17話
そんなわけで本日の宿。2人部屋2つと3人部屋が1つ。
つまりまた僕がひとり外で寝ることになった。
「どうしてですか? それは不経済だと思います」
「で、でもしかしだね……」
「男女別にしたいという充輝さんの考えはわかります。ならば私とニミが1つのベッドで、チールさんと3人で2人部屋を使えばいいのではないでしょうか?」
「いや、チールさんはひとりにしてあげて下さい」
「余か? 余なら構わぬぞ」
僕とローティが激しく顔を横に振る。だめだ、これ以上減らせるわけにはいかない。
「充輝さんだけならともかく、ローティさんまで。彼女は一体なんなのですか。ちょっと確認させて下さい」
「ナル! やめとけ!」
「そうよ! 減ったらどう責任取るつもりよ!」
「見て減るわけないじゃないですか。ふたりとも変なことを言うのはやめて下さい」
オロオロする僕らを尻目に、ナルはフードを軽く剥いた。
そしてフードを戻すと、こちらへ笑顔を向ける。しかし顔色はとても青く、額から無尽蔵なくらい汗が流れていた。
「スミマセンデシタ……」
「だから止めたのに」
「ワタシガマチガッテイマシタ。ミタラヘリマス」
それから壊れたロボットのようにガッシャンコガッシャンコとこちらへ歩き、堰を切ったように泣き出した。
「な、なんなのよあの子!? 女神とか天使の類よね!? 人じゃない!! あれで人だったら私はなんなの!? カエル!? 爬虫類的ななにかなの!?」
女の自尊心を、まるで犬のウ◯コを踏んづけた小学生がアスファルトの道路で拭うかのように踏みにじられたナルは、絶望の淵に追いやられてしまった。
ナルだって充分かわいいよ! 人というカテゴリの中だったら!
こうしてチールさんはひとりで部屋を使うことになった。
そして僕は小屋だ。寒い……。
そんなこんなで僕らは現在、森の中を進んでいた。もちろん闇雲にではなく、ニミセンサーと経験豊富なチールさんの勘に頼っている。それにしてもチールさんは凄い。伊達に3800の戦闘値を誇っていたわけじゃない。
「どうですか? チールさん」
「ふぬ、巨人が自由に動ける森の中はそれなりに限られておるからそう難しくはない。この先にいなくば、残り2ヶ所くらいなものだ」
このように凡その見当をつけてくれる。
「んっ、魔物っ」
「オーケーニミ」
僕はチールさんの背中から剣を抜く。
「全く、とんでもない女童だな。余より先に気付くとは」
チールさんもとんでもない少女なのだが、どうなのだろう。
この森に入ってから6度目の戦闘。もうじきレベルが上がりそうだ。
『レベルが16になりました──』
おっ、来たな。それじゃ早速ポンポンをラッティに持ってもらおう。
「おい、皆それを持っているな。一体なんなのだ?」
「これはポンポンといって、これを持って応援すると応援の力が上がるんです」
「ふむ……。すると貴様の値は今どうなっておる?」
「えーっと、さっきのレベルアップで戦闘値も上がって……計算が面倒だからちょっとみんな応援してみて。……んー、3763」
「なっ!? も、もう余と並ぶほどになったのか!?」
チールさんが驚愕している。僕もこれは結構ずるいと思う。
「魔物っ」
「もう出たか……いや、僕にもわかった」
この先、木と木の間からチラチラとその巨体が見えた。
でかい。目測でおよそ5メートルはあるだろう。奴は肌で感じる気配と匂いで敵がわかるらしい。だけどそれなりに距離があるからまだこちらに気付いてはいないようだ。
「どうするんですか? 充輝さん」
「いつも通りかな」
僕に戦術を求めてはいけない。正面からぶつかるだけだ。
「じゃあみんな。僕の後ろについてきて」
握ったままの剣を持ち直し、僕はサイシロプスの場所へ向かった。
「────うん、弱い」
「……であろうな」
戦闘値で800くらい上回っているんだ。これで倒せないとなるとなにかが間違っている。あまりにも一瞬で描写するほうが面倒なくらいだった。
そしてさっきから吹き出しが流れっぱなしだ。9もレベルが上がっている。これは酷い。
最適装備先生も凄いことになっている。これでラッティの分とチールさんの分が……あれ?
『チアコスチューム(赤)をバージョンチェンジできます。行いますか?』
なんだこれ。とりあえず『Y』っと。
「わひゃっ」
ニミの服が突然輝き出した。なにが起こってるんだ?
