8話
姉御は簀巻にされた少年たちの前に立ち、冷たい目で見下した。
「おいクソガキども。あの子、知ってんだろォ?」
3人は姉御の向けた顔の先にいるナルを見ると青ざめた。
「だ、だけどあのときはああしないと全滅してたんだ!」
「ひとり犠牲にすれば3人助かる! 間違ってないだろ!」
「俺は悪くない!」
姉御へ向き直り、必死に言い訳を始めた。だが姉御は能面のように表情が変わらない。
暫く言いたいことを言わせ、それから姉御は口を開き冷たい声を出す。
「そもそもなんでそんな危険な場所へ行ったんだ?」
「そ、それは…………4人ならなんとかなると思っただけで……」
もごもごと答える少年から顔を逸し、姉御は「うそつけクソガキども」と呟き、呆れ顔で髪を片手でかき上げる。
「大方、ナルちゃんがかわいいからちょっと強い敵のところへ連れて行き、カッコいいところを見せ、できれば体の関係を持ちたかった。だけど魔物が思ったより強かったから仲良し3人組でトンズラした。なぁに女なんかまた引っ掛けりゃいい。こんなところだろ。違うか?」
その問いに少年たちは口をつぐむ。大筋は当たっていたようだ。3人はあの魔物よりちょっと弱いが、3人でかかれば倒せるくらいだ。だけど複数来たら完全にお手上げだろう。ナルを追っていたのは2匹だったしな。
少年たちは苦虫を噛み潰したような顔を互いに向けている。
「自分の欲のために女を物のように扱ったその罪は重い。よってお前らから男の物を罰として奪う。男奪の刑に処す!」
な、なに男奪って?
「姉御、それはいくらなんでもまずいですぜ」
「うるさい! 法で女の子が守ってもらえない以上、私がどうにかしないといけないんだ! 離せ!」
「離しません! 若い男に私刑なんてしたら今度は姉御が殺されてしまいます!」
話が全く読めないため、僕は近くのギルド員の人に詳しい内容を教えてもらった。
今まで大した数がいなかった魔物が魔王が現れた途端急に増え、かなりの軍人や騎士、ギルド員──つまり男が犠牲になった。現在の男女比が4対6で女のほうが多くなるほどに。
国力とは人力だ。そして基本的に戦いや力仕事は男がやるものである。これは差別とかではなく、生物的に男のほうが筋肉がつきやすいため仕方がないものだ。
なのに男が少ない。これは困る。そのため男を優遇したりして少しでも将来的に人口が増えるようにしているらしい。
そんな中で男奪刑というのはかなりまずいことになるそうだ。
「で、その男奪ってなんなんですか?」
「女になくて男にあるものつったらなんだ?」
「そりゃ……その、アレですよね」
「なに恥ずかしがってんだよ。まあそれだ」
「それを……奪う……? えっ、まさか……」
「そのまさかだ。玉を割るんだよ」
僕は無意識に股間を守るように手で覆っていた。怖い……男奪怖い!
その話を聞いていたのか、少年3人が泣きながら懇願しはじめる。
「も、もう二度としません! しませんから助け……」
「二度と起こらないようにするための男奪だろぉ? 一度やっちまったことにゃ変わりねぇんだよ!」
死刑よりはマシだろうけど、男としての機能が失われては国として問題が出る。完全にやりすぎだ。
「だけど姉御、こいつらが告訴したらかなりまずいことに……」
「ちっ。じゃあ片方だけで許してやる。次やったら──」
「そ、それも勘弁して下さい!」
僕はこのやりとりが耐えられそうにない。そうだ、他のギルド員さんと話をしよう。少しは気が紛れると思う。
「こういうことに巻き込まれるみなさんも大変ですよねぇ」
そんなことを言ったらギルド員に首を掴まれものすごい形相で睨まれた。
「テメェ、姉御のことを悪く言ってんじゃねえ!」
「ゴ、ゴベンバザイ……」
一瞬で涙目になってしまった。
魔物に襲われた村や町の人たちは、家や仕事、金品もろとも全て失った。残っているのは共に逃げた家族のみ。
家族を養わなければいけない。だが働けない。基本的に村は農畜産業が多く、技術的に畑仕事などしかできない。だが彼らには土地がない。それに今から耕したところで金ができるのは何ヶ月も先。
このままでは飢えるか盗賊に成り下がるしかない。そんな彼らを受け入れてくれたのが総合ギルドの姉御だったそうだ。
金を稼ぐ術を教えてくれ、ある程度なら金を貸してくれたりもした。今も家族で暮らせるのは姉御のおかげだというギルド員がそれなりにいるとのことだ。
こと少女関係についてはガチギレするが、普段はとても面倒見のいい人だという話をされた。
なるほど、恩義もあるし普段の行いを知っているからこういったことでも手を貸すわけか。
「──ったく、玉なんて2つあんだろ。片方くらいでピーピー泣きやがってだらしないクソガキどもだ。おい、誰かロープ解いて裏道に転がしてこい!」
玉のない人にはわからないんだよ……。
結局男奪刑は行われなかったそうだ。あれだけ恥をかかされたのだし、今後ギルドに近寄ることもないだろうから大丈夫だろうとのこと。そもそも姉御も脅すだけで本気で割るつもりはなかったらしい。
もし地元の子だったらどうするんだと思ったのだが、この町で少女愛好家の姉御を知らないものはほとんどいないらしく、にもかかわらずこういったことをするのは他所から来た人間だとすぐわかるっぽい。
ちょっとした、いやかなりでかい騒動も終わり、ギルド内はいつも通り割りと賑やかな雰囲気へと代わった。みんなの切り替えも凄いなぁ。
「えっと、それで充輝さん」
「は、はいっ!」
声が裏返ってしまった。本当はやさしいと知っても先ほどのやり取りが心に刻まれてしまい、恐怖が染み付いてしまっている。
だが姉御はそんな僕のことは関係なさそうに話を続ける。
「大変申し訳ないのですが、ナルちゃんもあなたに任せていいでしょうか」
そう来たか。
姉御は僕が応援される──姉御は信心と勘違いしているが、とにかく人が増えれば僕の力が上がることを知っている。だからニミだけでなくナルも僕の傍に置いておくほうが安心できるのだろう。
「はい。本人さえよければ」
「むしろ私からお願いしたいくらいです!」
ナルが食いつくように顔を寄せてきた。よしじゃあナルともリンクしておこう。
「よろしくね、ナル」
「こ、ここ、こちらこそよろりるおれがいします!」
口の中で舌が迷子になってるよ。そんな畏まった挨拶しようとしなくてもいいのに。
だけどこれで僕の戦闘値は2.4倍。264になる。今度はこれに見合った仕事をもらおう。
「あのー、姉……じゃなくてパディタさん」
「なんでしょう?」
「僕の戦闘値が250くらいになったので、そんな感じのお仕事を……」
「えっ!? さ、さすが神の使徒。たった1日でそこまで……。わかりました。明日はそれを基準にした仕事をキープしておきます」
よしさっきのことは忘れて心機一転、明日からナルを加えて頑張ろう。




