37話
「よくぞ戻った! 我が愛しの娘よ!」
「うむ、なかなか愉快な旅であったぞ」
抱きしめようとした王様を華麗にスルーした姫様は、楽しげな顔で話した。
「ミツキ殿、今回のことはご苦労であった」
「いやあれは私事だったんで、この国とは関係ないです」
「ふむ? 話を聞かせてもらえぬか?」
そんなわけで僕はニミの話をした。
僕の勇者であるニミの住む村がシーンストン王国から襲われたこと、その後魔物に襲われて村人がほぼ全滅に近い状態になったとか、そういった話だ。
だから今回の件は私怨であり、帝国の姫とかそういうのとは全く関係のないことを強調する。
「ふむぅ……そう言われてしまっては、わが国の主導であの地をどうにかすることはできないか」
「それのことだがな父上。ワラワとしても今回はなかったことにして欲しいのだ」
「ぬ、う。娘にまで言われたら黙るしかないが……何故だ?」
「ワラワの愛する旦那様がそう望んでいるからだ」
「ミツキ、貴様あぁぁ!」
姫様はまたそうやって挑発するんだから……ひょっとして楽しんでる? 王様怒ってるのになんかニヤニヤしてるし。こういうのはよくないと思うよ。
「姫様」
「どうした?」
「降格」
「は……はあぁぁ!?」
すっごい動揺している。慌てふためく姫様ちょいカワ。
「何故だ、何故だミツキいぃぃぃ!」
「あのね姫様、今ちょっと楽しんだでしょ。僕はともかく王様は姫様を僕に奪われたと思って本気で怒ってるんだよ。そういう気持ちを弄ぶのはよくないと思うんだ」
「くっ、う……すまん……。ワラワはただ愛情を感じたかったのだ……」
王様とか忙しそうだもんな。あまりかまってもらえなかったのだろう。せいぜいその見た目の良さを公務に役立てるため連れ回される程度で、いわゆる普通の父親みたいな愛情を感じにくかったのかもしれない。
「姫様」
「えぐっ……えぐぅ……」
やばい、ガチ泣きだ。ナルとは違って姫様はこういう駆け引きができないのかもしれない。狡猾さがないのだろう。これは僕としても今後下手なこと言えない。
「えーっと、姫様は重要なのでやっぱり降格はなしとします」
「うぅ、ほんとか? ほんとなのか?」
「当たり前じゃないですか」
姫様を降格させると色々よろしくないことに今気付いた。それはルーミーたち3メイドだ。一応姫様付きのメイドなのに姫様より格上になってしまう。それは今後の生活に問題が出てしまう気がする。
「だけどそれじゃみんなに示しがつかないので、ヒュールとデュリとルーミーを降格させます」
「「「えええっ!?」」」
3メイドが唖然とする。青天の霹靂だもんな。というかとばっちりだ。
「な、何故ですか! ワタクシに落ち度はありませんわ!」
「わたーはなにもしてなぁい!」
「横暴であります! なにゆえそういうことになったのか説明頂きたいであります!」
だよね。みんなから反感を買うのはわかっていたよ。
「それはね、姫様の責任はメイドであるみんなの責任なんだ。で、嫁としては立場的に姫様と3人は同じなんだけど、それで姫様降格したら3人は姫様より上になっちゃうでしょ。そうなったらどうするの?」
「それは当然姫様より先に夜愛でてもらいますわ!」
「デュリ、貴様……転覆を企んでおったな!」
「ひ、姫様といえど、旦那様の前では同格! ならばワタクシが先でもいいはずですわ!」
「ならん! ワラワは2の6だ! 貴様は2の8! この差は大きいはず! のうミツキ!」
「いや差なんてないから」
「なっ……!」
そりゃそうでしょ。僕が決めたのはニミ以外はみんな2番。そこへ勝手に順位をつけてるだけなんだから、いわば非公式順位。僕は公式順位しか認めないから。
でも降格したデュリたちは姫様より下になるのか。まあほとぼりがさめたら戻すつもりだけど。いやそもそも嫁の降格ってなんだよというツッコミが何故こないのかも謎だけど。
「あの、充輝さん」
「どうしたナル、こんな忙しいときに」
「陛下はもとより、皆様お待ちなのですが……」
…………忘れてた!
しかも王様顔真っ赤! 激おこだ! いやもうなんとかファイヤーみたいな感じになってる!
「す、すみません王様! 報告は以上です!」
「うぐっ、ぬ、そうか」
頭を下げられたらさすがに怒りをぶつけるわけにはいかないのか、王様は僕を責めなかった。
まあ責めたところで以前みたいにキレられたら嫌だろう。とはいえ今のところ僕らの実力は隠しているからチャーさんの方が上だと思っている可能性はある。だけど当のチャーさんはパレード隊の人数が増えていることに気付き、顔が引きつっている。
「それとこちらを」
「ぬ……それは?」
「シーンストンの元姫、チニーズです」
「ほう。おい」
「ハッ」
おいの一言でなにをすべきか理解し、チニーズを兵が連れて行った。さすが国王の側近だ。
「で、報告によると王を潰したとあるが……」
「ええ。頭からぐっしゃりと」
「物理的に潰したということだな」
「仰る通りで」
「ふ……ふはははは。さすがはミツキ殿。彼奴も今は宮殿の染みというわけか」
「宮殿は粉砕したのでせいぜい砂の染みかと」
「言ってくれるではないか。なかなか愉快な報告であったぞ」
王様上機嫌になってくれた。きっと王様もシーンストンには苦い思いをしていたのだろう。
だけど僕にはもうひとつ報告すべきことがある。
「それでえっと、彼らも神の使徒と勇者候補です」
「ほう、そうであるか」
王様が表情を戻し直し身を乗り出してきた。そこでランが片膝をつく。
「お目にかかれて光栄です、トウン陛下。うちはラン・プツエルと申します。ガウリム王国はプツエル侯爵の末娘でございます」
「ふむ、友好国であるガウリムの貴族で勇者候補か。では貴賓として扱わせて頂こう」
「忝なく存じます」
ランは有事院の襟首を掴み、引き倒すように頭を下げさせる。見た目は大人しそうな清純派なのに結構力ずくな子だな。
「ではこれで報告は終わりだな。ならば──」
「宴だな!」
姫様が食い入るように割ってきた。そうだ、今回は美味い飯のために戻ってきたようなものだ。
元シーンストンは放置することが決まったため、余計な考察はいらない。ならばあとはどうとでもなれと任せ、僕らは食事をすればいいんだ。
「なあなあ、それ俺らも参加して──いてっ」
「はしたないですよ」
またはたかれた。ひょっとしたら有事院はMなのかな。
「ねえ、ええっと……ハバチョフ?」
「ハービィだっつってだろオウコラ」
「そ、そうだったごめん。で、なんかよく叩かれてるけど大丈夫なの?」
「おー、ランは真面目っ子だからなぁ、ちょっと厳しいけどそこがまたいいだろぉ?」
……ああ、やっぱりMなんだ。でもよかった、不快に思ってないどころかそれを良しとしているんだから案外いいコンビなのだろう。あとはランのストレスの問題か。
「まあよいではないか、ランよ。お主も客人なのだから共に席へ着くといい」
「ハッ、姫様の寛大なお心遣い、痛み入ります」
ランが固いのは貴族だからなのかな。まあいいや、ごちそうだ!




