18話
「…………もうお婿に行けない……」
「大丈夫だよーっ。もうあたしが奥さんなんだからーっ」
「シクシクシク」
あの感触は嫌だ。もうやりたくない。慣れる慣れないじゃない。慣れたくない。トラウマ確定だ。こんなもの持って帰ってもギルドの人だって嫌だろう。
「────はい、確かに受け取りました」
「えっ? あ、はい」
……平気そうだ。
「あ、そうそう」
「なんでしょう」
僕を引き止めた受付の女性はニコニコしながら手に視神経の部分をぐるぐると巻きつけ、ぶちぃっと引きちぎった。ひええっ!
「ここの部分は余計なので、次回は取っておいて下さいね」
「ハイ、キヲツケマス」
なにあの人! 怖いよ!
気を取り直そう。とにかくかなりの稼ぎになった。しばらく遊んで暮らせるだけのお金だ。しかし遊んでなんていられない。さて────
「誰か、誰かお願いします! 助けて下さい!」
女の子が紙を掲示板に貼らず、手に持って必死な声で訴えている。どうしたんだろう。
「充輝さん、近寄ってはいけません」
「えっ、なんで?」
ナルに止められた。少し険しい顔をしている。
「彼女らは『おね乞い』と呼ばれている人たちなので、関わったらダメです。みんな無視しているでしょう?」
なんだそりゃ。
そんな異世間知らずの僕に、みんなが説明してくれた。
おね乞い。それは二束三文の安い金で難しい依頼を行わせようという卑劣な罠のことだ。
例えるとこうだ。
まず家族が病気などになったが、特殊な薬でないと治らないと言う。でも家にはお金がない。私が一生懸命貯めたお小遣いで助けて!
その実、少女は奴隷で、手に入った特殊な素材は主人が裏で売る。或いは少女自体が主犯であったりする。病気の家族なんていないのだ。
「な……なんて卑劣なんだ……」
「そんなわけで、本当に欲している人がいたとしても申し訳ないですが、無視するしかないんです」
「最低だな。ちょっと主犯を暴いて……」
いっちょやったろかと思ったところ、ニミが僕のシャツをかわいらしく握ってきた。
「あの子、嘘ついてないよ」
「いや、こういう手合は騙すのが得意なん──」
「そうとは限らんぞ。そのニミとかいう女童、余よりも精神感度が高いと見た」
「精神感度?」
説明しよう。精神感度とは、相手の精神状態を感知できる能力である。敵意や殺意はもとより、好意や悪戯心。自分へ向けられていようが、他人へ向いていようがわかってしまうのだ。byチールさん。
「なるほど、だから魔物や人がどこにいるとかがわかるのか」
「うぬ。しかもこの能力は先天的なものではないからな。そやつは一体どれだけの修羅場をくぐってきたことか」
ニミ……苦労していたんだね。でももうそんなことにならないよう、僕が引き受けてあげる。
「じゃあどうしようか」
「充輝さんが決めて」
「でもほら、これはニミのパーティーなんだし、ニミの決めたことに従うよ」
『えっ!?』
みんなは驚きの声と共に僕を見た。
「充輝さんのパーティーじゃなかったんですか!?」
「私もてっきりあんたがリーダーかと!」
「余はお主についてきたのだぞ!」
あ、あれ? おかしいな。てかナルは知ってると思ってた。
そんな風に騒いでいたら、件の女の子が近付いてきた。
「お、おがあざんを……だずげでぐだざぁい!」
大泣きだ。ニミが言うには嘘じゃないらしい。
しかしこの子、ニミより上か? いやニミも一応ピピー歳だし、同じくらいだろう。そんな子が大泣きしながら頼んでるんだ。手を貸してあげたいけど、今の僕はひとりじゃないからみんなに迷惑はかけられない。
「あ、あのね……」
「おねがいじまずぅ、なんでもじまずがらぁ」
「よしやろう!」
『えっ!?』
またみんなが驚きの声を上げる。
「どうしたの?」
「どうもこうも! あんたなに勝手なことを!」
「女の子になんでもするまで言われてるんだぞ! 手を貸してやらなくてなにが男だ!」
「あっ、う、うん……」
ローティを迫力で黙らせた。
「お主、まさかやましいことを……」
「そんなんじゃない! 女の子がなんでもするって言うのは相当なことなんだぞ! そこまで言わせてしまった自分が情けないよ! それで手を貸さないとか最悪だ! そんな僕だったら僕が許さない!」
「お、おう……」
チールさんまで引き下がった。僕にも譲れない正義があるんだよ。
「はーいっ。あたしミツキさんのためならなんでもするーっ」
「女の子が気軽に言っちゃいけません!」
「あたし奥さんなんだよっ。旦那様のためになんでもしたっていいじゃんーっ」
