第1話
人生ってのは、どうにも上手くいかないもんだ。
なんて、まさかこの年齢で思い知る事になるとはね。まぁ、"何でも思った通りになる"なんて、そんな大それた事は思ってないけどさ。
でも、”あんなこと良いな〜”とか、”出来たら良いな〜”くらいの、夢と呼ぶには大袈裟な……そうだなあ、例えるなら────
”女の子の手を握りたい”とか。
”女の子とデートしたい”とか。
”女の子にとにかくモテたい”とか?
とまあ、あんな夢こんな夢いっぱいあるけど、それこそ言い出したらキリが無い。でもさ、そんくらいの細やかな願望を持っててもバチは当たらないだろ? なんたって俺、まだ18歳なんだし。本来なら学校に通ってても良い年頃なんだし。
まったくもって、損な時代に生まれちまったモンだ。
"生まれる時代は選べない"
とかなんとか、昔の偉いヒトが言っていたそうだけど、ンなこと言われちゃ身もフタも無い。
なんせ俺は、人生で一番楽しいはずの少年時代に、100年周期で巡ってくる大陸規模の大災害『魔王禍』がドンピシャで重なっちまう、タイミングの悪い生まれなんだ。
大人は、そんな俺たちを『呪われた世代』なんて、縁起でもない呼び方で呼ぶ。
まあ、確かに幼い頃から呪いでもかけられたような、ハードな体験の連続だった。
来る日も来る日も魔物の影に怯え、学校に通うどころじゃなかった。って、いうか俺の通っていた学校なんて、魔物に襲われて柱の一本も残さず燃えちゃったし。でも、校舎が全焼なんて、そんなのまだマシな方だ。
そう……あれは俺がまだ10歳になるかならないかの頃だった。両親と俺、家族3人で暮らしていた街が、魔物の群れに襲われたんだ。父と母は、まだ幼かった俺を逃がすのだけで精いっぱいだった。
そして、街を襲った惨劇から数ヵ月後。
浮浪児となって廃墟の街を当ても無く彷徨っていた俺を、爺ちゃんが捜し出して引き取ってくれたんだ。だから俺は、まだマシな……いや、幸せな方だ。
そんな爺ちゃんも去年の冬にポックリ逝き、俺はいよいよ文字通り天涯孤独の身となってしまった。だけども爺ちゃんは、俺が一人きりでも生きていけるようにと調理の技術を、そして生活の基盤となる住居を兼ねた食堂を遺してくれたんだ。しかし────
「事業計画は練ったつもりなんだけどなぁ」
ランチタイムだというのに、あまりのヒマっぷりに、ついつい独り言が漏れちまったよ。
俺の店『ブレッドの食堂』は、4人掛けのテーブルが4つと、せいぜい20人も入れば満員御礼な小さな食堂で、帝都と教会都市とを結ぶ、通称"旧街道"の道端にて休憩所よろしく、こじんまりと経営している。
ただし、読んでも書いても字の通りの”旧”街道だ。3年前に魔王が倒された後に敷設された立派な新道に比べ、旧街道は道幅が狭い上にデッコボコ。舗装も何も地面ムキ出しだから、雨でも降った日にゃ、泥濘に車輪を取られた馬車がそこかしこで立ち往生だ。
まったくもって不便極まりない悪路だけど、古かろうが腐ってようが街道は街道。知ったる人は慣れてる道のが楽だっていうし、年寄りに至っては新しく出来た道を知らなかったりもするから、旧街道はそこまで廃れた感じはしないんだけどね。
「こう寒いと外にも出ないかね」
暖炉の調子を見るついでに外の様子を窺ってみれば、そこは粉雪舞う季節。爺ちゃんの命日も近い。
はぁ、気温も気持ちも懐も寒いぜ。いやホント、飲食店の経営が、こんなにも難しいとは思わなかった。
自分でいうのも何だけど、料理の腕には自信がある。わずかな間だったけど帝国軍に在籍してた頃には、爺ちゃん仕込の料理技術を認められて、舌の肥えた上級士官付きの糧食班に配属されていたくらいなんだ。
このまま上手くいけば、将来は宮廷料理人も夢じゃない! なんて思っていたら魔王、勇者様にアッサリ倒されちゃうんだもんなあ。
平和になったのは良いんだけど帝国軍は縮小されて、俺のいた補給部隊も解散だ。ホント、人生って上手くいかないもんだ。
「しっかし、あいつ遅ぇな」
愚痴を聞いてくれるウチの給仕長……って、給仕は一人しかいないのに”長”も何もあったもんじゃないが、そいつの帰りがどうも遅い。たかが食材の買い出しだってのに、一体どこで道草喰ってんだか。お肉大好き獣人族のクセに。
さてはアイツ、また街で女の子をナンパしているな。畜生……まったくもって羨ましいったら、ありゃしない。
面識のない女の子だろうが一向に怯まず、臆面も無く話し掛けられる強靭不屈な、あのメンタリティ。
それに加えて近づき難い強面に見せときながら、時おり顔を覗かす砂糖菓子みたいに甘い、あの笑顔。
そのどっちか一つでも俺に備わっていれば……いや、あの引き締まったシャープなボディも、女の子を惹きつける武器の一つだな。
俺は何とはなく、腕に力を込めて力こぶを作ってみた。
うん。毎日、フライパンを振るっているだけあって、腕はそこそこ逞しいと自分でも思う。
次に、我ながら薄っぺらい胸板から下っ腹までを摩ってみた。
うん。洗濯板って形容詞は、男にも当てはまるんだな。
ちょっと悲しい気持ちなって、俺は板張りのフロアに仰向けになった。そして、軍の訓練を思い出して、久々に腹筋運動をしてみた。
「いーち、にぃー、さぁーん、しぃーい……」
うぷっ、早くも気持ちが悪くなってきたぞ。こりゃあ、かなりの運動不足だ。
それでも、どうにかこうにか気合いでもって10には届こうかという時――――
「店長……床に寝転がって何をしているんだ?」
「ガ、ガウル? お前、いつの間に帰ってきたんだ!?」
「いつの間にって、今ですよっ、と」
買い出しに行っていた給仕長ことガウルが、食材の詰まった買い物袋をテーブルの上に乗っけつつ、例の甘い笑顔を向けてきた。
これだよ、これ。一見すると悪党ヅラしているクセに、笑うと顔がクシャっとなって尖った八重歯が顔を覗かせるんだ。俺、知ってるよ。女はこ~ゆ~のに弱いんだろ?
「お前が帰ってくんのが遅いから、ちょっと運動してたんだよ」
「まだランチタイムだというのに?」
「うっせーなぁ。客がいねーから良いんだよ」
そう毒吐き返すと、ガウルは呆れ顔して手を差し伸べてきた。俺はその、ふさふさした灰色の毛皮に覆われた手を握って立ち上がる。
「店長。そう思いまして、お客様をお連れ致しましたよ」
ガウルの芝居掛かった仕草とセリフに、「きゃく?」と、喉から上ずった声が出た。
砂糖菓子の微笑みの向かう先には、お揃いの旅装束をまとった女の子が3人。
やばっ、お客様のご来店だ!
「しっ、失礼しました! すぐに支度します!」
背中に付いたホコリをパンパン払う俺の隣で、ガウルは女性客に向かって恭しく腰を折った。
「いらっしゃいませ、お嬢様方。ブレッドのレストランへようこそ」