39話
あれは悪い夢だったんだ。僕はそう思うことにした。
きっと寝ぼけていたんだ。疲れてたんだなぁ。
そろそろ朝食だろうと起き上がり、食堂へ行くと……
みんな僕を睨んでる!? 恨めしそうな顔だ!
「おほほ、おはようございます、マイダーリン」
「誰が!?」
やばい、姫様が歯ぎしりしそうな顔になってる。ニミまで苦いものを食べたような顔してる!
「みんな、これは誤解だ」
「つまりいつもの意図しない婚約ですね」
「いや婚約すらしてないから!」
いや待ったタンマ。ひょっとして僕の言動に問題があったかもしれない。取り敢えずみんなに会話内容を共有しよう。
「──なるほど、やはり充輝さんの落ち度ですね」
「どこが!?」
「まず異性を部屋に入れたところからです」
「勝手に入って来たんだけど!」
「そして頼まれごとにOKしましたよね?」
「うん」
「そこを拒否しなかった時点で婚約は成立します」
「意味わかんないんだけど!」
つまり、夜這に来た相手の頼みを聞くというのは、受け入れたと見なされても仕方がないことらしい。だから本来ならば、例え魅力的な話でもその場では拒否しなくてはならないそうだ。
「それ、なんでもっと早く言ってくれなかったの!」
「なんでと言われても、想定していなかったことなので……。どのタイミングで言えたのでしょうか」
「紫電さんのときとか。僕は危うく紫電さんと結婚するとこだったじゃん」
「ですが玲良さんとは同じ場所から来られたのですよね? ならば勝手がわかっているので問題はないという認識でした」
ああもうナルは出来がよすぎて辛い。
そりゃそうだよな。もしそうなると僕が知っていたならかわせていたわけで、紫電さんとは同じ日本だからお互いの常識が通じる。だから間違いが起こる可能性は限りなく低いわけだ。
「……でも今さらなかったことにはできないんでしょ? だったらもう諦めるよ」
「随分ものわかりがいいなミツキよ」
「なんかもうひとりふたり増えたところで変わらない気がしてきた」
「変わるわ! それともお主、1日14時間もできるのか!」
なにをだよ!
「姫様はこう仰りたいのであります。夜の相手をひとり1時間としたら、旦那様は14時間毎日こなさねばならないと」
「無理だよ!」
どう考えても不可能だ。世の中には可能な人がいるかもしれないけど、僕には無理。多分半分もいかないうちに死ぬ。しかも明らかに夜は終わっている。
「てかみんなだってそんな毎日したいわけじゃないでしょ!」
大体残り10時間しかないじゃないか。三食と風呂と睡眠でなにも残らないよ! これじゃハーレムじゃなくて製造機だ。
「しないの?」
ニミまでそんなこと聞かないで! そりゃニミと一日中イチャイチャしたいとは思うけどさ、ものには限度というものがあるんだ。
「わかりました。その辺りも嫁議会が受け持ちますので安心してください」
「なにそれ!?」
僕の知らないところで嫁たちがわからないことをしている。怖い!
「なのでそろそろこの話は打ち切らせていただきます」
「いやいやいや! そういうわけにはいかないから!」
「ですが先程から玲良さんがものすごい顔で見てますよ」
げっ! 見られてた!? しかも汚物的なものを見るような目だそれ!
「あんたまた奥さん増やしたの? キモっ」
「違うんだ! 誤解なんだってば! ああもう、ナル、助けて!」
「すみません今議題について委員会と話をして忙しいのです」
「委員会誰!?」
なんか国みたいになってるよ! ミニ国家! いやニミ国家かな? 上手くないから!
いや国家じゃなくてただの家だけどさ、僕を差し置いてなんか凄いことになってない?
日本で例えるならば、僕が天皇で家の顔として存在し、でも政治的なものはナル総理大臣が決めているみたいな。ニミはもちろん天皇家だ。あれ? でも天皇家は政治に関わっちゃいけないんだっけ? 例えが悪かったか。
学校で例えよう。ニミが担任で僕が副担任。ナルはクラス委員長って感じだ。
いやそうじゃなくって、紫電さんに変な目で見られたくない。
……違う。なんか気付いた。
「紫電さん、わざとでもそういう目しないでよ」
「あ、気付いちゃった? あはは、ごめんごめん」
笑いごとじゃないんだよ! 本気で困ったんだから!
