みかかってくるような隊員の勢いに圧倒されて、考えがまとまらない。
焦げ臭い? 焦げ臭いといったら火?
井戸? 井戸といったら水だよねぇ?
「火事です! 早く建物の外へ逃げて下さい!!」
ま、マジか!? 火元はどこだ!? 慌てて店の中を見渡すと、すでに厨房は炎に包まれていた。店内でキャンプファイアでもやってるようなその火勢は、ちょっとやそっとの水をかけたくらいでは治まりそうにもない。
もしかして、さっきのアレか! ジェレイドが隊員を厨房まで蹴り飛ばした時に、竃に何かがあったんだ!!
「店長、諦めろ! このままでは火に巻かれるぞ!!」
爺ちゃん………オレ、やっちまったよ。あんなに火からは目を離すな、と言われていたのに。
ガウルに羽交い絞めにされて引き摺られる俺の目には、燃え盛る炎がまるで怒っているように見えた。
次話がエピローグになり、第一部が終了になります。
そして、明日からモンハンワールドがスタート。




