16話
「そ、それであなたは?」
「余はチール・デップ。愛剣『オズ・ワイルド』の使い手を探している」
僕は鉄球を返しながらたずねた。フードの人は1球ずつ左手で受け取りながら答える。
背負っている剣がそうなのだろう。だけど愛剣の使い手を探すってなんかおかしいな。普通なら自分で使うはずなのに。
よく考えるんだ。自分で使えばいいのに使い手を必要とする。それは……使いたくても使えないのかもしれない。
この仮設を基に推理しよう。あの剣は大きい。振り回すのには力がいる。でもさっき鉄球を軽そうに投げていたよな、左手で。……ん? 左手?
左利きという考え方もできるが、玉を受け取るとき左手しか使っていなかった。両手を使えばすぐ済むのに。
つまり……。
「右手、使えなくなったのですか?」
突然の僕の言葉に、チールさんはビクッと震えた。わかりやすい人だ。
「ま、ままままさかそそそそんなわけ、なかろうもん。ほ、ほれ見てみい。右手は動くぞ」
右手を見せて指をワキワキと動かす。僕はベルトから短剣を鞘ごと外した。
「鞘ごと投げるんで、右手で受け取って下さい」
「なっ!? ちょ、ちょっと待──」
ほいっと投げる。短剣はさっきの鉄球よりも軽い。子供でも受け取れるだろう。
結果、右手は短剣にはじかれ、とても痛かったのか右手を抑えてうずくまってしまった。
「ご、ごめんなさい! まさかそれほどとは……」
「……いたいよぅ……」
「えっ」
さっきまでの力強さを感じない、幼い子供のような感じ。チールさんはひょっとしてチールちゃん?
「あ、あのー、なんで左手で受けなかったんですか?」
「……貴様が右手でと言ったからだろうが」
なんて真っ直ぐで不器用な子なんだ。これはまずい、保護しないと悪い人に騙されてしまう。
「あの、僕頑張るんで、その剣の使い手に選んで下さい!」
「貴様はまだ若く、未熟だ。オズ・ワイルドを使いこなせるとは思えん」
「あなたも結構若そうですけど」
「なっ、なにを言う! 余はこれでも……えーっと、40……じゃまだ若いな……80! いや82! そう、82になるぞ!」
バレバレの嘘じゃん。
で、この子は一体どんな子なんだろう。
『チール・デップ:放浪者 戦闘値:1220』
1220!? 左手しか使えないのに!? しかも剣を振れないのに!
やばいこの子、ガチの強者じゃん。ちなみに……。
『準聖剣オズ・ワイルド 耐久値:00』
なんだよ準聖剣って! それに耐久値00ってなに? 0じゃないの?
だけど純聖剣といえど、多分聖剣のはしくれ。きっとなにかしらの力があるはずだ。
「お願いします! 普通の武器じゃ足りないんです!」
「ふ、ふざけるな! 普通の武器が嫌とは、貴様はコレクターの類か!? そんな奴には絶対に使わせん!」
「そうじゃないです! 僕の戦闘値に武器がもたなくなってるんです!」
「は? そんなわけなかろう。一体いくつだと言うのだ」
「えーっと、確認したところで2600くらいかな」
「お……思ったより高いではないか」
あれ? 驚かないの?
てか今ほぼ左手だけで戦闘値1220もあるんだ。全盛期はかなりのものだったのだろう。
「ちなみにチールさんの最大値はどの程度でした?」
たずねるとチールさんは少し自慢気に胸を張った。
「余か? 余の力を知りたいか? んー、どうしようか」
「あっ、やっぱいいです」
「ホントは知りたいのであろう? なあ、なあて」
「いえ別に」
「そ、そんなことを言って、顔には知りたいと書いて……」
「他の話題にしませんか? 実はですね──」
「わーわーわーっ!」
ふるふると震えていると思ったら大声を出し始めた。いかん、この子かわいい。ついいじめてしまいたくなる少年心をくすぐりまくっている。
「────で、いくつだったのですか?」
「……3800だ」
3800!? マジなんなのこの子! てか3分の1以下まで落ちちゃったのか!
驚愕している僕を見て気を良くしたらしく、チールさんは誇らしげだった。
「まあ、貴様もなかなかではないか。あと数年鍛えれば……」
「あっ、僕は半月ほど前までは103でした」
ぶびっ
フードの中でなにかしら吹き出したらしい。慌てて拭いている。
「……貴様、何者だ」
「えーっと、魔王退治ご一行のひとりかな?」
「魔王!? はっ、そんなことできるわけ……いや、先ほどの成長が真であるのなら……むぅ……」
考え込んでいる。
「…………ひとつ聞こう。この剣を持って魔王を倒したとしよう。そうなるとその……この剣は『魔王を倒した剣』として周りから映るだろうか」
「そりゃ多分最強の剣として崇められるんじゃないでしょうか」
「……よし、貴様に貸してやろう! だが貸すだけだからな!」
ありゃ、この子ってばチョロいんじゃない? 保護できてよかった。
「ありがとうございます。改めまして、僕は充輝です」
「ミツキだな。魔王を倒すまでの間、頼むぞ」
「任せてください。……あ、できればお顔を見せて頂きたいのですが」
「あっ、こら!」
「いいじゃないですか、減るものじゃないんですし……ぶっ!?」
フードをめくって思い切り吹き出してしまった。なにこれ!?