そうだよ、紫電さんは事情を知っている。僕の力を上げるためには人を増やさないといけないってことだ。だから人が増えるのは仕方ないし、それで彼女らが嫁宣言していったため収集がつかなくなったんだ。
「うぃーっす」
「おはようございます、皆様」
「お、おはよう」
ハビタットとランが起きてきたようだ。気持ちを切り替えて朝食にしよう。
しかしさっきまではいなくて本当によかったよ。
「んで、ここでなにを狩るんだ?」
「グランド・ラゴンだよ」
「ぐ……!?」
例の場所へふたりを連れて行ったらランが絶句した。
「どうしたの?」
「グランド・ラゴンなんて、うちならなんとか倒せますが、ハバトには無理です」
「そんなことないよ。ねえハーリィ」
「よ、よくわかんねぇけど上等だ! やってやるぜ!」
突っ込むことすら忘れているくらいガチガチじゃないか。
「グランド・ラゴン知ってるの?」
「いや。だけどランがなんとかってレベルを俺がどうにかできんのかよ……」
「大丈夫。紫電さんだってレベル1のとき一撃で倒した相手だよ」
「マジでか!?」
「うん余裕──」
「魔物!」
ニミは相変わらず感度がいいな。待ってましたグランド・ラゴン。
「お、おいあれか? 戦闘値12000とかあんだけどよ……」
「ああうん、あれだね」
はばっちが慄く。さてみんなに応援を────
「誰か来た!」
ニミが明後日の方角を向く。僕らもそちらへ目が行った。
「お行き、坊や」
「はい!」
僕らの目の前で、グランド・ラゴンは一瞬でバラバラになった。誰だ!?
「ちょ、ちょっと。あの人……」
「ああ……」
紫電さんも気付いたようだ。僕も知っている。
彼は例のイケメン、つまり最後の神の使徒だ。そしてあのお姉さんが勇者候補。
これで全員揃ったわけだ。いや元気そうでよかったよ。
「へ、HEY YO! テメーひとの獲物横からかっさらってんじゃねぇよ!」
ハバネロが顔を歪めて文句を言いに行った。
なんだろう、何故か変な胸騒ぎがする。
「ねえ、気付いた?」
「……そういうことか!」
紫電さんの言葉でようやくわかった。今の戦闘、勇者候補ではなくイケメン君のほうが戦った。
そして一瞬にしてあのグランド・ラゴンを切り刻んだ。
……強い。間違いなくレベルは高いはずだ。
「誰だ?」
「おいおい、あんとき一緒にいただろうが」
「あのとき? ……そうか、じゃあキミは──」
「そーだよ。オメーとおんなじ神の使徒──」
「敵ということだね!」
やばい、イケメン君の気配が変わった! 今まで対峙したところだと……悪魔に似たプレッシャー。
「みんな、演奏開始!」
羽人に説明しているヒマはない! もう彼は剣を抜いている。羽人は反応できていない。僕がなんとかしないと!
「うりゅあぁぁ!」
なんとか間一髪間に入り、羽人へ斬りかかるイケメンの剣を弾き飛ばすことができた。
「なっ!?」
「いきなりなにすんだ!」
もう少しで羽人が死ぬところだったぞ!
「フフッ、坊やの剣を止めるなんてね。……あなたも神の使徒ね」
「そ、そうだけどこんなところで争う必要なんか──」
「そう、じゃあさよなら」
お姉さんは剣へ手をかけ──
「ミツキ!」
突然近くで爆発したように地面が吹き出し、僕は誰かに抱えられた。
それはチールさんだった。左手で僕を脇にかかえて走っている。
「ど、どうしたのチールさん」
「あの女はまずい! 余の勘が今までにない危険を知らせている!」
羽人はランに抱えられている。まだ周囲は砂埃でよく見えない。
だけどお姉さんはあの辺にいたよな。戦闘値は──!!!
「みんな、高速離脱! 全速疾走! 振り向くな!」
僕らは砂埃に隠れるようにして、一気に距離を置いた。
「ありがとうチールさん。ほんと助かったよ」
「うむ。しかしあのようなバケモノが敵として現れるとはな……」
僕も予想外だった。
だけど僕ら神の使徒はライバルであり、本来こうやって群れるものじゃないのだろう。それを思い知らされた気分だ。
「な、なんだったの?」
紫電さんが不安そうな顔で見てきた。いや紫電さんだけじゃなくみんなが。
……僕は震えていた。恐かったのだろう。いや、恐かった。顔も青ざめているようだ。
「やばい奴が敵対してきたということはわかったが……ミツキ、彼奴の戦闘値、いかほどであったか?」
チールさんの問いに、息を呑んでから震える口で答えた。
「彼女の戦闘値は……1200万だ」
まずいことになった。しかも今までのまずいなんて越えている。
魔王のほうがずっと強い。それはわかっている。だけど魔王には欠点がある。
それは恐らく魔王城から出られないこと。近寄らなければ安全なはずだ。
だけど彼らは自分の意志で動き回れる。かなりやばい。本気で逃げないと殺されてしまう。
とにかく逃げよう。方向もあてもわからないが、今は少しでも遠くへ。
── 第一部 完 ──
ここで一部を終了させて頂きます。
近いうちに二部を開始致しますので、少しの間ですがお待ち頂けると嬉しいです。