やがて光が収まり、そこにはニミが……ニミが……!?
ちょっと背の高い筒型の帽子に、ジャケットのような白い上着。その前は数本のロープで左右を留めてあり、前垂れ、肩のライン、カフスが黒い。ニーソも黒に代わり、スニーカーは白いブーツへ。
これ、マーチングバンドの服だ! 手にはポンポンの代わりに巨大な指揮棒が握られているから間違いない。
「ちょっ、それ! 凄いかわいい! ずるい!」
いやずるいって言われても……。
おっと忘れてた。ラッティに残りの部分をあげて、他にもう2セット出せる。
んー、『チアコスチュームセット(青)』と『マーチングコスチュームセット(赤)』か。
「じゃあチールさんはこっちの赤いのを着て」
「なんでよ! ずるいじゃない!」
「……チア服なんか着てもしチールさんが減っちゃったらどうするの?」
「それは……うー、つ、次! 次は私だからね!」
それは約束できない。バージョンチェンジがまた起こるとしたら、次はナルだろうし。
「貴様ら、以前から減るだの減らないだの、一体余のことをなんだと思っている」
「天使」
「女神」
「両方」
「なっ……。余は人間だ! そんなおだてても剣はやらんからな!」
おだてているわけじゃない。もしそのどちらかでないのなら世の中が間違っている。ほら、自分が人間だなんて言うからローティとナルが黄昏れてしまったじゃないか。僕らはただ世の中を正しい方向へ導こうとしているだけなんだ。
────って、やばい! マーチング帽ではご尊顔が隠せない!
慌ててフードだけ被せる。
『重複装備は──』
後生だから! 後生だから!
「……少々前が見辛いが、まあ感覚を鍛える修行だとしよう」
「お願い致します」
僕とナルとローティはなんとか帽子を広げ、チールさんに深くかぶってもらうことに成功。顔下は襟にがんばってもらった。まるで9◯9の車掌さんみたいだ。
虚無僧みたいにしようかとも思ったが、それはあまりにも御無体なため却下。
「それで貴様の戦闘値はいくつになった?」
「ん……1万……超えちゃった」
『はぁ!?』
全員が凄い声を出した。
僕の素の値が現在162。そこへ2の6乗。10368だ。
サイシロプスを倒す前と比べたら3倍くらい。ニミが100人いても僕を倒せな……いや倒されたい。ニミ100人とかどんな天国だよ。倒されてもみくちゃにされたい。
……いかん、脱線した。
「きさ……いや、お主、やるではないか。最初は半信……一信九疑であったが、こう実際に見せられてしまうとな」
チールさんが柔化した! これは激熱じゃないか!
──ん? 吹き出しがまだ残っていた。なんだ応援か。どうせ距離が延びたってとこだろう。
『応援ボーナス:精神の繋がりを持つことで様々な恩恵を得られる。数が多いほど強化される』
うーん、よくわからない。精神の繋がりって言われてもなぁ。仲良くなって友好的なものを上げればいいのかな。
「どうしたのですか?」
「んー、なんか応援にボーナスが付いたんだけど、よくわからないんだよ」
とりあえず簡単な簡単に説明してみたんだが、意外にも食いついてきたのはチールさんだった。
「その、その恩恵とやらを詳しく!」
「いやそれが僕にもよくわからないんですよ」
「くっ……そうか……」
とても悔しそうだ。ひょっとしたら右手と関係があるのかもしれない。
あの右手は腱か骨をダメにしたのかと思っていた。でもひょっとしたら精神的なものが関係している可能性がある。だから精神の繋がりによる恩恵が気になったのだろう。
これはチールさんにとって最もデリケート、つまりデリケーテストな話だから、昨日今日会ったばかりの僕らに聞かれるのは嫌だろう。
そう考えると僕とチールさんの精神的な繋がりは浅いとも言える。
もしこのボーナスで治るとしても、少し時間がかかりそうだ。
「それより早く必要部位取らないと」
「そうだね、ニミ。んで、こいつの場合は……」
「目だな」
「目ですね」
……やっぱり? ううぅ、くり抜くのは嫌だなぁ。
「ディスポとかない? コンビニ袋でもいいいんだけど」
「それなに?」
知らないよね。わかってたさ。聞いてみただけだよ。
僕はなるべく見ないように、目尻へ手を突っ込んだ。