目はくりくりっとして綺麗な青色。美しい金髪はウェーブがかかり、絹のように柔らかそう。……駄目だ、僕の貧困な知識ではこの美しいお顔を表現する術がない。
天使だ、天使がいる。
ニミはとてもかわいいが、この子は別格と言える。人間と天使を同列に考えてはいけない。
僕は慌ててフードを戻した。減る。なにがどうなのかわからないが、見たら絶対に減ってしまう。やばい汗が止まらない。これはなに? 今の一瞬で減らしてしまったのではないかという恐怖の汗?
減りはしないんだから見たっていいじゃんというよくある台詞だけど、見たせいで減ってしまうのではないかと危機感に襲われたのは初めてだ。
「そんなわけで、一緒に魔王退治の旅へ同行して下さるチールさんです」
「どんなわけよ!?」
ローティに掴みかかられた。
仕方ないからみんなに一から説明した。
「──早くレベルを上げ、且つお金稼ぎをするためには強い魔物を倒す必要があるけど、良い武器は高くて買えない。でもそちらの方が貸与して下さる、ということですね」
「さすがナル。簡単にまとめてくれてありがとう。んで、どうかな?」
「私は賛成ですよ、もちろん」
「ちょっと! ナルさんなんでよ!」
「充輝さんの力のことを教えましたよね。人数が多ければ多いほど強くなれるんです。でしたら増えて悪いということはないと思います」
「そ、そりゃそうかもしれないけど!」
「どういうことだ? その話、余は知らぬぞ」
ふたりのやり取りを聞いてチールさんが聞いてきた。
「僕は応援の力を与えることができるんですよ」
「よくわからぬが、余が加わるとどの程度になるのだ?」
「えーっと、んー……3200近く?」
「はっ!? 貴様、先ほどは2600くらいだと……」
「うん。これが僕の力なんだ」
チールさんは膝と左手を地面につけた。わからないでもないよ、その気持ち。自分が努力して手に入れたものを簡単に手に入れられるって。でも大丈夫、もう僕は慢心しないから。
「ま、まあ仕方ないわね! でもそのフードは取りなさいよ! 怪しいったらないわ!」
「いやこれは……」
「いいじゃない、見せなさいよ! 減るわけじゃないんだし!」
「減るからやめてあげてよ!」
僕が間に入る。
「は? 意味わかんないし!」
「マジなんだ。勘弁してやってくれ!」
「バカ言わないでよ! うりゃっ」
ローティが僕の隙きをついてチールさんのフードをめくってしまった。
するとローティから大漁の汗が流れ出し、そっとフードを元に戻すと、汗と共に大量の涙を流して崩れ落ちた。
「…………無理……。微塵も勝てる要素がない……」
「だから言ったでしょ」
「……うん、あれは見たら確実に減る。減らなきゃおかしい……むしろ減ってください……」
ローティですら屈服するとは。
「貴様ら、なんの話をしておるのだ」
「な、なんでもないですよ。ほらローティ、よろしくして!」
「は、はい! 私ローティ! よろしくお願い!」
「お、おう?」
チールさんは僕らの勢いに押し切られた感じになった。
とにかく今は依頼を……って、もう昼過ぎじゃん! 武器屋を巡りすぎた!
……今日のところは依頼だけ受けよう。
「てことで戦闘値3000くらいの魔物の討伐に切り替えよう」
「貴様、また慢心するつもりか?」
「そ、そういうわけじゃないです」
僕らは急いでレベルを上げる必要がある。魔王退治もそうだが、安定した戦闘値、つまり応援セットを増やさねばならないんだ。強い魔物と戦えば一気に上がるのは実証済みだし。
「ふむ、訳ありか。ならば……んー……、おっ、これなどはどうだ?」
チールさんが選んだのは、森の奥に最近現れた一つ目の巨人、サイシロプスという魔物だった。
元々洞窟の中に生息しているらしく、一つ目といっても目は退化して見えなく白目だそうだ。
しかしその代わり他の感覚が鋭くなっており、場所によっては目の見えるやつより厄介らしい。戦闘値はこの辺りになると凡そになるらしいが、2900前後。いいね。
「じゃあこれを受け、明日出発だ!」