「それ自称だよね! 誰も認めてないから!」
「う……うぇ……」
「大丈夫! 誰も認めてくれなくったって自分の気持ちが本物なら! ねっ」
「……あんたほんと女に甘いわね」
「性分だ。仕方ないだろ」
泣いている女の子を見ると凄く切なくなるんだ。だからこれは彼女を助けるというよりも自分を助けているようなものだ。
「それで、どうしたの?」
泣き止み落ち着いたところを見計らい、話を聞くことにした。
人前で大泣きしたことを今ごろ恥ずかしくなったのか、顔を赤らめていた少女は、キッと真剣な顔を僕らへ向けた。
「お……お母さんを助けて下さい!」
「それはわかってるよ。それで、どんな病気なの?」
「病気じゃないです! さらわれたんです!」
「おっ?」
つまり素材は取る必要がない。ということは騙されているわけじゃなさそうだ。
「どんな魔物にさらわれたの?」
「魔物じゃないです。司祭様です」
「へっ?」
話を聞くところ、司祭はたまに神の言葉を聞くため、神界へお使いを出すそうだ。選ばれた人は当然のように帰ってこない。なるほど、神の名を利用したなにかを行っているわけか。
場所は城下町から歩いて半日ほどの小さな村。今からでも行けないことはない。
「よし、成敗に行こう」
「ま、待ちなさいよ! 相手は司祭様よ! あんた教会を敵に回すつもり!?」
そうなってしまうわけか。だけどこれは僕の立場上、なんとかしないといけない案件だと思う。
別に責任とかあるわけじゃないが、一応神とはいい付き合いをしたほうが得だと知っているからここは恩を売る的な意味で神の名誉回復のため動いておこう。
「みんなには黙っていたけど、僕は『神の使徒』なんだ」
『……えええーっ』
みんなやはり凄い驚いている。そして何故かちょっと偉そうなニミがとてもかわいい。
「神をだしに悪行をする輩は、神の名のもとに滅する!」
みんな凄い目で僕を見ている。尊敬……じゃない。胡散臭いものを見る目だ! 信じてくれてない!?
「ニミ、ナル……」
「本当だよ」
「ええ、私もパディタさんから確認しているので間違いないと思います」
ふたりが言うことで、ようやく信じてくれたのか拝みだした。そういうの今更だから。
「な……なるほど。神の使徒であるならば、これほどの戦闘値の上昇は頷ける」
「あ、あたしの旦那様は神の使徒なんだっ。凄いーっ」
「だからあんたのじゃないでしょ!」
「ふーんっ。言ったもん勝ちだもー」
「んなわけないでしょ! ずるいわよ!」
「ローティちゃーん。本音がー、漏れてるよー」
「ち、違……うびゃああぁぁ!」
賑やか3姉妹はさておき、今の僕なら人相手では役不足だ。
それでも僕は慢心しない。万全の準備をしておこう。
「────なんで私までこんなカッコしてるんですかぁ?」
「なんでもするって言ったじゃないか」
「えーん、エロいよぅ、エロいよぅー」
僕は先ほどの少女にチアセット(青)を着てもらうことにした。この世界基準でハレンチな恰好ではあると思うが、これは仕方のないことなんだ。
「慣れればとてもいいものですよ。動きやすいですし」
「シクシクシク……」
そんなわけで僕らは教会へとやって来た。
「たのもーっ」
半討ち入り。気分は道場破りだ。ぞろぞろと入り込む。
「なんだ貴様らは!」
白ひげを生やし、でっぷりとした男が奥にいた。恐らくこいつが司祭だろう。
「貴様とは随分な言い方ではないでしょうか? 神に仕えるものが」
「ワシは司祭だ。そこらの神父などと同様に思うな」
「そっちがそういう態度ならこっちも遠慮することないな。すぐさまこの少女の母親を解放しろ」
「母親? 知らんな」
「先日生贄として徴収した女性だ!」
「生贄ではない! 神託を賜るための使いだ!」
「なにが神託だ! 今まで神がなにを告げた!」
「貴様のような卑しい庶民に何故教えねばならん」
「僕は神の使徒だ。調べてみろ」
「なっ!?」
司祭が驚愕している。凄いなこの効果。姉御が言うとおり気をつけないと利用されそうだ。
「ぐっ……ぐぐぐ……神め、気付きおったか!」
いやあの人……じゃない、あの神はなんも気付いていないと思うぞ。
そして司祭の体はバキバキと音を立て、脱皮するように中から異形のものが現れた。
「貴様は生かして帰すわけにはいかんな。知っているぞ。神の使徒はたかが人間。悪魔であるワシとでは力の差が違うわ!」
「悪魔ってそんな強いのか?」
「当たり前だ! ワシの戦闘値は15000。どうだ貴様には────」




